2 気楽なボーカル
「湯舟って、超気持ちいね。」
と、事務所で唐突なことを言うのは、どこぞのボーカルである。
唐突過ぎて、一瞬周囲が騒めく。
「お前が気持ち悪い。」
「…………。」
「セクハラだろ。」
この男、湯船に入る理由が分からんと、物心ついた頃から湯船に入ったことがない。
「なんで俺がお風呂はいいね!って言っただけでそうなるわけ??」
「わざわざ湯舟と強調するところが気持ち悪い。」
「もう、お前の存在がどうかしている。」
「ひどいんだけど!」
と言っていると、興味深そうに真理が寄ってくる。
「何?なになに?なんで功君がお風呂に入っちゃうわけ?」
「俺だって、赤子の頃は強制的に入らされていたことであろう。」
道が正一に聞いた話によると、赤子の時からお湯に入れられると大泣きしていたらしい。感覚が嫌だったのか、ただお湯が怖かったのか原因は分からない。川や海は平気だ。プールは悩ましいところで、状況によりけり。極度に肌を出すのを嫌がった時期があり、上着がなしで入れない場所には絶対入らなかったのである。
「本当に面倒なガキだな。」
伊那があきれる。
それでも聞きたい真理は、主要メンバーにしか聴こえないような声で功に寄った。
「じゃあ話して。なんで、お風呂に入ろうと思ったの?」
「なんで、真理に話さないといけないんだ。」
与根もあきれている。
しかし、言いたいボーカルは言ってしまう。
「尚香さんが、章君はなんでお風呂に入らないの?お湯が怖いの?疲れ取れないでしょ?足腰温めないととか、おばあちゃんみたいなこと言うから……」
深刻そうな顔で結論を言う。
「……尚香さんと一緒なら入るって、言ってしまった。」
「……………」
みんな黙る。
そして、一人下を向いて笑い出すボーカル。
「楽しかった………」
というところで、バシっと、叩かれた。
「いた!」
「ここでやめなさい。こんなところで尚香ちゃんに対するセクハラです。」
怒っているのはナオであった。
「ナオさんなんで!まり、もっと聞きたいのに!他に何したの?」
「なんもしていない。湯船に浸かっただけ。」
「それ以外ー!」
と言って、真理も叩かれる。
「いったーい!ひっどーい!!」
ボーカルはまだ語りたいので言ってしまう。
「それ以上すると今度入ってくれなくなるからな。話していただけだ。」
「何を?」
凝りない真理である。
「章君はどうしてそうなのか、頭がおかしいの?常識はないの?世はこういう心構えで生きなければいけないんだよとか、居酒屋の親父みたいにどうでもいい世の議論調トークをしだすから、うんうん頷いて、そうだねー、僕ダメだねーとか言っておいたら、そういう風だから章君はだめだとかまた言い出して。」
「なんか変なことしたんか?」
変なことをしなければ、そんな説教はされまい。
「ダメな僕を認めてよ、と弱ってみた。」
「それでもっと説教されたんだな?」
「いや、すっごく不満そうに黙った。」
「言っても無駄だと思ったんだろう。無駄だろうしな。」
「基本的に尚香さんは、風呂で俺のことを見ようともしないから……」
「バックハグですか?」
と、真理が口を出し、またナオに資料で叩かれる。
「違う。対面でめっちゃ距離取ろうとする。こんな狭い空間でなんでそんな無駄な努力してるの?って聞いたら、蔑まられた。」
アホだと思うみんな。こいつと関わりたくないからであろう。
「そんで、怒ってすぐ出ようとするから、30秒だけ数えてからって頼んだら、30秒数えて出て行った。」
「それで?」
「何も見ずにダーっと上がって一気に外に出るから、尚香さん、床が濡れちゃうよー!少し拭いて浴室から出って!俺にいつも言ってんの尚香さんじゃーん!って叫んでおいた。」
