新発見をしたのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第37弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「嫉妬をさせるのは、君のほう。」の後の話です。
新居に越してきても、ノインの仕事は変わらない。
通勤方法が馬になっただけ。
出入りが裏口になっただけ。
午前中に新しいチェストが寝室に運び込まれ、オルガは早速引き出しに布を敷いて、防虫のために香草も入れた。
一番上に自分の衣服。
普段着と肌着類が少ししかない。
「…………」
すくない……。
二段目にノインのものを畳んで入れていく。
普段着と、騎士団の制服……こっちも数は多くない。
三段目に他の物を入れていき、四段目に冬に使うものを……布とか、と……。
思ったのに。
全部入れても、十分すぎて妙に気分が落ち込んでしまった。
チェストの上の部分によく使いそうな毛布や布を畳んで置く。ランプもそこに。
「はぁ……」
しばらくそのまま動かずにいたけど。
「よし!」
立ち上がった。
(帰ってきたらノインの採寸をさせてもらって、冬服を作り始めよう!)
このチェストだって、そのうちいっぱいになる……きっと。
*
買ってもらった自分の机の上には、市場で買ってきた布が広げられている。
厚手の茶色の布と、少し柔らかい灰色の布。冬服にするためのもの。
その横に炭の小さな欠片を置いてあるが、オルガは手に麻の紐を持って帰宅したノインを待ち受けていた。
「おかえり」
「……はい。ただいま」
紐の端を引っ張って、長さを確認してから。
「ノイン」
「……はい?」
制服を脱いでいたノインが怪訝そうにした。
シャツとズボン姿になって、普段着になろうとしているそこへ。
「こっち来て」
「はい」
あっさりとノインが近づいてくる。
居間の広い位置の床を指差す。
「そこ立って」
ノインはそちらを一瞥すると、そこに立った。
背筋が自然と伸びて、肩がまっすぐ揃う。
(おお……かっこいい……)
あっ、違う違う! そうじゃなくて。
「動かないでね」
「わかりました」
紐を持って近づいて、肩幅を測ろうとして両手を伸ばす。
片方の肩に紐の端を当ててから、反対側まで引く。
「うん」
長さを覚えて、紐の位置を指で押さえる。
一度離れて、机の横の板に炭で印をつけた。
「次は腕ね。少し上げてくれる?」
「こうですか」
腕が上がる。
肩の付け根から手首まで、紐をそわせて……。
「長い」
「? ながい?」
脚が長いのはわかってたけど、腕も長い……。
「前の服、袖がちょっと短かったんじゃない?」
「そうでしょうか……」
はて? とばかりに不思議そうにしている。
(ほんと、興味ないことはどうでもいいんだな……)
腕は測ったので次だ。
ノインの周りを一歩、ぐるりと回った。
「胸まわりね」
ノインが自然に腕を軽く広げてくれた。
背中側から紐を回してから、オルガは背中に触れた瞬間に呟く。
「硬い」
「鍛えてますから」
それは、まあ……そうなんだけど。
「でも細い」
紐を前で合わせながら、眉間に皺を寄せた。
「ここ、細い」
ノインの腰のあたりを軽く叩いた。
「騎士ってもっと太いと思ってたんだけど……」
「人によります」
それもそうだけど。
印をつけてから、ノインの前に立つ。今度は腰だ。
「うーん」
紐を回して、前で合わせる。
「ほらあ」
ノインを、見上げた。
「細いよ」
「そうですか」
肩はあるのに、急に細くなる。
(服作るのむずかしい体型なんだよね……)
筋肉ムキムキってタイプでもないし……。
背後に回って脚の長さを測るべく、腰の位置から紐を下へと落とした。
膝の横まで紐が伸びたのを見て反射的に言ってしまう。
「脚なっが」
ノインが少しだけ首を傾げた。
「長いですか」
「長いよ!」
これは……。
(作るの大変だなぁ)
改めて思ってしまう。
前の時よりも細かく採寸をしているので、頑張ってノインに似合う、着やすいものにしなければ。
前と同じく、剣を振りやすくするために、腕は動くようにしないといけない。
炭の印をどんどん増やしているのに。
(ノイン、全然姿勢崩れないなあ)
「まだ動かないでね」
「はい」
何度も測ってから納得して……。
妙な違和感をおぼえた。
(んん……?)
