商業神ビタ・クエト
神、とひと言に言っても、その存在をどのように定義したものか。
あまり詳しくはないが、キリスト教やユダヤ教においては唯一無二の絶対的な創造主であり、ソシャゲなんかで大活躍している北欧神話の神々や、日本の神道における神々はそれぞれ権能を司る多神の存在だったと思う。
ちなみに、個人的な推しメンは應神天皇、仲哀天皇、神功皇后の御三方だ。毎年お祓いしてもらってる穴八幡宮で祀ってる神様だから。
とまあ、そんなわけだから、人々が“神”という単語に抱くイメージは、実に様々なものだろう。
どのくらい様々なものかというと、解釈の違いを巡り、宗教戦争に発展するくらいである。
ただ、万人に聞いて、万人にうなずいてもらえるだろう常識として……。
少なくとも、こんな地方の遊園地で営業終了後、キッチンカーの店主に話しかけてくる存在ではないはずだ。
まあ、あまりにも神様のパブリックイメージド直球なそのコスプレには、敬意を表しておくが。
だから俺は、「わしは神じゃ」と言い放ったお爺さんへ、できるだけ優しい笑みと共にこう告げたのであった。
「お爺さん、もう本日の営業は終了ですよ。
出入り口までお送りしますから、帰りましょうね。
というか、一緒に来られたご家族の方はいらっしゃいますか?
あるいは、そういった方の連絡先の番号は覚えていらっしゃいますか?」
「ええい! ボケ老人扱いするでないわ!
ああもう! やめじゃやめじゃ!」
我ながらパーフェクトな対応であったと思うが、しかし、それがかえって不興を招くこともある。
お爺さんはにわかに怒り出すと、手にしていた杖を地面に投げ捨ててしまった。
それにしても、杖を放り出す力強さは、少々意識が曖昧になっているご年齢とは思えぬ力強さだ。
「すいません、そのようなつもりはなかったのです。
さっきの質問は、こういった場合における定例で、決まりごとですから。
もちろん、お客様ならご無事にお帰り頂けると確信しています。
ただ、今日はハロウィンイベントで普段より遅い時間まで営業していたわけですし、ご家族に連絡してその旨お伝えするのがいいのではないでしょうか?」
「じゃから、それをやめろっちゅうとるんじゃ!
――黙って見ておれ!」
言いながら、お爺さんが右手を掲げる。
それはちょうど、何かの変身ポーズのようで……。
後でAIに調べさせたところ、実際、帰っ◯きたウ◯トラマンが変身する時のそれに酷似していたことは、ここに記しておこう。
そしてこれは、何も50年以上前の特撮ヒーローをボケた老人が真似しているわけではない。
実際、彼の全身は稲光のような光に包まれ、変貌を遂げたのだ。
「ううっ……なんだ」
光が放った圧力へたじろいだ俺は、防御するように上げていた腕をそっと下ろす。
そうして視界に入ったのは、一人の幼女であった。
ただの幼女ではない。
スゴ味すら伴う可憐さを備えた幼女である。
白銀の髪は、朝露を思わせる自然な輝き。
身にまとうミニスカート型の服は、シンプルなデザインでありながら、神秘的なアクセサリで飾り立てられていて、それが年齢にそぐわぬ迫力を与えていた。
何より、その背に浮かべている宝輪。
いや、仏教建築などで用いられるそれとは、やや意匠が異なるように思えるが、刻み込まれた紋様の厳かさは、勝るとも劣らぬように思える。
総じて、どこか人間離れした空気と存在感の幼女なのだ。
「き、君は?」
心のどこかで、なんとか絞り出したこの言葉へ苦笑いする自分がいた。
目の前で起きた明らかな超常現象。
これに対するリアクションがこれなのだ。
もっとこう、激しく驚き慌てふためいたりしてみせても、ばちは当たらなそうなものである。
おそらく、処理能力を大きく超えた出来事に対し、脳が一時的なフリーズ状態へ陥っているに違いない。
「ふっふーん。
驚くのは、わしの美貌に対してだけではないぞ」
自慢げに胸を張った元お爺さんが、ちょいちょいと下を指差してみせた。
それに釣られて、視線を下にやったわけだが……。
「――う、おおっ!?」
目にした光景のすさまじさに、腰が引けてしまう。
俺の足元にあったのは、モルタルで固められた遊園地の地面ではない。
というより、この体を支えてくれる物質は、どこにも存在しなかったのだ。
では、どうなっているのかといえば、そう、浮いている。
だが、地面が下に見えないことから分かる通り、ちょっとやそっとの高さに浮いているわけではない。
果たして、地上から何千メートルの高さなのだろうか?
俺の体は、遥か上空に存在しており、そこから眼下の大陸を見下ろせたのであった。
……ん?
大陸?
「地球じゃない……?」
日本にいた俺が大陸を見下ろせているというのもおかしいし、大陸の形そのものに見覚えがない。
少なくとも、地球上に存在する六つの大陸で該当するものはないと思える。
「思ったより、冷静じゃのう」
そんな俺を見ながら、感心したように薄い笑みを浮かべる銀髪の幼女。
もう、疑う理由はどこにもない。
こいつはお爺さんでもなければ、今の見た目通り幼女でもない。
もっと強大で、恐るべき何かだ。
「そう、恐れる必要はない。
神の中には悪なる存在もおるが、わしはそうじゃないのじゃからな」
「……………………」
もう、こうなったら言葉はない。
ただ、強張った状態で視線を向けた。
「ああ……そういえば、問いかけられたままじゃったな」
そんな俺に対し、幼女はあごをさすってから、力強く宣言したのである。
「我が名はビタ・クエト!
眼下へ見えし世界で商業を司る神なり!
異世界の料理人よ!
お主に、取引を申し入れたい!」
「取引……?」
俺は、やや首をかしげながら尋ね返した。
お読み頂きありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。




