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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第三十章 ふたりで

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86 きっと、いつかの日は

こちらは、追加の回です。



ある日の昼、尚香は久しぶりにある人に会った。



「こんにちは、尚香さん。」

「こんにちは。」


目の前にいる女性は、ふわっと巻いたレイヤーロングに、シミしわが一つもないのに完璧なナチュラルメイク。口紅だけ少し濃く、うまくつけないと悪目立ちする色を自然な感じに着けている。濃い目のグレーのニットからスカート、少しだけ高いヒールも全て隙がない。


顔ははっきり見えているのに、尚香はなぜか、この人の顔がいつも覚えられない。

こんなに、こんなにきれいな人なのに。


「お久しぶりです。」

その人がにっこり笑うその全てが、いつも明確に見えているのに。



顔を見ている時しか、際沢関連の人の顔が覚えられないのだ。





尚香はその人と、いろんな情報交換をして、最後にやっとお互い頭を下げた。


ありがとうございました、と。



彼女は、あの支店長の愛人だった人だ。雑誌のモデルのようにきれいで完璧な人。


そして、疲れ切った顔しか知らないが、あの支店長の奥さんも、きちんとメイクをしていればおそらく非常にきれいな人だった。なぜそんな女性を抱えた人が、尚香や他の女性にまで手を出したのか、今も不思議でしかないが、自分の表面的幸せを保ちつつ遊べると思ったのだろう。

彼ら夫婦は離婚。自傷した彼の娘さんは、カウンセリングをしながらどうにか今は大学生活を送っているらしい。


娘さんの方は尚香への憎しみはもうないと聞いているが、尚香の中ではまだ全てが鮮明だ。



なぜ、私の方が憎しみを受ける立場なの?


そう何度も思ったけれど、いつかそれも自分の中で解消されていくのだろうか。


本当に絶望からの自傷だったのか。それともあの社長姉の様に、尚香への当て付けでもあったのか。支店長妻は尚香のせいだと言ったが、親や愛人への当て付けもあったのではないか。いずれにしても、高校生時代に親にそんなことをされたら、ほとんどの人が前後事情関係なく混乱し、絶望はしてしまうだろう。そう思うと彼女やその親の立場になれば、やりきれない事もあったのだ。そう思うしかない。





「金本さんはご結婚なさらないんですか?」

「!?」

率直に聞いてくる目の前の女性に、引け腰になってしまう。ここで言うにはあまりふさわしくない言葉に思えた。

「………どうでしょう……。ずっと迷っていたんですが……」

「あのバンドの人とじゃないんですか?」

「え?!」

なぜそれをと驚く。


「あのニュースが流れて来た時、掲示板から分かったんですよね。」

すごい情報収集力だ。にこっと笑っている。

「………そうですか、いろいろあってかなり右往左往したんですけど………」



尚香は続ける。

「……すごく不安にあることもあります。まだ立ち直れない人たちもいるのに、………自分はいいのかなとか。」



時々本当に、自分は幸せに向かおうとしていいのかと自問する時がある。


結婚だけでなく、日常の中で。




あの時何も訴えず、そのまま静かに退社していれば、こんな大事にはならず、こんなに苦しんでいる人たちがいると知らないままでいれたのにと。自分もこんなふうに、苦しまなくて済んだのだろうか。


そうだと事件は明るみにはならなかったが、いろんな被害者のことも知らずに終わっていた。


そして、他の誰かが尚香の立場に立つ時が来ていたかもしれない。



でも、大事(おおごと)にしないでほしいと言った人だっている。



その方が良かったのか、それとも自分がその盾になれたのだと、せめて少しだけでもありがとうと言ってくれた人たちやその家族の支えになれたと自負していいのか。


目立って自分を誇りたいのかと言う人もいた。受けたマイナスはその何倍も何倍も何十倍も大きく、何もなかった頃に戻れないほどなのに。他の誰かがそんな風にならなくてよかったと、少しでも思っていいのか。



