病んだ物語
自分の中の、病んでいるのではないかと思う部分を出して書いてみました。自分の一部を殺すきっかけにした物語です。
作者はこの物語のようなことを決して推奨するわけではありません。読むこともあまりお勧めしません。この物語の内容は決して現実世界で起こしてはいけない、また起こってはいけないことだと思います。読者の皆様がそういったことを理解していただけることを願います。
〇
これは、僕を殺す物語。
一
毎日が嫌いだった。
朝、目覚ましの音で起きる。布団なんて豪華なものはない。腹にかけていたタオルを取り、寝ていた畳から起き上がる。部屋の隅に置いてあったカバンの中から制服を取り出し、寝巻から着替える。そのまま部屋を出て玄関のほうに歩いていくと、同居している伯父が反対側から歩いてきた。よけようと思った時には、すでにからだを突き飛ばされていた。そのまま床に倒れそうになるのをこらえようとして、その背中が強引に上から押さえつけられ、床に倒れこんでしまった。肺の中の空気を吐き出し、何とか息を吸いこもうとする前に、足が背中に振り下ろされた。すでに吐きつくしたと思われた空気がさらに吐き出される。息がまともにできない状態に、さらに腹にけりが入る。
「さっさと道開けろこのクズが! ふらふらしやがって!」
けりとともに罵倒が浴びせられる。抵抗などすることもできず、さらに腹にけりが入る。
「目障りだ! 十秒以内に消えろ!」
蹴りが収まり、ふらつく足を叱咤して起き上がり、玄関へと向かう。靴をしっかり履く暇などなく、あわてて玄関に手をかけた瞬間、背中を思い切りけられる感触がした。勢い込んで、玄関に体が押し付けられる。
蹴りを放った相手は、声をかけることなく家の奥へと進んでいった。とりあえず危機が去ったことに安堵しながらも、玄関を開けて外へと出る。
いってきますは、言わなかった。
二
ふらふらと、中学校への道を歩いていると、後ろから思い切り殴られた。振り返る間もなく、二つ目のこぶしが頭へと直撃する。
「よー、四ッ谷」
明らかに交友を求める雰囲気のないそんなあいさつとともに、肩に手が回される。うめきながら顔をあげると、三人の同級生がそこに立っていた。いつもの三人である。
「今日もうぜーツラしてんな。思わず殴っちまった」
「つか、ちょうどよさそうなサンドバッグが道端にあった気がしたから」
「なんか朝からむしゃくしゃしてんだよねー、俺ら。だからちょっと殴っていい?」
嫌な目で見つめられるが、口は開かない。どうせ何を言っても殴られるし、言わなくても殴られるからだ。
事実、腹に思い衝撃が走った。体がくの字に曲がるが、そんなことにかまう相手ではない。
「黙ってないで答えろや!」
「辛気くせえ顔しやがって。うぜーんだよ」
「ストレス発散にもなりゃしねえ」
ならほっといてくれと心の中で言うが、そんなこと伝わるはずもなく相手は殴り続けてくる。合計で十発ほど殴られ、蹴られされて、ようやく解放された。
「今日は学校くんなよ。その顔見てたらイライラしてくる」
「着たらどうなるかわかってるよなぁ?」
「さっさと消えろ、どぶ鼠が!」
最後に体を突き飛ばされて、力なく道端にへたり込んでしまう。そのまま相手が歩いていくのを待ってから、ゆっくりと、体を起こした。
これが、毎日だった。
どこに行っても平穏はない。
だけどこの状況を変えようと努力もしない。
そんなことは、とっくの昔に諦めた。
今日も、つらい一日が始まる。
三
放課後、ホームルームが終わると同時に教室をでて、昇降口へと向かう。朝や昼間、殴られた体が痛むが、いつものことなので気にしない。気弱な担任はいじめになんとなく気づいているようだったが、見て見ぬふりをしているようだ。最初から期待などしていないため、別に何とも思わない。
昇降口をでて、いじめに捕まらないうちに学校を出る。そのまま家には向かわず、学校から離れた公園へと向かった。
そこで、すでにマコが待っていた。