***
夕食の片付けが終わると、ノインが何気ない顔で言った。
「風呂に入りましょう」
「…………」
食器の片付けをして、皿を拭いていたオルガは「うん」と頷いた。
借家の時と日々の過ごし方はほとんど変わっていない。
夕飯を一緒にとったら、それぞれお風呂に入って、お風呂上がりにゆっくりする。
お風呂は交代で入って、先に上がったオルガはまったりとお茶を飲む。
そして入れ替わりにお風呂に入っていたノインは、上がってくると剣の手入れをし始める。
そんな時間が終わると、二人で一緒に寝室に行って眠る。
「沸かしてるよ!」
バッチリ!
この家の風呂では、浴槽の横に薪で湯を沸かす鍋が設置してある。
浴槽にはすでに湯を満たしている。
(先に入るなんて珍しいな)
でも。
あったかいお風呂に入って欲しいから、嬉しい。
(採寸に時間かかったし、ゆっくり浸かって休んで欲しいかなぁ)
にこにこしてると、ノインが嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ一緒に入りましょう」
…………なんて?
「え?」
一緒に?
ちょっと動きを止めて、考える。
前の借家でも、確かに一緒に入ったことは一度だけある。
あの時は狭くて、ほとんど身動きも取れなかった。
単に髪を洗ってくれただけだったし、他人の匂いがついているのが嫌とかいう理由だった……し。
「いいよ」
二人が入れる浴槽なのだし、今は。
あっさりと承諾すると、ノインがうっすらと笑う。
ん?
(なにその、妙な笑みは)
*
浴室には薪で沸かした湯気がこもっていた。
木製の浴槽からは、白い湯気がゆらゆらと立ちのぼっている。
木の香りと、ほんのり熱い空気。
「ノインはあっち向いててね」
「はい」
背中合わせになって、オルガはさっさと服を脱ぐ。
「あの」
「ん?」
「君の体を洗ってもいいですか?」
背後からの問いかけに、オルガは動きを停止した。
「…………」
ま、まあ。
(見られてるし、触られてるし……い、いっか)
それくらいは。
うーん。
(夫婦だし……。なんでもしてあげるって約束したしね!)
うん!
「いいよ!」
笑顔で肩越しに返事をすると、ちらっとノインがこちらを見て、上のシャツを脱いだ。
「……ありがとう」
「洗うくらいべつにいいって」
ああ、でも。
「わ、私はちょっと、ノインの体を洗うのは……難しいかも」
頭くらいはいいけど。
ノインが小さく笑う。
「そんなこと、俺はお願いしてないので……気にしないで」
「そう? へへ、そっか」
肌着を脱ぎ去ってから、改めて浴室の中を見遣る。
これだけ湯気があるなら……そんなに恥ずかしくないかも。
前は一度しか沸かせなかったけど、今はそこの鍋で追加でお湯を沸かせるし。
(まあ薪は使っちゃうけど)
薪だって使えば減るのだし……。
こんな時でもこんなことを考えてしまう。
浴槽の縁に腰掛けるように言われて従うと、ノインは桶で湯を汲んでオルガの髪にかけた。
「冷たくないですか?」
「大丈夫だよ」
両目を閉じているオルガは、髪を濡らされながら肩をすくめる。
いつも使う石鹸を手のひらでこすり、少しだけできた泡でノインは髪を洗い始めた。
「やはりいい石鹸じゃないと、泡ってなかなか立たないですね」
「ははは。そりゃそうだよ」
なにを今さら。
指が頭皮をゆっくりなぞっていく。
「…………」
んー……。
「くすぐったい……」
「力、強いでしょうか?」
「そうじゃなくて。ふふふ」
指が耳の後ろに触れるたび、肩が小さく跳ねてしまった。
「次は背中を洗います」
「わかった」
桶でゆっくりと湯を流されてから。
ノインの指が肩甲骨のあたりをなぞった。
「……っ」
信じられないほど、オルガの体が震えた。
ノインの指の動きが……止まる。
「どうしました」
「な、なんでもない」
声が、萎んでいく。
「…………」
つつぅ、と指先が背中を上から下へと滑るように動く。
「っ、ひ」
ぐっ、と変な声が出て前のめりになる。
待って。
(いま)
今!
