1 ふたりはいつも
※性に関するお話ですので、苦手な方はスルーでお願いします。
尚香と章。
二人が一緒に暮らし始めてからもうすぐ大きな変化がある。
世田谷の両親の家を遂に建て直すことになり、この期間は両親は章の家に来る。
マンションはエレベーターもあるし、尚香が来る前に既に大部分を介護もできるようにリフォームしてある。メインのお風呂とトイレ以外に、個室にシャワールームがあるので人が増えても大丈夫だ。マンションの工事中は章もよく世田谷の家で寝ていたが、工事の人が語りたいタイプで、仲良くなると邪魔になりそうなくらいあれこれ質問していた。
章の車が車椅子仕様なのは、一時期親類と知り合いの送迎を手伝っていたからだ。事故に遭っても責任は取らせないという家族承諾の約束付きで、頼まれ仕事をしていた。道と章、二人が大変だった時期にお世話になったお礼だ。
お父さんもケガをした場所はだいぶ回復。トレーニングも含めなるべく歩くようにしているが、車いすを乗せても広さがある車は便利だ。
着工が10月の始めなので、9月には引っ越してくる予定である。
***
カレンダーをじっと眺め、尚香は決意せねばと考える。
二人でゆっくり時間が取れるのは、両親が来る前まで。
今も仕事で忙しいが、引っ越して来たら慣れるまではしばらくドタバタするであろう。二人の邪魔をしてはいけないと言いながら、なんだかんだこの家はスタジオもあり、以前と同じく水曜日は聖歌隊が演奏に来ることもあるし、遊びに来る人もいて人の出入りが激しい。なんなら、わざと邪魔しに来てる?というくらい真理や太郎や大和も来る。朝ちゃん用のぬいぐるみクッションが置いてあるくらいだ。
章も以前より遠征が多い。
うーんと考えて遂に言う事に決めた。
「ただいまー。」
と、帰ってくる章。今日は久しぶりに帰りが早い。まだ8時前だ。
「章君、お帰り!」
そう言って玄関まで行くと、荷物を持ったまま章がグッと抱き上げてくれる。以前はそれだけで血の気が引けていたが、今はもう大丈夫だ。
頬に軽くキスをされるも、くすぐったいくらいになった。
いろいろ片付けてシャワーをして、章はリビングに来た。
「章君、何か食べる?」
既に食べて来ているが、家でもよく食べる。
「尚香さんは?」
「私はもういい。」
「ならいい。」
と、ソファーに座って何か資料を見ている。こうしていると頭が良さそうに見えるが、この前深刻な顔で真剣にタブレットに向かっているので、「お仕事?大丈夫?」と聞いたら、与根がムカつくから漫画で復讐すると、全くストーリーにもなっていないヨレヨレの絵を描いているだけであった。
「…………」
「?」
そこで章が気が付く。
ソファーのローテーブルの対面に座り込んで、尚香が時々じっと章を見ていた。
「尚香さん、どうしたの?」
いつも章の方が話しかけるのに、今日は尚香の方が自分を気にしている。
「…………」
「何かあった?」
「………え?」
「こっち来なよ。一緒に座る?」
「…………!」
応えない尚香。
「何々、どうしたの?こっち来て。」
と隣りの席を叩くと、ブンブン首を横に振る。
「…………」
章は考えてから、資料を置いて尚香の横に行ってドカッと座り、じっと見てみた。
「どうしたの、尚香さん。」
「…………」
「何か言いたくないことあるの?隠してる?」
「………あ………」
目が泳いでいるも、とりあえず何も言わずに答えを待つ。
「………あの……えっと………」
「……………」
「章君、今日いいよ。」
と、尚香、思い切って言ってしまう。
「…………」
いい?何が?と、脳内で考える章。
「………?」
「今日にしようか。」
「……今日?」
「……する?」
「…?」
「あっ、今日は疲れてる?昨日まで忙しかったもんね!」
「……………」
慌てて尚香が行こうとするので、これはなんだと、ガッと手を掴んでもう一度きちんと座ってもらう。
押し黙っているので、頬に触れてみるも何も言わない。
「………??」
そして、もう少し考えて…………、章を見る尚香の顔が赤いので、やっと意味が分かった。
「!!」
「あ!!」
と、章は叫んでしまう。
尚香が目を逸らすので、そっちを覗き込むと顔をふいっとされる。また目を合わせてみると叩かれた。
「ちょっ!……え?あ?そういう意味?いいの?」
「……いいよ。」
「!」
実は先週、アメリカでカウンセラーをしていたマリカ牧師夫人が、もう大丈夫だろうと言ってくれたのだ。
ずっと夫婦関係の相談をしていた尚香。あまりに不安定なら今は軽い薬もあるし、日本の事情は分からないがおそらく一時的な治療もできると。でも、心療内科には行かずに済みそうだ。
最初、沈み気味な気分のことだけを相談するのかと思いきや、思いっきり夫婦関係に突っ込まれて、アワアワしてしまった。5百組以上の夫婦を見てきた人らしく、夫婦生活は恥じらうことでもなく重要なのに、ここまで相談しないのは日本人くらいだとまで言われてしまった。
「章に触られるのも気が引けていたけれど、最近は話しているだけで気分が沈む」と言うのも尚香にはやっと。
すると、すごい夫婦相談の事例を大まかにあれこれ出されて、そんなことも相談されるから心配しないで何でも話してと言われてしまい、観念してしまった。
