第一話
「これで今日のクエストは終わりだな」
目の前のゴブリンの死体を見ながら呟く。今日のクエストはゴブリンの肝五つの納品。まだまだFランクの私にはちょうどいいくらいのクエストだ。
「これを袋に詰めて、と……」
ゴブリンの肝をしまっていたその時、細い枝が折れる音が聞こえ、私はすぐに振り向いた。すると六匹目のゴブリンが走ってきており、手にはトゲつきのこん棒が握られていた。
「コイツらの仲間か。だが、その程度の速度で私を捉えられると思うなよ!」
直前でゴブリンの攻撃を避け、私はその背後に瞬時にまわる。消えたと勘違いしているのかゴブリンは背後には気づかずに辺りをキョロキョロ見回している。
「グルゥ……?」
本来コイツらに罪はない。だが、暮らしていくためには仕方ない。弱肉強食の世界を恨みながらせめて安らかに眠ってもらおう。
「歌姫の囁き」
まるで囁きを聞いたかのような微かな風音と共に剣が振るわれてゴブリンの首は宙を舞う。首を無くした胴体は力なくその場に倒れ込み、私は返り血を浴びながらも手の甲で汗をぬぐった。
「ふう……油断大敵とはまさにこの事だな」
吹き抜ける風が私の長く赤い髪を撫でていく。近くのキジョのギルド所属の冒険者として活動を始めてからまだ数ヵ月だが、私に色事を誘ってくるような男は一人としていない。そもそもまだまだ冒険者として頑張りたい私に伴侶など不要だ。だからそれは困っていないのだが、そんなに私に魅力がないのかと少しだけ不思議にも思ってしまう。
「女っけのない服装かあるいはこの貧相な体型か。理由は定かじゃないが、周りの男性から見た私は異性として魅力的ではないのだろうな。さて、そろそろ帰るとするか」
六つ目の肝を採取し、私は近くの小川で軽く血を洗い流してから街へ戻る。キジョの街は辺りを山で囲まれた辺鄙な場所にあり、外からくるのは行商人ばかりだからか私のようにここを訪れた冒険者というのは積極的にギルドに誘われる。私達も暮らしがあるし、こんなところに来るのは何かわけありな奴が多いからギルドには登録するし、空き家を借りて住まざるを得ない。
「リサ・リード。ただいま帰ったぞ」
「お、リサか。クエストの成果はどうだ?」
「問題ない。ゴブリン五匹を倒した後にもう一匹に襲われたが問題なく撃破してソイツの肝も手に入れてきた」
「あっはっは、ソイツは頼もしいな!」
「ここの男衆もお前には一目置いてるんだ。その強さをこれからもいかんなく発揮してくれよ?」
「当然だ。それでは通るぞ」
門番達が頷いた後、私は門をくぐって街の中へと入った。キジョの街は今日も栄えているが、それでも眉間に傷がある大柄な男や鋭い目付きでその辺りを見回しているスタイルのいい女など少し治安が悪そうに見える。もっとも、そんなことはないのだが。
「お、リサじゃねぇか! 今日も一狩り行ってきたのか?」
「クエストをこなしてきただけだ」
「リサぁ、アンタ今日はウチで飲んで行かないかぁい?」
「たまにはいいかもしれないな。時間を見つけて後で顔を出そう」
話しかけてくる奴らに答えながら私はギルドに向けて歩いていく。ここにいるのはよそでやっていけなくなったゴロツキや少し法外な真似をした事で追放された酒場の女主人など変わり者ばかりだが、何だかんだで気のいい奴らばかりだ。だから、私はこの街が何だかんだで好きだし、ここに住み続けるのは別に嫌じゃない。ここの連中の力になれるなら、この剣を振るうのも悪くないからだ。
「リサ・リード。ただいま帰還した」
ギルドの扉を開けながら言うと、長い髪の毛先を少しカールさせた気の強そうな少女が私に視線を向けた。
「あら、リサ。今日も無事に戻ってきたのね」
「この辺りのモンスターごときに後れをとる私ではないからな。対応をお願いしていいか?」
「まあ仕事だしね。ほら、早く出してみなさい」
受付嬢のヴァージニア・リッジウェイが少し横柄な態度で言う。受付嬢としてそれでいいのかと思わなくはないが、ここに出入りする男達からは逆に好感を持たれているようなので私がとやかく言う必要はない。
「ゴブリンの肝がひいふうみい……あら、六つも採ってきたの?」
「帰り際に六匹目に襲われたんだ」
「はあ!? アンタ、それで大丈夫なの!?」
「問題ない。心配してくれて感謝する」
「は、はあ!? 心配なんかするわけないでしょ! するとしたら登録してる冒険者に変に怪我されたら私が責任を問われるかもしれないからよ!」
「そうか。さて、納品も終わったし報酬を――」
その時、外が軽く騒がしくなった。
「何かしら……」
「この声は……間違いない!」
声に聞き覚えがある私はすぐにギルドを出る。するとそこには予想通りにドラゴンがいた。
「やはりか」
「おお、リサ!」
「みんなは避難していろ。私が時間を稼ぐ」
「すまない! みんな、逃げるんだ!」
街のみんなはすぐさま逃げていく。それをドラゴンが目で追おうとしたので私は殺気を飛ばす。するとそれにつられてドラゴンが私を獲物として認識した。これなら問題ない。そう思っていたその時だった。
「アンタねぇ……!」
怒気を孕んだ声を出しながらヴァージニアが出てくる。その迫力はとてもすさまじく、さしものドラゴンもヴァージニアの気迫に怯んでいた。
「アンタのせいでせっかくの時間が潰れたじゃない! 許さない……アンタ、覚悟しなさいよ!」
ヴァージニアは凄まじい魔力の気配を漂わせる。そしてドラゴンに向けて手をかざすと、地面から金色の鎖が現れてドラゴンを瞬く間に拘束した。
「ガ、ガアァ!」
「アンタにはそんな姿がお似合いよ。そして天罰を受けなさい!」
ヴァージニアが天に手を伸ばすと、空から雷が落ち、それはドラゴンを包みながらその身体を焼き付くしていった。
「グル、グルアァッ!」
「そのまま消し炭にでもなれ!」
雷が消えると、ドラゴンはその場に倒れ込んだ。
「ふう……」
「ヴァージニア、助かった。流石の強さだな」
「ふん、こんなの大したことな――」
「これからも頼りにしてるからな」
「なっ……! そ、そんなこと言われても嬉しくないんだからー!」
街のみんなが戻ってくる中、ヴァージニアの大声が辺りに響き渡った。