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8 今がお見合い時



功はみんなと目を合わせずに言う。

「……はっきり言うけど、俺、あの人嫌いだから……」

「………」

まあ嫌いだろう。あそこまでひどい事を言われて育ったのなら。


「功っ…」

太郎が何か言おうとするも、原ママが口を閉ざした。

一旦家族関係には口を出さない方がいい。ここは、厳しい音楽の道を通過した者たち。音楽の世界には、温かい家族に大好きな音楽……で育った人ばかりではなく、親に強いられて子供時代を語学勉強や練習で明け暮れ、何かと拗れてしまう場合もある。


そして、どんなに努力しても、苦渋に押し潰されながらたえても、プロになれない場合の方が多い。



「……なら尚香ちゃんに送っとこ。」

太郎は話を変えて親のスマホで先の動画を送ろうとした。

「あ、尚香さんには送らなくていい。」

功が顔を上げると、みんなが注目する。

「……?」

「なんで?」


「尚香さん、もう来ないよ。」

「え?なんで?」

「…………」

功は思わず言ってしまって、その先がない。


「ケンカしたの?」

「なんで功がそんなこと言うの?」

「なんか変なこと言ったの?」

みんなに聴かれる。

「平日でも、約束の仕事がなければお昼休み聴きに来てくれるって言ってたのに………。」

尚香の会社は、忙しくなければ時間の融通が利く。


「………俺が少し有名になって来たから、あんまり関わりたくないって……」

「……でも、尚香ちゃんはリアちゃんのお友達なんだよ?」

功とだけの関係ではない。

「………………」


章は黙ってしまった。




不安そうな顔の太郎を慰めた後、事務所に向かう章。


章は不満だ。



ここ最近、どこに行っても「尚香ちゃんは?」と聞かれる。この前など、エナドリのソンジから怒涛のココアが入って来たのだ。


韓国での仕事の後。


功は仕事として参加すべき打ち上げ以外、音楽関係は全部行かなかったのだ。ティティカ姉さんにも誘われていたし、こちらの社長やエナドリのメンバー数人からも。大きな打ち上げには出ているし、道の父の祭祀だと言うと許してはもらえたが。


ソンジに関しては、功ともまともに飲めず、お姉さんもツアーにも焼肉にも来てくれなかったと激怒されてしまった。本気で尚香が来てくれるとでも思っていたのか。というか、あれからまだ誘っていたのか。



章だって分からない。

そう、自分だって分からないのだ。



今、兄はまた台湾に戻って行った。けれど今、日本と仕事をしているのでまた来るらしい。


遠目に兄を見て、耳まで真っ赤になっていた尚香を思い出す。

分からない。


あのなんでも事務処理系尚香さんがあんな風になってしまったことに、自分の中でまだ動揺が止まらない。尚香が泣いたのも、家族のことや周りに迷惑を掛けたこと以外では、これまで正二が理由だったのだ。


あんなふうに人を好きになったこともないし、どういう気持ちなのかも分からない。



自分が最も大好きだった父と母と、……そして兄。


兄にもう日本に来てほしくないように思い、でもせめて一度きちんと会ってハッキリさせたいとも思う。本当に尚香は正二と向き合えないのか。向き合わなければ、お互いどこにも行けない気もする。


考え込むも、これは尚香の心の問題だ。正二には会いたくないし存在をも知られたくないと言う人に、勝手にそんなことはできないだろう。




***




章の家マンションで台所仕事をしている道に、仕事から帰って来た章はどうにか聞いてみた。


「道さん、最近尚香さんちの仕事行ってる?」

「……うん。行ってるよ。最近は週2かな。」


「…これ、おじいちゃんにお土産あげといて。」

と、この前買って来たスジョンガと海苔など出す。田舎で貰った、自家栽培のえごま油もある。

「………自分で行かないの?」

「忙しいから。」

「………」

全国ツアーの合間にも金本家に出没してたのに何を言っているのかと思う。


韓国から帰ってきた後、親戚挨拶のことは道に細かく報告している。誰が来てくれたかも。韓国は会話が重要。祭祀も任せ料理もご馳走してもらったので、道からもお礼を言っておかなくてはならない。

おばあちゃんたちへのお小遣いをそれぞれに渡し、結局同じくらいのお金が、章のお小遣いとして戻ってきたこと。道の兄ジョンホに奢られそうになったから、サッサと払って奢らせなかったこと。それでぶっ叩かれたことも全部話した。


ジョンホとの話し合いの内容以外の事は。



テーブルに置かれたいくつかのお土産を道が見る。

「お父さん、章が来ないってさみしがってたよ。自分で行って来たら?」

「…………」

「お母さんもおはぎ作ったのに章が来ないって、冷凍持たせてくれたの。レンジすればいいって。入れておくね。油でこんがり焼いてもおいしいって。あんこって焼くとおいしいって初めて知った!」