若い章君を放置して、このまま何もない、それこそ女友達になりたい気分と言ってしまった。つまり、何もしたくないと。
それから、1ヶ月半。
何度か相談をして、過去もさらけ出し、原因や方向性を定め、だいぶ状況が変わってきた。
アメリカではきちんとした組織機関やクリニックでも仕事をしていた方。謝礼を払おうとしたが、聖歌隊がずっとお世話になってきたと何も受け取らなかったので、場所代替わりの感謝のお金を教会に渡し、パーティーや集会もいろいろあるだろうと茶菓子などの差し入れをしておいた。今後も心配があればいつでも連絡していいと言われている。
その教会は女性牧師も多く、マリカ自身も牧師だったので、章と共に出発の祝福をしてくれた。
「………はあ……」
と、長かったような短かったような7月8月を思い出し、尚香はため息が出てしまう。でも、どうにかここまで来たのだ。両親が来て騒がしくなる前にきちんとしておきたい。
「………していいって……いいの?」
「……マリカさんが、もういいだろうって言ってたし。……お風呂も入ったよ………」
「!」
今、章と手を握っていても「相変わらず長い指で、ごつい手だな」くらいしか、もう思わない。キスも平気だし、抱かれて寝ても大丈夫だ。ただ寝苦しくて最後は押し離すが。
「私ね。男性の裸とか見たことないから………」
「…………」
「章君、電気消してしてね。」
「え?全部はヤダよ。」
見たくないの?まで言いそうになるが、賢い章は今は言わない。
「なんで?真っ暗がいいし。」
「真っ暗?尚香さんの顔、見たいのに。」
「なんて趣味してるの!」
「え?なんで奥さんの顔見ちゃダメなの?常夜灯でいいよ。俺、多少夜目利くし。」
章は少し目の色素が薄いが、暗いところも多少見える。
尚香としては、こんなおばさんの顔を見てどうするのかと思ってしまう。おかしいのか。自分の顔も体も見られたくないし、章の顔も見たくない。
「……尚香さん。」
「……何?」
「……………」
「なんなの?言ってよ。」
「………するって簡単に言うけど、したら多分したいよ。」
「……?何が?するんでしょ。」
「今まで、しないならしないって決めてたからセーブできたわけ。」
「うん、ごめんね。待たせて。」
「!」
章が、うわっと赤くなる。
「でもしたら、たくさんしたくなるかも。」
「…………たくさん?」
「ほら、その日で終わりとかないよね?」
今まで年齢から職業から性格から体格まで、あらゆるものを拒否され過ぎて、確認してしまう章。
「…………たくさんするの?え?」
「1日でおしまいとかいやだよ。」
「え?何日もするの??」
最初にして、後は子供ができる程度にする以外はあまり考えていなかった尚香である。
マリカに、相手が望むなら夫婦はできる限りたくさんした方がいいと言われていたが、ふ~んと聞いて自分のこととは思っていなかった。尚香も相手との関係に関心が無いわけではないが、何となく積極的になれない。
「え?どのくらい?」
「…………」
尚香さんは何を考えているのか。ビビらせたくないので章は曖昧に言ってみる。
「……頻繁……に?」
「もう、章君!頻繁って何?作文?」
笑ってしまう尚香。
「……するんじゃない?尚香さんはそこんとこ、どう考えてるの。頻繁…ってどのくらい考えてる?」
「え?……頻繁……頻繁なら…………」
考えて、他人事のように呟く。
「時々は……3日に1回?」
「え?3日おきでもいいの??」
今までと違い過ぎて、章がめっちゃ驚いている。
「っ~!」
え?それは言い過ぎだった?と、尚香、恥ずかしくて慌ててしまった。
「え?え?週1回とか?」
「はは!いいよ。尚香さん。」
夜したら、多分次の日の朝もしたくなりそうだが。でも、いつできるかすら分からなかったので、取り敢えずそれでいい。相手の気持ちに無理をさせないように言われている。
「どうする?今する?」
テーブルに肘をついて、章は楽しそうに笑ってしまう。
「え?」
「もう少し後?」
「……そうだね……まだ早いし……そんな時間じゃないし………」
まだ9時前。
「そんな時間とか関係ないし。二人しかいないんだよ?」
「~っ」
尚香、恥ずかしい。
「……なんかいろいろ言うんじゃなかった。」
「大丈夫だよ。尚香さんがリードしてくれれば。俺、高校生に毛の生えた大学生くらいなんでしょ?」
「…………」
楽しそうな章をうざいという顔で見てしまう。リードってなんだ。
「そんなことないよ。立派な大人だよ。」
「散々子供扱いされてきたのに?」
「章君、本当に経験ないの?」
「そこ疑う?」
めちゃくちゃ疑った顔をしているが、章はかわいい顔で返す。
「ないよ。だから尚香さんが教えて!」
「~!」
恥ずかしさがピークを越え、冷めてくるも手を握られて、力が抜けテーブルに沈み込む。
「……もう、何も言わず、最初はとりあえずしてねって感じでサッとと済ませればよかった………」
「えー。尚香さん、そんな言わないでよ~。」
お互い机に伏せて、あきれた顔と笑い顔で見つめ合う。
ずっと一緒にと祈りながら。
そんなふうに、ふたりの夜は過ぎて行く。
この後は、後日談、ずっと未来を数話。
あと、年齢、学年や月など少しずれていますので、そのうち修正します。
そして、前作の短縮版を編集していきます。