両手で口元をおさえる。
(変な声が出そうになった!)
危険信号が突然頭の中で鳴り始める。
今まで。
ノインは自分の正面側ばかり触り、キスをしてきていた。
身構えている自分に対してだからではある、と思う。
それに自分はいつも仰向けにされて、彼にされるがままの状態になる。
そう――うつ伏せ状態にされたことは、今まで一度もない。
だから背中側を触れられたことは、ほぼない。
うなじや、肩口ならある。でも。
「……へえ」
なにが、へえ、なの!?
なんだか……背中をノインがじーっと観察している気配がする。嘘でしょ、ちょっと待ってよ……。
*
体を流し終えて、二人で浴槽に入ることになった。
オルガはほっと安堵する。
湯は胸のあたりまでの高さ。
木の縁に手をつくと、じんわりと熱が伝わる。
(あったかいお風呂、いいなぁ……)
じゃない。
少し体をずらすと、後ろからノインが入った。
(うわ~、前と違う。ちが……)
狭いな~ってなっていたけど。
うん……でも。
背後からノインが抱き寄せてきた。
(うええええええええ!?)
近い近い近い!
「へ、へ……そ、そんな近く、なくて、も」
「そんなに広々とはしてないでしょう?」
そりゃそうだけど!
小さく背後で笑いながら、ノインの腕がおなかのあたりに回ってくる。
(ぎえ)
背中に、胸の感触が触れる。
耳元に、ノインの呼吸。
(わああああああああああああああ!)
湯の中で肩をすくめて、視線を伏せる。
「……嫌ですか」
「い、いや、ではない、よ」
喋ると振動がこっちに伝わる……!
落ち着け。
べつに前と一緒だよ。そう、一緒。
(そういえば前は貯金の話をされたっけ……)
思い出して少し体の力を抜いた。
「ちゃんと二人で入っても大丈夫な大きさですね」
「……そうだね」
まあ、ノインが大きくて、自分が小さいからバランスがとれているのかもしれないけど。
(後ろから抱きしめられるのも、いいなあ)
あたたかいお湯の中でぼんやり思っていて。
「――っ」
声。
(変なの、おっきく出た……!)
ノインの右手が、こちらの背中を撫でてきたから、だ。
待っ。
そう思ったのに、続けて声が出てしまう。
背骨を指先でなぞられた。
呼吸が乱れて、オルガは信じられない気持ちになる。
なに。まさか。
ノインの腕が少しだけ強く、抱き寄せるようにした。
湯が、小さく揺れる。
「好きです」
え。
「大好き」
うそ。待って。
そっと、肩越しに小さく背後を見ると。
うっすらと笑うノインと目が合った。
あ……えっと。
(あぁ)
なんでも叶えるよ、って言ったのは。
(私だ――!)
*
いつもはキスから始まるのに。
しないの?
いつもと、ちがう……これ、は。
(わあぁ)
どうしよう、どうしよう!?
あれ?
声、出していいんだっけ? 我慢するんだっけ? 出さなくてもいいって、どう? どうだっけ???
だめ、だ。
(こえ、でちゃう……!)
なんで。なんで!?
お腹の奥が変だよ。
体に力が入っちゃう。
呼吸が、整わない。
オルガは浴槽の縁を握った。
湯の中で体が揺れる。
木の浴槽が小さくきしむ。
湯が波立つ。
「っ!」
オルガの指が、縁を強く掴んだ。
「……ま、待って……」
「わかりました」
いきなり動きが止まった。
だけど、腕の力は逃げさないとばかりに強い。
「耳が赤いですね」
軽く耳にキスされて、オルガの全身に妙な感覚が走った。
(あ……)
やさしい。
ノインが、とってもやさしい。
「ぅ……ま、待たなくて、いい」
「はい」
動きが、わずかに変わったのに気づいた。
ああ、なんてことだろう。
(わ、私、いつからこんなにノインに弱くなったの……?)
