取引
取引。
それは言うに及ばず、双方合意の上で商品やサービスの提供を行うことである。
それを……よく分からないが、異世界の神様だという存在が申し入れたいという。
実に不可思議で、理解し難い状況。
ただ、俺は午前中、不可思議な現象に遭遇したばかり。
そして、俺の脳味噌は、午前中の出来事と目の前の状況を、なんとか結び付けつつあった。
「顔色をうかがう限りじゃと、どうやらどんな取引か察しが付いているようじゃな」
「……午前中、俺は一時的によく分からない場所へ迷い込み、どうやら遊園地の客じゃないらしい女の子に料理を提供した。
あなたがどういう存在かは知らないけど、俺はただの料理人でしかない。
それと午前中の出来事を照らし合わせたら、出せる答えはそう多くないな」
「そう! その通り!」
我が意を得たり、ということだろう。
「ビシリ!」というオノマトペすら聞こえてきそうな勢いで、商業神が俺を指差す。
「お主、定期的にあの場所へと赴き、料理を売ってはみぬか?
なあに、悪いようにはしない。
行きも帰りも責任を持って送り届けるし、金のやり取りに関しても、商業神の名にかけていい感じなレートで瞬間的に換金しようぞ。
もちろん、言語はリアルタイムフル翻訳!
読み書きはともかく、会話に関して不自由することはないじゃろう」
無、そのものな胸を張って宣言する商業神だ。
金、か。
そういえば、あの時、ピンク髪の女の子はいくらかの硬貨を持っていた。
あの時は、外人さんか何かで、貨幣価値がよく分かっていないのかと思ったが……。
実態は、どうやら違ったらしい。
「……念のために聞きますが、断った場合や、あるいは何らかの事情により辞めたくなった場合、俺はどうなりますか?」
「ふむ、その辺はきっちり詰めておかんとのう。
まあ、悪い場合でも、わしや異世界に関する記憶を消去して終わりじゃ。
こう、ペン型のライトでフラッシュを食らわせるような感じでな」
トミー・リー・ジョーンズとウィル・スミスが主演を務めたあのエイリアン映画でおなじみの記憶消去ポーズを取りつつ、商業神がにたりと笑う。
あなた、異世界の神なのに地球の映画へ詳しいっすね?
「良い場合、というのは?」
「まあ、基本的に記憶まで消すことはせん。
体験したことを吹聴して回ったところで、頭のおかしい奴扱いされて終了じゃからな」
「確かに……」
苦笑しながら、うなずく。
仮にそんなことをしても、現実と妄想の区別がついてない人間扱いされて終了である。
「と、いうわけでどうじゃ?
やるか? やらぬか?
あるいは、他に何か質問があるなら、今のうちにせよ。
ただし、決断はこの場で、じゃ」
堂々たる態度で告げてくる商業神。
即断即決を迫るのは、なんとなくそれらしさを感じられた。
だらだらとして決まらない商談など、時間の無駄でしかないだろうからな。
そして、俺の方も、実のところすでに結論は出ている。
なんとなれば、こんな面白い話を逃がす手など、存在しないからだ。
今日、このハロウィンイベントへ参戦して、よく分かった。
俺は、料理人として客に料理を提供する行為そのものへ、激しく飢えていたのだと。
ただ、その欲求を満たすだけならば、いくらでも手はある。
それこそ、今日のようにイベントへスポット参戦して商売すればいいのだ。
だが、出店場所によって客層を選べるのが、飲食業の面白いところ。
例えば、カフェを開業する人間と定食屋を開業する人間とでは、明確に相手をしたい顧客層が異なると分かるだろう。
そして、異世界人相手に商売する機会は、今を逃せば当然――ない。
「質問と条件がひとつずつ。
質問の方は、定期的にというには、どの程度の頻度か?
条件は、誰かサポートが欲しい。
どのような料理が好まれるか、リサーチもしたいから」
「ふうむ……そうじゃな。
これは、わしの一存で決めてしまおう。
まず、頻度に関してじゃが――」
商業神が提示してきた条件は――。
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夢、というのは魔術的に大きな意味を持つ存在である。
これを見ている間、人の魂はこの世ならざる空間と繋がりやすくなるからだ。
それつまり、天上におわす大いなる存在も、こちらに干渉しやすくなるということ。
ゆえに、聖女アルタが商業神ビタ・クエトから啓示を授かるのも、おおよそは夢を見ている時であり……。
全身が、暖かく強大な何かに包まれる感覚を覚えた時、アルタは「きた!」と思ったのだ。
この啓示は、間違いなく、ありったけの魔力を注ぎ込んで行なった祈りへの回答……!
そして、その予測は正しかった。
常人ならば、わずかに聞いただけで魂が押し潰されるだろう圧力の言葉で、神託が下されたのだ。
いわく。
――出店は週イチ。
――また、出店当日及び不定期に我が聖女たるお前が手伝いをすること。
「――よっしゃあ!」
寝台の上で、高いびきをかきながら聖女ガッツポーズ!
かくして、キッチンカーなる異世界の店にまつわる物語が始まったのである。
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