prologue 入学式
ただの動物ならば、美しいものに惹かれることもないのだろうか。
それとも美の探求は、人間に限らない本能であるのか。
物心ついて以来、そんな不毛な問いがいつも頭のどこかにあった。
理性なら浅ましく、本能ならば白々しい。はた迷惑以外の何物でもないし和を乱す根源だと言ってもいい。
僻み嫉みと疑われようと、わたしにはそう主張する正当な権利があるはずだった。
ああ、だって、それくらい無いと……ねぇ。
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「ねえ、あの子……」
「マジ？ 宮内さんの？」
「へえー。ちょっと意外だけど」
「嘘でしょ？ 全然みえないよね」
最後の桜が散る四月の入学式のことだ。
それはわたしがこれからの高校生活で、恋愛なんて決してするまいと誓った瞬間だった。
いや、別にあれだ。
弁解しておくと、極端な男嫌いとか、僻みの一種ではない。自分がモテると言いたいわけでも決してない。
身長157cm、体重普通、特筆すべきプロポーションでもなく、髪は雑に後ろで一つに結んだだけ、流行に乗ることすらない黒縁眼鏡を掛け、きっちり校則に則った制服をまとった地味としか言いようがない容姿――本来なら認識すらされないはずだ。
これだけ注目要素を取り去り、試行錯誤の末高校入学に挑んだわたしを、彼らはあっさりと見つけだしたのだから、別の特殊な要因があることはわかってもらえるだろう。
わたしが注目され、ひどい時にはナンパまでされてしまう理由は二つだ。
理由の一つ目は、いつものように呑気に笑っていた。
「あ、イズミちゃん！ クラスどう～？ 面白い子いた？」
声だけでも、透き通るように美しい。無視したかったが廊下でぎこちなく振り返れば、そこには目を見張るような美少女がいた。
百人に聞いて百人がかわいいと認めるだろう。
華奢な体つき、化粧などしなくてもしみひとつない白い肌、艶めく漆黒の長い髪、芸術的に配置された完璧な顔のパーツは、ひとたび目に入れば見とれずにはいられない柔らかな美貌なのである。
その上外見だけではない。成績がいいのも知っているし、おっとりした優しい性格なのもよく知っている。
彼女が喋った瞬間皆の視線を痛いほど感じ、あと自分自身の胃がぎゅっと痛んだ。
ああ。
友人程度の関係だったならどれほどマシだったか。
「うわ、すげえ美人！」
「うぉ、誰？ 三年？」
「あの子知り合い？ 後で聞いて――」
周りの新入生が色めき立つ、この美少女の名を、宮内七瀬という。
正真正銘、血のつながったわたしの二歳年上の姉。超美人。
なのにまったく尊敬できないのは、
「今年の一年生もかわいい子が多いのね」
超好色だからだった。
それはもう彼女が、清々しいほど好色だからだった。
雑食、その一点において信じがたい倫理観。
何もかもが台無しだとしか言いようがない。他の部分では常識的品行方正なくせに、毎日のように違う男と付き合っている意味不明理解不能な姉だった。
「あの、急用以外学校で話しかけないでくれるかな……」
「ええ、どうして？ 姉妹なのに、そんなの寂しいじゃない」
じゃあ今すぐその女版光源氏みたいなことやめろ。
と、そのときどれだけ言ってやりたかったことか。おわかりだろうか？ 少しでもわかっていただけないだろうか？ それをかろうじて堪えたのだが、
「もしかして、家族だから恥ずかしいの？ イズミちゃん、シャイだよね！」
「…………いや」
「私３－４だから、何か困ったことがあったら気軽に来てね？」
そう……長年の経験で、もうわかっているのだ。
言っても仕方ない、意味ない、そこまで干渉したくもない、ああ、でも、どうしようもなく――
「あほらしい……」
天使のような無駄に美しい笑顔で話しかけてくる姉をやりすごし、次の瞬間見も知らぬ同級生に質問攻めにあい、わたしは入学早々色々なものをあきらめたわけである。
ところでわたしに兄弟が一人だけなら、一年我慢して姉が同じ高校から卒業するのを待てばよかった。それに、注目度だって今ほどではなかったに違いない。
次の年の春、まだ肌寒い桜の季節に、理由の二つ目は入学してきた。
「ねえ、ちょっとあの子！ めちゃくちゃかっこよくない？」
「うわ、ほんとだ！」
「クラスどこよっ？」
「誰？ 名前はっ？」
入学早々その容姿で大衆の視線を奪った彼の名を、宮内海斗という。
何を隠そう、血がつながっている。
わたしの一つ年下の弟。
アイドル並みの美形、そして超好色。
残念、いや災害としかいいようがない。
明るく人当たりがよく運動神経抜群で、他の部分では完璧に空気が読めるのに、毎日のように違う女と付き合っている、意味不明理解不能な弟だった。
「あ、イズミ！ 俺二組になったよ。イズミは？ あとランチルームってどっから行くんだっけ」
「話しかけんな」
「うえ、ちょっとひどくね？ いいでしょ別に、ねえ？」
「わたしの友達の視界に入るな！」
またもや気軽に話しかけられ、隣にいた友人を無邪気に魅了され、次の瞬間見も知らぬ同級生上級生に質問攻めにあい、思考が薄れた。
本当にもう、バカバカしいにもほどがある。
所詮、平穏とは無縁なのだ。質問攻めは当たり前、妙に注目されるのも当たり前、あげくノリでナンパされ、どうしていつも兄弟だというだけでこんな目に合わなければならないのか。誰が性格まで同じだと言った？ 見れば一目でわかるだろうに？
数々の理不尽は、ことごとく入学時の固い決意に還元された。
ああもう絶対に、絶対に、こんなバカげた環境で、恋愛なんかに関わってたまるか！
何かありましたらお気軽にご指摘ください……！
