―指喰らい編1―
宵闇が辺りを包む午前零時、見上げるように高いビル群にはなぜか明かりが燈らず、街灯すらそのなりを潜めている。
メインストリートには、随所にクモの巣のようなひび割れや切断の痕が見られ、倒された電柱がいくつか転がっていた。
その通りの真ん中に影が2つ。 一つは剣を支えに立つ血濡れの青年、もう一つは――
異形、そう形容するに相応しい黒い霧を纏った二本足である。
腕にあたる部分はいくつも枝分かれし、鞭のようにしなっている。口は不気味に裂け、牙が覗き、本来あるはずの目は一つしかなく、黄色く明滅していのが見てとれる。
状況は最悪だった。先の猛攻により利き手を貫かれ、片目は既に潰されている――それでも、青年は荒い息をしながら異形を相方を失った左眼で睨み付けた。
それからゆっくり、ほぅと息をつき、青年はやや刃の欠けた両刃剣を引き抜くと――大きく後ろへ跳び退った。
――逃げるのだ。できるかどうかは分からないが、この状態では勝ち目はない。
青年は辺りに点々と血を撒きながらも異形からは油断なく目を離さずに、重い足を動かし続ける。
異形は青年の意図に気付いたのだろうか、矢のように去っていこうとする獲物を、スルスルとアスファルトの上を足のない体で滑走し、追い始めた。
――………っ!!
予想以上に速い追走に、青年はどっと汗が噴き出すのを感じた。先程の戦闘ではなかった速さなのだろう。
焦りが焦りを呼び、思わず剣を取り落としたが、青年はそれすら気付くことはなく、ただ逃げ続けていた。
そして半壊した高層ビルの角を曲がった青年は前をむくと、歯を食いしばりながら疾走しようとして――できなかった。
異形の錐のような触手が青年の喉笛を貫いていたから、だ。
青年は惚けたように口を開け、そこから血を吐きだすと俯せに倒れ、2、3痙攣した後動かなくなった。
異形は青年の左手を切り落とし、薬指を歪んだ口で噛みちぎった。
と、金属を擦り合わせたような耳障りな音が青年だったモノと宵闇の街を包み込んだ。
――異形の勝鬨であった。
同時刻、某所にて――
無機質な電子音に叩き起こされた寝ぼけ頭が一人、細長い割にはどこか武骨な指で通話ボタンを押した。
「………しもし。」
「ハロー♪元気しちゃってるぅ?みんな大好きサヤカち――」
「切る。」
ブツッ。
……………
ピピピピッ!ピピピ――
「………用件、状況、必要事項」
「冷たいなぁー。そんなに怒るコトないぢゃん。」
「フツー、入学式前日のガキは日付跨いで起きてないっつーの。」
「アハハハハ、ゴメンね。バイト先のテンションのまんまだったからさ☆」
「………で?」
「ハイハイ……えっとね、最近出てる『エラー』が3人目を殺っちゃったらしいって。」
「ん、マジか?」
「マヂマヂ。で、お願いします〜だって。」
「カネは?」
「200だって。」
「断る。3人も殺られてんなら、600は用意しろってジジイに伝えろ。」
「うわっ、ガメつ〜。」
「ヘタすりゃ死ぬんだ。命って高いんだぜ?」
「アンタが言うと説得力ゼロなんですけど、っつーか似合わな過ぎっ。」
「ハッ、違いねぇ。」
「ぢゃあ、伝えとくから明日は行儀良くしてね、『弟クン』。」
「クッ………わーったよ『ねーさん』。」
一通り話して通話を終えると、彼は再び布団へ身を投げ出すように横たわった。
「………ったく、ダルいな。」
暗い自室で二度寝をしようとするまだ幼く見える少年は、言葉とは裏腹にどこか悪戯っ子のような――否、悪戯っ子そのものの表情をしていた。
「………ま、面白くなりそうだ。」
眠りに落ちる前、彼の灰色の瞳が僅かに煌めいた。
導入編です。
会話文から彼の最低さがわかりま…すかね?