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アラサー男の週末異世界キッチンカー出店記   作者: 英 慈尊


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7/12

謎の老人

 ウィッグか、あるいはヘアカラーか。

 人生というものを飲食へ費やしてきた俺には判別する術などないが、ともかく長いピンク髪を下ツインテールで結び、ファンタジーな町人風の装いをした女の子が炒飯食べる姿を見ながら、思う。


 スゲー美味そうに食ってくれるな、この子。

 というか、無茶苦茶腹減ってたんだな。

 こう、本気の空腹を感じる。


 なんだろう。少年漫画とかで、キャラクターが『ガッガッ』と勢いよく飯をかきこむシーンがあるだろう。

 この子の食べ方は、まさにそれだ。

 全身を構成する細胞の全てが、炒飯を食べることにのみ集中している状態。


 はっきり言って、飲食店冥利に尽きる光景であり……。

 そういえば、ここしばらく俺が見ていなかったものでもある気がする。

 いや、実際どうだろうか? 『立ち食いらあめん林田』を開業してからこっち、俺はお客さんのこういう顔を見たことがあったか?


 ない、な。


 もちろん、『立ち食いらあめん林田』が特殊な提供形態をしているため、普通のラーメン屋がそうであるように、カウンター越しでお客さんの様子をうかがうことなど不可能だった事情はあるだろう。

 また、ようやくにも開業した店を繁盛させるべく、とにかく必死であったという事情もある。


 何しろ、遊びでやっているわけじゃない。

 店舗の立ち上げというものは、一千万円以上の金がかかるものなのだ。

 その全てが自己資金というわけではないが、だからこそ重みというものが違った。

 まして、打って出たのは飲食業界。

 開業してから、三年後に生き残っている店舗は全体の三割ほどとも言われている戦場である。

 脇目など振っている場合ではなかったのだ。


 ただ、実際にそれを成功させ、売り払い、その後の生活へ突入するに至った今、あらためて思う。

 これは、脇目なのか?

 これこそ、まさに目を向けなければいけないものではなかったのか? と。

 とどのつまり、俺は、せっかく飲食店を開いておきながら、お客さんのことが数字としてしか見えていなかったのである。


 もちろん、それで実際に成功し、従業員の生活も守れ、地域の胃袋を満たしている以上は、何も間違いではない。

 ただ、もったいないことをしてしまったと、後悔するだけであった。


 うん、そのことに気付けただけでも、こうしてキッチンカーの営業を行なった甲斐はあるな。

 何か成長したとか変わったとかではなく、視点を増やすことができた。

 そう思いながら水分補給し、また顔を戻したその時だ。


「……あれ?」


 あの女の子が、いなくなっていた。

 こつ然と……そう、こつ然と、という言葉がふさわしい。

 一切の足音も気配もなく、目の前から完全に消失していたのである。


「あの子は?」


 キョロキョロと周囲を見回しても、何も変わらない。

 いや、ひとつ気付いたことがあった。


「周りの様子が……変わっている?」


 というよりも、戻っている?

 女の子のコスプレっぷりがあまりに見事だったので目を奪われていたが、そういえば、ついさっきまで周囲に見えていたのは、コンクリートの壁面ではなく、古びた石壁だったような……。


 まるで、あの短時間だけ、別の場所にいたかのような感覚。

 つまりこれは、あの女の子が消えたのではなく、俺自身がこのキッチンカーごとどこかへ行っていたのではないか?


 そんな推論を、俺が脳内で組み上げていた時のことだ。


『ただいまより、25年ハロウィンフェスを開催いたしまーす!』


 そのようなアナウンスが響き渡り、園内入り口の方から、大勢の気配がなだれ込んでくるのを感じた。

 となると、あの子はハロウィンのコスプレをしていたわけではなかったのだ。

 他に考えられる可能性として、この遊園地で働くキャストという線もあったが、だったらそれらしい気配を漂わせそうなものである。


 ともかく、わけも分からないまま、ハロウィンイベントは開始され……。

 このようなイベントで、あえて炒飯を提供するという俺の試みは、中華鍋捌きを見せつけるというパフォーマンスも相まって、かなりの成功を収めたのであった。




--




 無論、『立ち食いらあめん林田』の経営当時は毎日厨房に立っていたこの俺であるが、あれはあくまでもラーメンを提供する業態であり、一日中中華鍋を振るい続けるというのは、まったく未知の体験である。

 こうなると、普段は使っていない筋肉が悲鳴を上げるというもので、俺は翌日の筋肉痛を高らかに告げる肩を揉みながら、最後のお客さんが立ち去る姿を見送った。


 売って売って売りまくったが、それ以上に、作って作って食わせまくったという感覚が強い。

 そもそも、このようなイベントを喜ぶのは若い層であるわけで、ガッツリ食べたいという要求は俺が想定した以上のものであったのだ。


 だから、キッチンカーの初出店は、大成功であったと言ってよい。

 商売としても、料理人としても、である。

 ただひとつ、しこりとして残っているのが、午前中のおかしな体験であったのだが……。

 なんということはない。

 奇妙な出来事はあれで終わりでなく、続きがあったのだ。


「お主、ひとつ頼みがある」


 キッチンカーの片付け作業をしていた俺に、背後から語りかけてきた人物。

 彼をひと言で表すならば、老人ということになるだろう。

 それも、ただの老人ではない。

 おそらく枯れ木のように痩せ細っているだろう全身を包み込むのは、ボロッボロのローブであり……。

 体を支えるためについているのは、ねじくれた杖。

 頭はつるりと禿げ上がっているのだが、白く染まった眉毛と髭は異常に長く、目元と口元を覆い隠してしなっている。


 なんというか、こう……すごくステレオタイプな格好をしたお爺ちゃんだ。

 何に対して、ステレオタイプな表現しているかって?

 それは……。


「あなたは一体?」


「わしは神じゃ」


 ……なんかこう、「私は神です」と紙に書いて顔へ貼り付けるよりも分かりやすく神様っぽい格好をしているお爺さんから、そんな風に名乗られた。

 お読み頂きありがとうございます。

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