何がよく、何が正しいかなんて、今も分からない。


もう少し時代を待って、世間が敏感になってくれる時期を待つべきだったのか。でも、今でも被害者の立場は弱いことが多い。

まだ補償もなく、あっても割に合わず、元の生活を取り戻せない人も多いのに周りは言うのだ。いつまでそんなことをしているのだと。加害者を叩く人が今度は平気な口調で被害者を叩く。尚香は被害者としても加害者としても叩かれた。




定まらない顔をしている尚香に、その女性は言った。



「金本さん、いいんですよ。幸せになって。」


「!」

尚香はハッと、顔を上げた。


「私は自分が犯した不倫ですが、金本さんは被害者じゃないですか。未遂だとか言われるけれど、あの時判断ができなくて抵抗もできなかったら、そう言う事ですし。」

髪や服がよれた時点で、外に人がいて見られたくない、大事にしたくないと一瞬判断が鈍っていたらどうなっていたのか。それでもどうにか食いしばって逃げられたというだけで、犯罪があったことには変わりない。それに一度は社会的地位を失っていた。


「感謝している人の方が多いですよ。でなかったらあの人たち、まだ遊んでいたかもれないんですよ?犯罪をしながら。

私が言えたことではないですが、合意の不倫と性犯罪は全く違います。」

「………」

「それに、全ての人を納得させるのは無理です。立場も心もみんな違って、何かで測り切れない、複雑なことですし。

幸せって継続した努力も必要ですから、まだ一歩でしょ。

その部分は金本さんは金本さんの人生を進んでください。他の人たちもそうして進んで行くしかないんです。今は。」




今は。



未来は変わるのだろうか。


でも、方向性を変えることはできるだろう。




「私、金本さんに出会わなかったら、自分のこと、不倫も含めて全部正当化していたと思うんですよね。」

この女性は、事件とは別に奥さんに慰謝料を払っている。

「今も懲りずにあんな生活してたかも。」

「!」

「私、自分ありきの人間だったので………。最初は金本さんも、あいつに思い知らせて復讐できる材料みたいにしか思っていなくて。」

「………」

その話は以前にも聴いていたので知っている。最初はそうとしか考えていなかったのだ。彼女にとっては金本という被害者も、事件を然る(しか)方向に持って行ってから、自分の人生から消えゆく存在だと。ただ、通りすがりの。




「でも………」


きれいなその人は、少し向こうを見る。


「いろんなことがこうしてここまで来て、自分もバカだったなと思います。」

お茶を一口飲んで、尚香の方を見た。


「まさか金本さんが、あそこから這い上がってくるとは思ってなかったんです。」

「……そうですか?」

必死だったので、這い上がったのか、自分が立ち直れたのかも分からない。前よりは随分いいとは思うが。


「私、遊んでて当たり前な人たちに囲まれて生きて来たんです。みんな気が強いし、自分の人生第一の人が多くて………。でも、私が後ろ指指されていても、金本さんは私のこと嫌わないでいてくれたじゃないですか。」

「………?」

尚香としては、有利な発言をしてくれる味方だったから仕方ないとも言える。好きとも嫌いとも言っていないし、この女性自身に恨みはない。


「私は好き嫌いを思う立場ではないですし……、でも、していたことをよくは思わないですよ。」

「はは、そういうとこです!」

「………?」

咎める言い方なのに、この女性は何が楽しいのか。


「……私、金本さんや周りにいる人を見て、いいなって思ったんです。」

「…?」

「私も、そういう人たちに囲まれていたらよかったなって。」

「っ?!」

「あはっ、警戒してます?大丈夫です。プライベートには踏み込まないですよ。自分のしたことをわきまえています。あの頃の自分だったら、そんな人たちにも迷惑掛けてたかもしれないし。」