マコがこちらに気づき、座っていたベンチの上ですこしだけ笑顔を作る。自分と同じようにやせたからだ。顔や目に見える範囲には外傷はないが、服の下はあざだらけということを自分は知っている。
マコは、自分と同じような境遇にいた。
自分は世話になっている親戚に、マコは両親に虐待を受け、学校ではいじめられている。
そんな自分たちは、いつの間にかお互いひかれあい、付き合うようになっていた。付き合いだしてからは、マコだけが自分の生きがいだった。
駆け寄ると、マコはベンチから立ち上がる。手をつないで、お互いがそこにいることを確かめあう。そのまま両手で、相手の顔を包む。マコも同じように自分の顔を優しく包み、見つめあうこと数秒、どちらからともなくキスを交わした。舌を相手の口に入れ、唾液を絡ませる。吐息が混ざり合い、完全に一つになったような錯覚を受ける。
相手の口を存分に吸いあった後、手をつないで自分たちは駆け出した。そのまま公園の裏手にある林の奥へと駆け込み、公園から見えなくなったところでマコを押し倒す。そのまま制服を引きはがし、相手の体をただむさぼり求めた。
毎日そのようなことをするわけではないが、自分たちの関係は、ほとんどが公園での事でできていた。それ以上に何かをしようとしても、現実的に不可能と言ってもいい。誰かに見られれば即いじめられるし、自分たちの保護者にも知られたらどうなることやらわかったものではない。おしゃべりができるわけでもない自分たちは、ただ相手を求めることを体でしか表現できなかった。ただひたすらに相手を求める、その事が、本当の愛だと信じて疑わなかった。
四
その日、自分はいつも以上に学校で殴られた。
家を出るときはいつも通り、学校ではいじめてくる相手の期限が悪かったというだけで、放課後、思い切り殴られた。
痛むからだを引きずって、それでもマコが待つ公園へ向かう。マコに早く会いたい。それだけだった。
そして、そこにマコはいつも通りいた。こちらを見ると、少しだけ笑うのもいつも通り。ただ、いつもより傷ついた自分を見ても、あまり心配した様子を見せない。ただ、自分がマコに駆け寄るのを待っている。
それでも、自分はマコに駆け寄る。今日は、なんだかとても切ない気分で、とにかく慰めてほしかった。マコの体が、いつもよりもほしいという強い欲求が押し寄せ、その欲求に後押しされるようにマコに向かっていく。
そのままマコの前に立ち、いつも通りの口づけをかわす。しかし、その口付けはいつもよりも早く打ち切られてしまった。
「ごめん。今日は、その、いけない日だから…」
頭の中で、マコが言わんとしていることはわかった。しかし、それは関係なかった。自分は、今日、いつも以上にマコがほしいのだ。
マコの口に、もう一度自分の口を重ねる。そのままの状態で、強引に林の奥へとマコを連れ込んでいく。マコの体は嫌がっていたが、そんなことは知ったことではない。
いつものように押し倒すと、マコは抵抗するように体を腕でかばう。それを強引にはがし、服を脱がせ、その体をむさぼった。
そのとき、心のどこかで、自分はマコを求めるだけで、決して愛しているのではなく、求めているだけだということを理解した。
そしてそれは、どうやらマコも同じだったようだ。
次の日、どうしてか、自分をいじめる不良たちが公園近くで自分を待ち伏せていた。おそらくいつもこちらに帰っていることがばれたのだろう。逃げようとしたが、その場で捕まる。いつものように、イライラするという理由だけで何度も殴られる。人通りも少ないということがその行為に拍車をかけていた。
そして、殴られるさなか、自分はマコを確かにみた。公園のほうから出てきたマコはこちらに気が付き、その場でびくりと体を震わせた。確かに自分と目が合い、自分の事が誰だかわかったはずである。しかし、あろうことか、マコはその場から立ち去った。逃げてしまったのだ。不良たちは走り去るマコに気付き、人を呼ばれると勘違いして立ち去った。結果的に、自分はマコに助けられたことになる。
