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アラサー男の週末異世界キッチンカー出店記   作者: 英 慈尊


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謎の店(?)

 硬い……硬ーい……だけならばまだしも、長期にわたって保存しているためか、本来は存在したのかもしれない風味も何もかも吹き飛んでしまっており、これは体に必要な滋味を石へと変じさせる錬金術に違いないと信じさせられる黒パン。

 出汁? 旨味? 脂? そのようなもの、聖職者には必要ないという熱い主張が込められたスープ……というか、野菜と肉の端切れが浮かんだお湯。

 あとなんか豆。ひよこ豆や青えんどう豆、赤いんげん豆を茹でたもの。


 以上が、神殿における普段の食事である。

 これに対し、年若く、食べ盛りかつ育ち盛りな年齢である聖女アルタが思うことなど、一つしかないだろう。

 すなわち……。


 ――ジー◯ス!


 なんならば、天に向かって中指を突き立てたいくらいの勢いであった。

 何が清貧じゃい! もっと肉食わせんかい!

 というか、信者の前ではもっともらしい振る舞いをしていても、裏では収められた喜捨で酒池肉林の贅沢三昧させんかい!

 これが聖職者のやることかよおおおおおっ! と、叫び出したい気分である。神はヤベー女に聖女の力を与えていた。


 そんなわけで……。

 本日のアルタは、顔面こそ聖女スマイルをキープしていたものの、裏では圧倒的空腹感へとさいなまれていたのである。

 こうなってしまっては、やることなどただ一つ。

 ……脱走だ。


 トイレでクソ重いローブを脱げば、その下から現れるのは、ふわりと広がるスカートが印象的なワンピース。

 死ぬほど暑いのは聖女ガッツで耐え抜き、下に着込んでおいたのだ。

 畳んだローブは脇に挟み、トイレの窓から聖女ジャンプ! 見事な跳躍でもって、窓のそばへ枝を伸ばす大木の幹へと取り付く。

 そこに隠し持っていた紐でローブをくくりつけ、自分自身は聖女クライミングにより幹を滑り降りる。

 その後は簡単……聖女ステルスをもって、巡回する僧兵たちの目などかいくぐりながら街へと繰り出すのだ。

 なお、懸命なる読者はお気付きであろうが、これら一連の行為に聖女要素は一ミリも関係なく、純粋なメンタルとフィジカルの暴力であった。


 とにもかくにも一般通過町娘と化したアルタは、王都の中をさまよい歩きながら考える。


(どこに……。

 どこに、この空腹を満たしてくれるお店はあるのかしら?)


 今、この胃袋が欲しているのは、ガツンとしたひと口の衝撃であり、油っ気であり、食いでであった。

 それらを満たす食事とは、どこに……!


 サンドを売る屋台は……違う!

 燻製にした肉とオニオンのスライスが挟まっているのは美味そうだが、今の胃にはややあっさりし過ぎている。

 粥の店は……胃には優しかろうが、神殿の食事と大同小異!

 串焼き……かなり惜しいが、せっかくの脂分を炭火で落としてしまってるのはもったいない!


(一体どこに、わたしを満たす店が……!)


 キョロキョロと周囲を見渡しながら、王都の街中を徘徊していく。完全に不審者のムーブであった。

 だが、なんの因果か……理想を叶えてくれる店は見つからず。


(神よ……! 商業神ビタ・クエトよ! 普段、ちゃんとお勤め果たしてるじゃないですか!

 わたしのこと聖女だっつーんなら、今、体が求めてる店と引き合わせて経済回させなさいよおおおおおっ!)


 とうとう、そんなことを天に向けて祈りながら、どこぞの路地裏へ曲がり込んだ。

 そこで、()()を見つけたのである。


「え……これ……何?」


 思わず、口に出してつぶやく。

 路地裏の一角……行き止まりの小さな広場じみた場所に停まっているのは、およそ誰も見たことも聞いたこともない奇怪な存在であったのだ。


 全長は、およそ四メートル半ばかり。

 全幅はアルタの身長を越すほどで、全高もまた、少女の背丈などゆうに越す箱型。

 四つの車輪――ただし見たこともない弾性のある物質に包まれている――を備えており、御者台部と荷台部のいずれもが天井に至るまで装甲で覆われていることから、これは戦車の類ではないかと推測できた。

 ただし、これを引くべき牛馬に繋ぐための引綱は、どこにも見当たらないが……。

 代わりにというべきか、驚くほど透明度が高いガラスで覆われた御者席には、奇妙な輪のようなものが取り付けられている。


 異様なのは、それだけではない。

 荷台に当たるだろう車体の後方部分……その側面が、上下に開け放たれ、内部を明らかなものとしていたのだ。

 これは……これは……。


「……屋台?」


 アルタの持ち得る知識と照らし合わせた場合、符合するのがそれであった。

 開け放たれた装甲下部は、そのままカウンターとしての機能を有しており……。

 カウンター上から伺える荷台内部には、何やら大型の焜炉(こんろ)と思わしきものと、その上に乗せられた半球状の鉄鍋が見えるのである。

 ならば、これは何かスープでも売っている屋台なのかと思えるが……。


「……油の匂い」


 聖女ノーズは地獄鼻。ほのかに漂う植物油の香りを敏感に嗅ぎ取った。

 ならば、揚げ物を出す店である可能性――大なり。


 ここだ。

 ここしかない。

 商業神(ビタ・クエト)よ、感謝します。


「すいませーん!