本当に嫌な男である。
「30秒の間に何かしたんだろ。」
「いや、至っていい子にしてた。」
「絶対嘘だ。」
「お風呂は危ないから慌てさせるのやめなよ。」
「尚香ちゃんこけそう。」
「お前のセリフ全部がムカつくからだろ。」
三浦も同情する。
「真剣に話しているところに、『そうだねー』とかムカつくしかない。てめぇのこと言ってるのに。」
「だって、そんなん話してたらのぼせちゃうから、風呂で話すことじゃないじゃん?だから、言い訳せず、早々に理解を示したわけ。」
風呂でする説教ではない。
「尚香さん、温まらないって、お湯、なんかすごい追い炊きするんだよ?熱くない?光熱費、もったいなくない?地球の資源だよ?」
「どこで話しても、貴様はそういう態度だろ。」
「そういうわけでいつも楽しい。」
「……………」
一同、だから何なのだと思うが、真理がさらにうるさい。
「いーなー!まりもお泊りしたいんだけど!」
「主婦で子供いるんだから家に帰ってくれ。ひとんち来んな。」
「六三四くんと一緒に行くもん!」
六三四くんは真理の長男だ。今はおばあちゃんが見ている。
「六三四、連れて来んな!暴れまくるだろ。」
「尚香ちゃん、六三四くん大好きだもん。」
「暴れるも何も、ハイハイだろ?」
「ハイハイも侮れんぞ。」
「もう動き回ってるよ。」
「じゃあ、もっと連れてくんな。」
「ちょっと、赤ちゃん相手にひどい言い方やめなさい。」
「ナオさん、なんで六三四の味方するの?」
「赤ちゃんでも子供でも、人を敬う言葉を使いなさい!」
と、うるさいメンバーと正すスタッフ。
「ちょっと功君、まりだけにはこっそり教えなさい。」
「何を?」
「まりは女だから何言っても大丈夫。何したの?」
「俺が男なんだけど。それだけだし。」
「真理、いい加減にしなさい!」
「ナオさんも、自分が聴きたいからここに残ってるんだしー!!」
功、真理、与根のうるさい3人組に押され、途中で話に入れなくなった与根が黙ってドリンクを飲んでいると、功がさらにうざい。
「……与根君、彼女いないからって泣かないでね。」
「………………」
ものすごく冷めた目で、功を見返した。
「与根ちゃん、モテるんだから早く彼女作ればいいのに…」
と、かわいく煽る。LUSHはボーカル以外みんなバックタイプなので、真理以外他のメンバーは目立たないが、性格がいいので与根は学校でも音楽の場でも普通に好かれる。
しかし、真理が言ってしまう。
「与根、付き合ってんじゃん。」
「へ?」
一瞬、場の空気が固まった。
「…………は?」
功、瞬時に意味を理解できない。
誰も何も言わない。
「……………」
「え?そうなの?」
功がそう言うも、与根はさっさと退散しようとする。
「えー!!待って!!与根君!なんで僕に何にも言ってくれないのーー??」
「っ!」
逃げる与根。
「僕たちの友情って、こんなもんなの?!『ずっと友達だよね?』って歌詞は嘘だったの??!!与根君の一番のお友達は僕じゃなかったの??」
「だから、おめーがうざいからだろ。」
尚香にも与根にも逃げられるくらいにはうざい。
「功、ここにいろ。」
追い駆けようとする功に言うが、案の定、追い駆ける功であった。そもそもその歌の歌詞は、恋愛関係である。
「本当はいないんだよねー??」
「与根ちゃーん!絶対に誰とも付き合わないでー!与根ちゃんは友情だけでいいよー!!」
「彼女作ったら、俺、誰と遊ぶのー??!」
と、絶対に友達になりたくないタイプの事を強要する男である。
しかし、功が絶対にあれこれ言う相手なので、絶対に言いたくない与根であった。