しかし、夜まで待っても、マコは人を呼んでくるどころか、マコ自身、姿を現さなかったのである。
その一件で、自分たちの間に、愛などないことを理解した。
あるのはただ、相手を求めるだけの、欲求のぶつけ合い。愛を注いでくれる者の存在。その役割を、相手に押し付けあっているに過ぎない、そう理解した。
そしてそれを理解した瞬間、この世の中を、自分を、殺したくなった。
五
包丁を二丁、ホームセンターで買った。お金は家からすくねてきたものを使った。その日は学校に行かず、マコと午前中に公園で待ち合わせをし、今日の目的を確認した。
もう、自分を含めた、こんな世界は嫌だった。
だれも助けてくれず、だれも愛してくれない。そして自分も、誰も愛せない。ただ自分の中にあるのは、愛を求める、相手を求める、欲求のみ。
そんな自分の世界を壊す。そう提案したら、マコも素直に賛同した。おそらく、マコも同じ気持ちを抱いていたのだろう。
まず、いつもの公園で自分たちをいじめる不良を待った。待つ間、自分たちの間に会話はない。怖いとか、緊張するとか、そんな感覚も全くなかった。かといって、これから殺す相手に対して、深い憎しみの念が湧いているというわけでもない。ただ無機質な、波のたたない心が静かに自分の中にあるだけだった。
午後、まず、マコをいじめていた女子生徒のほうが来た。相手は四人。マコはいつもその四人に公園付近でいじめられた後、自分を公園で待っていたという。
マコが、公園から出ていくと、女子生徒四人はその手に持つ包丁を見て体をすくませた。明らかにマコの様子がおかしいと思った四人はマコが近づくと後ずさりする。そんな女子生徒の背後に気づかれぬよう回っていた自分は、ためらいなくその背中を刺した。肉を切る感触が手に伝わり、赤い血が制服にしみとなる。
自分がいたことに驚いた女子生徒たちがぎょっとしてこちらを振り向く。その隙に、マコが別の一人の首を切りつけた。動脈を正確に切り裂いた包丁は、真っ赤な血に染まる。
そこからは、パニックになる女子生徒をただ切りつけるだけだった。あっさりとした仕事を終え、動かなくなった女子生徒四人を、林の奥に運んで隠す。
そうして待つこと一時間、今度は自分をいじめていた男子生徒が表れた。こちらも、協力してあっさりと殺害した。今まで自分をいじめてきた相手が恐怖の叫びをあげながら死んでいくのは、なんだか滑稽だった。
死体をすべて林に隠してから、マコの家に二人で向かった。両親とも家にいることを知っていた自分たちは、迷いなく家に上がりこみ、怖がるマコの両親をあっさりと殺した。途中マコの親がノコギリをもって抵抗してきたが、そのノコギリを見ても、何も恐怖を感じなかった。ただ無感動に向かってくる自分たちに、マコの父親はノコギリを振り回して抵抗したが、結局自分にかすり傷を負わせただけで、マコの手によって殺された。
死体をそのまま放置し、今度は自分の家へ。仕事から帰って来たばかりの伯父と、専業主婦の叔母は、帰り血で真っ赤になった自分の姿を見て恐怖に顔をひきつらせた。二人のそんな表情を初めてみたが、それすらもどうでもよかった。
そうして、世界は崩壊した。
もうこの世界には、自分たちを傷つける者などいなかった。壊したい世界は、ほとんど原形をとどめていなかった。
伯父と叔母が死んだことを確認し、その死体から目を離した先には、帰り血を全身に浴びたマコがいた。その顔は無表情にこちらを見つめている。おそらく、自分も同じような状態なのだろう。それはまさに、鏡を通して自分自身を見つめているようだった。
すっと、マコが包丁を自分に向ける。自分も、マコに向かって包丁を向けた。まるで、鏡に映る、自分自身を殺そうとするように。
その包丁が、同時にお互いの胸を刺した。
六
こうして、僕は僕を殺した。
作者はこの物語の内容を決していいものだとは思っておりません。
前書きでも書きましたが、この物語のようなこと、またそれに類することを決してしないよう、起こさぬようよろしくお願いします。