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微温湯と不安(4)

 で、苛々しながら待ちわびた次の短い十分休憩、トイレまでサトコを連れて行ってキレた。


「サトコ……! あんた、あんたね、何であんなことを」

「えー? 頷いたのイズミじゃん」

「ちがう! それは不可抗力で、そこまで誘導するのがダメなの!」

「とか言っちゃって、本当は嬉しいんでしょ? これを機に仲良くなれるじゃん」

「嬉しくない……だから、見てるだけがいいって言ったと思うんだけど」

「夢が壊れなくて、疲れないから? イズミってある意味ものすごい自己中心的なんだね」


 サトコは鏡を見て髪型を整えながらそんな言葉を返した。妙に心を突く台詞だったので、狭い通路で俯いて胸の内で反芻する。自己中心的か。そうだ。好きにさせてほしい。期待も見返りもいらない。わたしは誰にも、星野にさえ余計なことをしてほしくないし、言ってほしくない。この件に関しては相手すらどうでもいい自分本位なのだ。

 「そうだよ。それほど迷惑でもないと思うけど」と答えてみせると、サトコは鏡から視線を逸らさず肩をすくめた。


「どうかなぁ。それって七瀬さんと海斗君の事が理由なわけ?」


 聞かれて、すぐには答えられなかった。

 たぶん、それもある。だけどそうじゃない。姉と弟のせいではない。わたしが――


「影響は免れていないけど、結局は性格の問題だよ」


 自分の恋愛観を人のせいだとは思えずそう答えると、ようやく髪型に納得がいったらしいサトコは鏡から視線をはがして笑った。


「素直だね。星野って、あたしはタイプじゃないけど、密かに人気あるみたいよ? あの通りいい奴だし。今はフリーみたいだけど、彼女出来てもいいの? 可愛い子と手ぇ繋いで楽しそうにおしゃべりされても嫌じゃないの?」

「それは……」


 どう答えろと。わかりきってる。


「ほらぁ。ねえ? いいとか言うとホントに好きなのかって話だけど。嫌ならとりあえず仲良くしとけばいいんだって。若者なんてぐちゃぐちゃ考えないで当たって砕け散ればいいんだ跡形もなく」

「それは、いやです……」

「いてっ、まつ毛が目に入った!」


 人の痛いところを突いたと思えばぶつぶつ文句を言いだした彼女を置き去りにして、わたしはげんなりしながら教室に戻った。



 ◆◇*─*◇◆*─*◆◇*─*◇◆*─*◆◇*─*◇◆*─*◇◆



 それから現実逃避をしていても、時間は過ぎて放課後を迎える。

 サトコに引きずられるようにして辿り着いた星野の家は、学校から自転車で十五分ほどの川沿いにあった。通りの向こうは広い河川敷で、川を挟んだ対岸にも住宅街が広がる。視界が拓けていて、緩やかな水の流れを見ると少し心が落ち着いた。道中存在しない用事を思い出そうとして上手くいかなかったし、内容はすっとぶし、相槌を打つだけで精一杯だったからだ。

 家に着くと庭に案内された。

 奥に網をはった木の小屋があって、星野が扉を少し開けた途端、奴らは勢いよく飛び出してきた。


「開けるよ――あっ、こら!」

「ワンっ!」

「わ~」「うっ……」


 犬。

 三匹も。

 微かな眩暈を感じると同時に、サトコが無邪気な嬌声を上げる。


「きゃー、なにこれ思ったより超かわいい! コロコロしてていいね。お、イズミ大人気」


 だから(?)わたしは犬が好きではないと言っているのに、なぜ柴犬どもはわたしの足元にまとわりつくのだろう。遊んで! 遊んで! 遊ぼう! 遊ぼうよ! 遊べよオイ! と率直過ぎる表情で。

 ダメだ。やっぱりダメだ。この率直さがわたしはダメなのだ。


「ごめん宮内さん、大丈夫? びっくりするよな。元気すぎてもう……」


 わたしが頬を引きつらせていると、星野が慌てて二匹拾いあげてくれる。


「ありがとう、大丈夫……」


 そういうのもやめておいてほしい。責任感だろう優しさにまでいちいち動悸がしそうになって、わたしは膝をつき、残りの一匹に視線を向けることにした。

 ファーストコンタクトは微笑まない。触れない。甘やかさない。弱気を見せない。

 大人しくしろと鋭い視線を向けると、子犬はさっと目を逸らした。それから手の甲を差し出して好きなように匂いを嗅がせる。不用意に飛びつこうとしたらはっきりと無視して敬遠し、行儀よくできると初めて背中を撫でてやった。


「いい子」


 わたしが表情を緩めると、子犬は笑ってさかんに尻尾を振った。大人しく上下関係を守るのなら可愛がってやらなくもない。犬の縦社会の基本は甘く見てはいけないのだ。


「ボールとってこーい!」


 それにしても、サトコは思った以上に柴の子犬がかわいかったらしく、一番張り切って三匹と遊んでいた。

 まだ小さな体にぴんとした三角の耳、短めのしっぽや真っ黒な涙型の瞳など、確かに容姿だけ見ればぬいぐるみとは比較にならない。わたしは犬より猫のほうが全体的にいいと思うのだが。


 しばらくして子犬たちが少し落ち着いてきた頃、星野が時計を見て申し訳なさそうに言った。



「もうこんな時間だ。ごめん、俺これからバイトなんだ」

「は? バイトしてんの?」



 離れがたいというように一匹を抱いていたサトコが、驚いて聞き返す。わたしも意外に思って彼の顔を見つめると、星野は苦笑して答えた。


「兄貴の収入だけじゃ心もとないから、こいつらのご飯代の足しにしようと思って」


 子犬は世話がかかることを、思い出した。飼い主が見つかるまでにも健康診断に連れて行き、予防接種をしなければならない。もちろん十分に遊んでやって、清潔にして程よい食事を与えるのは言うまでもない。できれば去勢・避妊手術もしたほうがいい。


「すごいね」


 思わず呟くと、星野は微かに頬を赤らめて首を横に振った。


 何が違うというのだろうか。自分以外のために労力を惜しまない人は、不憫だ。本人が自覚しなくてもわたしはそう思ってしまう。とても真似できないから近づくのも躊躇われるのに、言い訳がましく何か出来ないかと思ってしまう。仲良くなりたいという下心ではなくて、ただ彼が手伝ってくれたように。

 わたしは星野の顔を見つめた。


「あの、飼うのは無理だけど……よかったら飼い主が見つかるまで、何匹か預かるよ」


 彼は不思議そうな顔をして、子犬を抱いていた。








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