湯が何度も揺れる。
(お湯の中、つかれる……!)
お湯の抵抗で、体が動くたびに余計に力がいる。
呼吸が、浅くなる。
なんか、ぼんやりする……。
力、抜ける……!
*
浴槽の中でしばらく呼吸だけが響く。
静かに湯気が揺れる中、オルガは縁にもたれたまま、息を整えようとしていた。
「……う……ダメ……だ」
「なにがですか」
「ちから……はいらな……」
足に力を入れて立とうとするけど、膝がふらついた。
「……あ」
体が、傾く。
その瞬間、ノインの腕が支えてきた。
「歩くのは無理ですよ」
「だ、大丈夫。た、立て……る」
もう一度試そうとするけど、足が震える。
ノインは一度小さく息を吐いた。
そしてなんの前触れもなく、オルガを抱き上げる。
「うわ、な、なにす……」
「連れて行きます」
「ま、待って、濡れてる! 拭かない、と」
「問題ありません」
湯から出ると、床に水滴が落ちた。
湯気の中で、ノインはそのまま浴室の外へ向かう。
オルガは慌てて腕を首に回す。
「自分で歩ける、よ……!」
「試して失敗したのを見たんですけど」
「うっ」
なんか、体温があがってるせいか頭がぼーっとする……。
浴室の扉が軋みもなく開かれる。
灯りを消してからしばらく経っているから、廊下は窓から落ちる淡い月明かりだけがうっすらと残っている。
普段は気にもしない、その暗さにオルガは思わずノインのほうに身を寄せた。
少しだけ抱え直したノインが、うかがってくる。
「大丈夫ですか?」
「……ん」
返事というより、息に近い音。
ノインはそれ以上なにも言わずに、廊下を歩く。
いつもは居間に行く。
そこで「あがったよ」とノインに声をかけると、ノインがお風呂へ向かう。
彼があがってくるまでお茶を飲んでゆっくりする時間……。
(はぁ……)
二階へ続く階段へとノインは迷いなく直行した。
居間は? とぼんやり思うけど、それよりも。
暗いのにノインは一切気にせずに歩いている。見えてる……みたいに。
(でも見えてるわけじゃない、って……言って……たっけ……)
さむい……。
早く拭かないと、風邪を……。
(ノインだって……)
ノインは肩で扉を押して、開ける。
寝室の中は……当然だけど、真っ暗。
窓にはカーテンが引かれていて、外の光もほとんど入ってこない。
眠りを邪魔されたくないという、ノインの……こだわったカーテン……。
迷う様子もなく中に入ったノインは、ベッドに近づく。
(あ……)
私。
(濡れたまま……)
片腕でこちらを抱え直し、もう片方の手で布を引き寄せるように動いた。
ベッドの端に畳んで置いてあった布を掴むと、広げて敷くなり……そっとそこに下ろしてくれた。
「…………」
……まって。
(え? すごくない?)
濡れた髪を肩に張りつかせたまま、オルガは暗闇の中で少しだけ目を凝らす。
片手で、だっこしたよね?
困惑してしまう。
ノインはチェストのほうへ向かったのか、引き出しを静かに開けた音がした。
目が闇に慣れてないから、不安になる。
「の、ノイン」
どこ?
と思ったら、「ここです」といきなり目の前で声がした。
柔らかい布で全身を包まれて、ほっと息を吐き出す。優しく髪も、体も拭いていく。
「肌着も持ってきました。腕を上げてください」
「ん……」
丈の長い肌着を軽々と着せられ、細かく整えられる。
終わるとノインが立ちあがる気配がして、壁のほうへ手を伸ばした。
小さなランプに火が入ると、室内に柔らかい灯りが広がる。
「あ」
オルガは動きを止めてから、視線を逸らした。
「ノイン、濡れたまま……!」
というか、全裸なんだけど!
「あっ」
採寸の時の違和感の正体がわかった!
(服着てるとすごく細く見えるけど、脱ぐと筋肉あるってわかるんだ!)
いや、えっと。
「ノイン、は、はやくなにか着て……!」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