「……」



そう言って、道はいくつかをフライパンで焼いてくれる。しばらく黙っていた章は話してしまうことにした。


「………あのさ、道さん。」

「ん?」

和え物や煮物など作りながらながら聞きしている。


「………あのね、俺。尚香さんとはダメかも………」

「……ダメ?」

「付き合おうって言って……」

「……いつもダメじゃない………」

今更何を言っているのか。道は手を休めず、きんぴらごぼうをきれいに仕上げる。

「こっちは冷蔵庫に入れて、こっちは冷凍しておくね。」


「………尚香さんが兄ちゃんには会いたくないから、距離を置きたいって………」

「ふーん。正二君いい子なのにね。」

結婚するかも分からない人の家族と関わりたくないといっていたので、それも今更である。尚香でなくとも普通の話だ。


「………尚香さんがさ、『正二君とは会いたくない』って……」

「?正二君なんかしたの?」

「会わせる前に嫌がられた。」


「そう…………。

………ん?」

そしてやっと道は止まった。


「尚香さんと兄ちゃん、知り合いだった。」

「………へ?」

カウンター越しにやっと目が合う。


「………え?」

「……尚香さん、兄ちゃんには会いたくないから、俺との関りももういいって………」


「!」

道の表情がはじめて歪んだ。


「え?どういうこと?」

「際沢の件あるだろ。あの前の職場から既に知り合いで、尚香さんのいろんな負債を兄ちゃんが処理してくれたんだって。尚香さんが兄ちゃんとも会食していいっていうから誘ったんだけど。」

「……え?」

「一時期同じ職場だったんだ。」

「…………うそでしょ?」

「……多賀正二で分かって、あの頃もう忘れたいような事案をいろいろ任せて、私生活にも迷惑かけるようなことをしたから、忘れたいって………」

「……………」


道が時が止まったような顔をしている。


「えええ?うそ、うそだよね?」

「……………」

尚香が章の兄に会おうとしたということは、一度は認めてくれたということだろう。


「でも、正二君だよ?章が気に入ってくれた女性なら、昔はどうあれそんな負担には思わないでしょ?」

「……でも、尚香さん、相当迷惑かけたみたいで…。尚香さんの気持ちの問題として会いたくないって。」

道に全部を黙っておくのは悪手だ。



でも、

好きな人とは言えないので、そう言い切るしかない。



「…………」

道はここ最近で、一番複雑な顔になってしまった。




***




ジノンシーの尚香のいる課では、ちょっとした大仕事に区切りが付いて全体ミーティングの後に休憩を取っていた。


そんな尚香の後ろに現るいつもの兼代。

「尚香さん、またお見合いするんですか?」

「!」

スマホをじっと覗き込んでいた尚香はビビりまくってしまう。


「違います!」


しかし、兼代は今記憶した全てを短縮して暗唱する。

「ニックニーム、リカリカ

29歳都内在住、身長153センチ、大卒。言語は日本語。

都内勤務。一般事務で年収500~600万。基本休日土日祝、結婚歴無し。一人暮らし。

お酒はお付き合いのみ。

趣味はお家で映画鑑賞。おっとりタイプと言われます。優しい人が好きです。」


「ちょっと!!」

「金本さ~ん。ちょっとずついろいろ違うじゃないですか~。年収まで書くって婚活アプリですか?」

「違うってば!」

「庁舎とのロマンスはもう飽きたの?なんで尚香さんがこんなの見てるんですか。必要ないでしょ。」

あの、久保木も後ろに控えているというのに。


「ちょっと、せっかく尚香さんが許してくれたのに、あれこれ茶地入れないでくれますか?」

そう間に入って来るのは、今時キラキラ女子社員柚木である。


「尚香さん、もう庁舎君とは会ってないとか、結婚しないかもとか言い出すから、取り敢えず私がおすすめのアプリで世を見て、それから決めてもいいんじゃないかって話をしたんです。」

そう、尚香のスマホにプロフィールまで書き込んだのは柚木だ。尚香としても、このままずるずるするより、何か他の道を見出した方がいい。婚活再起動の準備運動だ。


「食べ歩きやカフェ巡りが趣味って書くとお金がかかる女かな、って思われるから映画鑑賞にしました!」

柚木が得意気だが、川田に言われる。

「年収500万円以上の一般事務って凄すぎません?」

「景気良すぎる。」

「まあまあそこは。」

「多過ぎるとたかりたい男が来るからね。妻の年収をあてにしたり、お金あるっだろって渡さなかったり。」

「そんなてきとうでいいの?」

「そこまで本格婚活じゃないから、このアプリ。身分証明しないから相手もどういう人か分からないし。」


兼代、弟が気になってしまう。

「………?庁舎君、怒りません?」

「……彼の話はしないで下さい。」

「え?今更何で?」


みんな言うが、今更である。






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