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アラサー男の週末異世界キッチンカー出店記   作者: 英 慈尊


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商業神の神託

 聖女であるアルタが「これは商業神ビタ・クエトのお告げである!」と宣言すれば、他の何事よりも優先してそれを実行に移さねばならないのが、商業神ビタ・クエト教団というものだ。

 それは、「とある路地裏に変装した聖女を小遣い付きで送り込め」という、サボりたがっているアルタの嘘としか思えない言葉であっても、同様。

 そして、神のもたらした言葉を迅速かつ確実に実行するため、教団側が最大戦力を投入するのは、当然の(ことわり)


「なかなかこないわねー」


「ですが、アルタ様が商業神のお言葉を賜った以上、ここにお告げの来訪者が現れるのは、確実。

 ならば、我らはここでただ待つのみです」


 その投入された最大戦力こそが、アルタの隣でブロンズ像のごとく悠然と佇む少女剣士なのであった。


 しなやかな体を包み込むのは、田舎から出てきたばかりの冒険者が使うような安物の皮装束。

 動きやすさを重視して丈の短いものを選んだ結果、引き締まった太ももが露わとなっている。

 腰に差している片手剣もまた、いかにも安っぽい造りをした代物であったが、これはあえてそのようなこしらえに変えてあるだけ。

 いざ鞘から引き抜いたならば、アルタ自らが聖別した銀を鍛え上げた聖剣が姿を現すはずだ。

 やや癖のある黒髪は首元で揃えられており、鋭い輝きを宿した青い瞳が、少女に凛とした印象を与えていた。


 ――聖騎士マロリー。


 ビタ・クエト教団に属する僧兵の中で、唯一、聖騎士と名乗ることを許された人物である。

 剣閃の鋭さは稲妻に例えられ、商業神に仕える騎士でありながら、戦神を信仰する聖騎士団の団長とも互角に渡り合える武勇の持ち主であった。

 同年代の女子ということもあり、変装し、市井へ紛れ込むアルタへ護衛として付けるには最適な人選であると言えるだろう。

 ……もっとも、彼女が枢機卿らから命じられている真の任務は、お目付け役であろうが。


「それにしても、本当なのですか?

 商業神様がアルタ様の祈りに応え、この(みやこ)を救う救世の勇者を送り込むというのは?」


「何よ。聖女の言葉を信じなさい。

 わたし、聖女としての役割に関することでは、一度だって嘘を言ったことがないでしょ?」


「それは確かに、そうなのですが……。

 しかし、時たま神殿を抜け出しておられるわけですから、ビタ・クエト様の言葉をいいように解釈し、便乗して街へ出かけようとしているようにも思えます」


 いかにもな新人冒険者神官といった装いのアルタに対し、マロリーが眉をひそめながら答えた。

 そうなのである。

 アルタが発作的に神殿を抜け出し、街でこっそりと買い食いしたりしていることを、教団上層部は当然ながら把握していた。

 把握しているというか、逃げ出したアルタがこなさなければならなかった予定に対し、代役を立てたり、予定そのものを変更したりと、何かと迷惑をかけられていたのである。

 このマロリーもそうやって余計な仕事を増やされている被害者の一人なのだから、いかに聖女の御言葉といえど、懐疑的になるのは致し方なかった。


「とにかくまあ、信じなさい。

 ……ほら? 感じない?

 そこはかとなく、神聖な“気”が漂ってきているのを」


「私には、路地裏の汚い壁が見えるだけですが」


 アルタの言葉に、マロリーが肩をすくめて見せたその時だ。

 雷光……いや、雷爆と呼ぶべき現象が、突如として眼前で巻き起こった。

 なんの変哲もないはずの空間で、静電気のごとき微弱な紫電が生じたかと思うと、瞬間的に充実して膨れ上がり、爆ぜたのである。


 こういった時、マロリーが見せる反応は実に機敏なものだ。


「――失礼」


「――わぷっ」


 彼女は短く告げながらアルタを抱きしめ、自身の背でもって庇ってくれたのであった。

 同時に、空いている右手は剣を引き抜いており、全身は守護の奇跡によって強化されている。

 己が身を盾にする行為ではあるが、今のマロリーならば、至近距離から竜の吐息を受けたとしても耐えきれるだろう。


「これは一体……」

 

 聖女を背に庇った聖騎士が、鋭い声を発した。

 アルタたちの前で起きた超常現象は、(いかづち)の爆発のみではない。

 それが収まった後に、突如として奇怪な鉄の塊が現れていたのだ。


 全長は、およそ四メートル半ばかり。

 全幅はアルタの身長を越すほどで、全高もまた、少女の背丈などゆうに越す箱型。

 下部に備わった四つの車輪は、見たこともない弾性のある物質に包まれており、御者台部と荷台部のいずれもが天井に至るまで装甲で覆われていることから、これは戦車の類ではないかと推測できる。

 ただし、これを引くべき牛馬に繋ぐための引綱は、どこにも見当たらぬ。

 代わりにというべきか、驚くほど透明度が高いガラスで覆われた御者席には、奇妙な輪のようなものが取り付けられており……。

 今回、あの奇妙な出で立ちの店主は、その輪を握りながら呆気に取られた顔となっていた。


 おおよそ、この世界に生きる人間の常識では、図ることも語ることもできない存在。

 アルタにとっては、二度目の邂逅である。


「マロリー、恐れる必要はありません」


「アルタ様。

 では、これが……? あの御者台らしき場所に収まっているのが……?」


「ええ、あの方こそ、商業神様に招かれし異界の勇者です」


 胸の前で組んだ手に、軽く力を込めながらアルタはうなずいた。


(――しゃおらっ! キタアアアアアアアアアアッ!

 お腹を空かせておいた甲斐があったわ!

 サンキュー! ビタ・クエトオッ!)


 無論、心中で力強い聖女ガッツポーズを決めていたことは、語るまでもない。

 お読み頂きありがとうございます。

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