 どなたかいらっしゃいますか?」


 ここで食事をすると決め、人の姿が見えない荷台に向かって呼びかける。

 すると、外からでは見えぬ荷台の奥で、椅子にでも座っていたのだろうか……。


「おっとと!

 あれ? もう始まってたっけ?

 すいません! お待たせしました!」


 一人の男が姿を現したのだが、こちらも、この奇怪極まりない屋台と同様、初めて見る類の人物であった。

 身にまとっているのは、まばゆいほどに純白のシャツと、これはどのような生地なのか……柔軟性と耐久力を両立していそうなこしらえのズボンである。

 黒髪は、よほど丁寧に洗髪しているのだろうか? 驚くほどに艷やかで、かつ、清らかだ。

 ヒゲの剃り方も非常に丁寧であり、そういった身だしなみの清潔さが、実年齢よりいくつも年若く感じさせる男……。

 そんな人物が、カウンターの向こう側からこちらを見下ろしているのである。


「うちのメニューは炒飯です。

 八百円!」


「は? チャーハン?

 ハッピャクエン?」


 聞き覚えのない言葉を連発され、思わず聞き返してしまう。

 そんな自分に、男は首をかしげてみせた。


「あれ、よく似合うコスプレだと思ってたけど、ガチで外国の方かな?

 炒飯……フライドライス、で通じますかね?

 それと、うちは現金オンリーでお願いします。

 ペイとかクレジットとかは機械がないので」


 なんだ……? この男は何を言っているのだ……?

 分からないなりに、アルタは懐から数枚の銅貨と銀貨を取り出す。

 ちなみに、このお金は以前、ハイデエール枢機卿にお願いして用立ててもらったものの一部だ。三人いる枢機卿の中で、あの爺さんは最もチョロかった。


「ハッピャクとかペイとかは分かりませんが、これでそのチャーハンとかいう料理? を食べることはできますか?」


 言いながら、これらをカウンターの上に置く。


「おお、日本語お上手ですね。

 お金も、大丈夫ですよ。

 今回は、先払いで頂きますね」


 すると、男はそう言いながら、むんずと貨幣の一部を握り取ったのである。

 その瞬間……。

 銀貨と銅貨のうち、男に握られた数枚のみが見たことのない銀貨――大きなものが一つと小さなものが三つだ――に変じたのを、アルタは確かに見た。

 しかし、それらはすぐ、チャリンと音を立ててカウンター向こうの容器へ入れられてしまったため、詳細は確認できなかったが……。


「それじゃあ、作りますか。

 あんまり顔寄せると、火傷するから気をつけてくださいね」


 言いながら、男が焜炉(こんろ)の下にある何かをいじる。

 すると、何やら玉ねぎを腐らせたような匂いが漏れ……。

 次いで、男が何か変わった装いの棒を近付けると、焜炉(こんろ)の中で炎が燃え盛った。


「きゃっ……」


 相当に熟練した魔術師であっても、ここまで少ない予備動作でこれほどの炎を生み出せるか、どうか……。

 しかも、どう見ても魔術や奇跡の類いであるというのに、これは魔力の匂いが感じられない……!


「あれ? そんなに近くはないけど……。

 まあ、業務用を素人の人が見ると、火の勢いに驚くか。

 でも、感心するのは火の勢いよりも、俺の鍋捌きにしてほしいかな」


 混乱するアルタをよそに、奥からいくつかの材料を引っ張り出した男が、焜炉(こんろ)に乗せられた鉄鍋と向かい合った。

 そのまま、男がおたまで何かをすくい、轟々と燃える炎を受ける鍋に投じる。


 ――ジュワァー!


 何か液体が超高熱で加熱され、瞬く間に火を通されていく小気味良い音……!

 次いで、男が器に入れられた何か……いや、これは白米を投じる。


 ――ジュワワーッ!


 ますます、鍋で食材の熱される音が高まった!

 そして、音を立てるのは食材だけではない。


 ――カカッ!


 ――カカカカンッ!


 なんと、男はおたまを様々な角度から鍋の内部へ突き入れ、かき乱したのだ!

 しかも、それと同時に片手持ちした鉄鍋も細かく動かしているため、おたまと鍋……金属製の両者をぶつけ合わせ、打ち鳴らす音が響き渡る!

 それにしても、金属同士を接触させている音だというのに、なんという心地よさであろうか。

 ボウボウと炎のうねる音が下支えし、信じられぬほど調和の取れた音楽となって、カウンター前に立つアルタの耳を楽しませた。


 ――ジャッ!


 ――ジャッ!


 さらに、これはそういう芸なのか……。

 調味料や追加の具材を加えられ、なんともかぐわしい匂いが発せられている鍋の中身を、男が豪快に空中へ踊らせる。

 そうすることで垣間見えるのは、大聖堂の広場など比べものにもならぬ黄金色と、その中に混ざった茶と緑……。


「ほいよっと。

 ――お待ち」


 最後に、空中へ投じられた中身を見事におたまで受け止めた店主が、脇から取り出した皿へとこれを盛り付けた。


「林田特製炒飯、熱いうちに食べてくんな」


 言いながら、カウンターの上に置かれた料理……。

 これのなんと香り高く、美しいことだろうか。

 純白の容器へ半球状に盛り付けられたこれは、簡潔に表すならば、米と卵……それから、ネギ(リーキ)と何かの肉とを、たった今目にした技法で加熱し、一つに混ぜ合わせた料理。

 料理名はもう聞いている――チャーハンだ。

 お読み頂きありがとうございます。

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