第二話
「姐さん、本当に申し訳ありませんでした」
その日の夜、酒場で竜の角が生えた少年が私に頭を下げる。こいつはさっき襲ってきたドラゴンで、虫の息になっていたので私が『治癒魔法』で治してやったのだ。そしてその後にこの店で一番安い酒を飲んでいたが、私は小さくため息をつくしかなかった。
「本来謝る相手はだいぶ怒っていたヴァージニアだろ。それに、姐さんと呼ばれるべきもアイツじゃないのか?」
「ヴァージニア姐さんにも後で謝罪させてもらいます。こんな辺鄙なとこにある街ならオレより強い奴なんていないと調子に乗ってたのにオレよりも遥かに強い方のようですから」
「アイツはたしかに強いぞ。私なんかより遥かに強い」
「なのにどうしてギルドの受付嬢なんてしてるんで?」
ドラゴンが心底不思議そうに言う。ヴァージニアの強さを思い知ればしごく当然の疑問だろう。だが、アイツは未だにその事を話してくれない。別に聞く気もないが、いつかは話してくれるのだろうか。
「私にもわからん。そういえばお前、名前は?」
「アレックスといいます。本当はオレ達に固有の名前なんてのはないんですが、こうしてヒューマンの姿になれるようになったからにはなんかそれっぽい名前がほしくなったんで」
「そうか。アレックス、お前はこれからどうする? またどこかへ旅立つのか?」
それに対してアレックスは首を横に振る。
「いいや、この街に残りますよ。姐さん達に迷惑をかけちゃいましたし、アテのない旅をしてただけなんで」
「そうか。なら私と一緒にギルドでのクエストに励むといい。気配からもわかるが、お前は中々の強さのようだからな」
「そもそもヒューマンの姿になるにはかなりの年月を要したり修行をしたりしないといけませんからね。姐さんの助けになれるように頑張りますよ。それで、姐さんのランクはいか程で? 低く見積もってもAランクはあるんじゃないですか?」
「いや、Fランクだ」
「へー、Fラ……え、Fランク!?」
アレックスが心底意外そうに言う。それに対して私が何も答えずに酒を一口飲んでいるとアレックスは慌てたように言う。
「いやいや、冗談ですよね!? 姐さんから発せられる気配はSランク以上の物ですし、そんな姐さんがFランクだなんて冗談以外の何物でもないでしょう!?」
「冗談ではないぞ。私は万年Fランクなんだ。Fランクから上がれないようにされてるからな」
「そりゃどうして。姐さんがここにいるのと何か関係があるんですか?」
私は酒を飲んでから頷く。
「私はかつてあるパーティーに参加していた。その名前は『白金の翼』。お前も名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
「それはありますよ。あの魔王様を討伐したっていう勇者がリーダーを務めるSSランクパーティーじゃないですか。そんなところにいたなら姐さんほどの気迫も納得だ」
「私はそこの初期メンバーで、リーダーも最初はただの魔法剣士だった。魔王討伐という難関を乗り越えた事で勇者と呼ばれるようになり、魔法使いも大魔法使い、シスターも大僧正と呼ばれるようになっていった」
「それなら姐さんだって同じように周囲から羨まれるような存在になるはずだ。なのにどうして……」
「リーダーから見て私はあのパーティーにいらない存在だったそうだ。どうやら魔法使いとシスターは私が知らない間にリーダーと関係を持っていたらしく、二人と共謀したリーダーは私が魔王の内通者だったと周りに偽り、パーティーから追放した上に冒険者としての資格は剥奪しないまでも永遠にFランクから上がれなくなるようにしてきたんだ。勇者としての権限を悪用して……!」
当時の悔しさが込み上げてくる。これまで剣士として頑張ってきたし、何かのためになると思ってさまざまな魔法だって覚えてきた。だが、それを魔法使いやシスターから疎まれてこうなったのだろう。東国には出る杭は打たれるという言葉があるそうだが、まさにこの事なのだろう。
「なるほど……まあそういうことなら納得だ。でも、そしたら暮らしが成り立たないんじゃないですか? Fランクのクエストの報酬なんて大したことないはずだ」
「そこがこのキジョの街のいいところだ。ここは私のように何かの理由で元いたところを追い出されたりよそではやっていけなくなった奴らが集まる場所だ。だからこそお互いに助け合ってるし、この街の住民だからこそ持っている紋章があるからそれのお陰で物価も安い。それに、何かあればお互いに物を贈り合ったり誰かの家の食事に招かれたりするからな。因みに、行商人達からすればよだれが垂れる程に欲しいような鉱石や作物もここでは採れるから、それらを高く売ってアイツらからの売り物は安く買っている。だからここは成り立っているんだ」
「よく出来てますねえ……まあでも、それならオレも安心してここで暮らせそうだ。それで、ここの街のリーダーは誰なんです?」
「街のリーダーはギルド長でもあるレナード・オールディスだ。明日辺り案内しよう」
「ありがとうございます、ねえさ――」
その時、酒場のドアが強く開けられた。見るとそこにはヴァージニアの姿があった。
「ヴァージニアじゃないか。どうしたんだ?」
「どうしたも何も……アンタ、なんでここで飲んだくれてるのよ! それもそのドラゴンと一緒に!」
「別に飲んだくれてはないし、コイツの名前はアレックスだ。ここに住み始めるしギルドの世話にもなる。アレックス、とりあえず挨拶しておけ」
「へい。ヴァージニア姐さん、先程は失礼しま――」
「うるさい!」
ヴァージニアの指から光線が放たれ、アレックスはそれをもろに受けた。
「あばばば……!」
そして涙目になりながらアレックスが黒こげになる中、ヴァージニアは私の隣に座った。
「アタシも飲む。よそだと無理でもここだとアタシでも飲めるから」
「そうか。それならより楽しい夜になりそうだな」
「あ、アタシだってアンタと一緒なら……」
「ん、何か言ったか?」
その瞬間、ヴァージニアは顔を赤くする。
「べ、別に何も言ってないからー!」
その後、回復させたアレックスも交えて私達は飲み始め、新しい住人を迎えるために酒場はより賑わいを増していった。