と、何もしないと身を縮めてポーズする。


「私も私の人生を少しでも頑張るので、嫌わないでくださいね。私のこと。」


尚香はキョトンとしてしまう。

「……なんででしょう。それ、他の人にも言われます。別に好きとも言っていないのに……。私だって嫌うかもしれないですよ?」


「はは、いいんです。根の根では、金本さんが私のことを嫌っていないのを知っているので。自分の気分や機嫌にそぐわないことがあると、なんでも嫌ってよくて、なんでも毛嫌いしていい時代じゃないですか。けど、尚香さんはこうしてお話もしてくれるし……。」

そう言われるも、敵ではないが、味方にするにはどうかという人だが。


「本当に私を嫌ってたら、今までこんなふうに報告し合えなかったですよ。」

「そうでしょうか……」


「なんであんな男があんなにも好きだったのか、あの頃の自分が本当にバカだったなって。あ、そんなこと言ったら、元奥さんに失礼ですよね。」

元奥さんにも、どうにもならないほどの人だったが。


「あの男に執着していた時より、今こうしてコーヒー300円くらいのカフェで、金本さんとお話ししている時の方が、なんだか楽しくて幸せなんです。」


「…………」


「自分がこんなふうに、人生を感じる日が来るなんて思ってもいませんでした。まだ30になったばかりのこの時でよかったです。」



そう言ってその人は最後にニコッと笑い、その笑顔だけはなんだか自然で、尚香の中に少しだけ鮮明に映った気がした。




***




尚香のいない、ジノンシー飲み会。


「金本さんが、もう結婚なんて……。なんだろう、娘を見送る親の気持ちが分かる……」

酒の場でしょうもないことを言っているのは、部長でもなく兼代だ。


「自分が面倒見てもらってんのに何言ってんだ?」

四谷があきれている。

「でも、入社当時は俺が実質上司だったんですよ?」

瞬時に入れ替わっていたが。


「はー、どんな新婚生活してるんだろ?尚香さんひどくないですか?俺はフラれたのに、俺の結婚も斡旋せずに先に結婚しちゃうって……」

「かわいそうに。」

同情なのかテキトウなのか、柚木は適当に言っておく。

「いいな~。」

「大丈夫です。兼代さん、遊んでそうな雰囲気が抜けれれば、尚香さんみたいに素敵な女性がやってきますよ。ずっとずっと一緒にいてくれる。」

「………」

遊んでないのに、遊んでいそうに見えるとは納得できない兼代である。しかも、金本さんが素敵とはもっと納得いかない。


「え?金本先生みたいな人が素敵?俺、見た目はこの前のシニチア物産の営業の子が好きです。」

と言って、みんなに嫌な顔をされながら、本人少し考える。


「…………」


そして、あ…………と気が付く。


「あれ?俺ってもしかして、すっごい結婚向きな人逃してました?」

「………」

誰も何も答えないので自分で考える。


目の前に数年間、撃進の女性がいたのだ。アホだけど売れているバンドマンに好かれ、なんでコンサルに来たのだと問い詰めたい元大手商社マンに気に入られる人。無様に別れた元婚約者が、恥を忍んでまた会いに来るような人。


「……あー!!俺、一番尚香さんの近くにいたのに~!!!!」

「……………」


みな、沈黙の後に言う。

「大丈夫です。尚香さんは家庭向きではありません。結婚したところで手料理とか期待しない方がいいですよ。」

「兼代など放っておかれて外で仕事しまくるであろう。」

「それこそ姉と弟で、結婚感ゼロじゃない?結婚しない方がいいです。」

「兼代さん、家でもずっと喋ってて嫌がられそう……」

「は?プライベートではめっちゃ寡黙なんだけど?男なんてそんなもんだろ?俺、かっこよくない?高校時代モテてたし?」


という感じで兼代は自分を上げるも、尚香の中の28歳男下げに使われていたことは知らないのであった。





上のエピソードが抜けていました。後日談に加えるか迷って、必要かとこちらは本編に入れました。


いくつか抜いたエピソードや設定があるので、いつかおまけとして書いていきます。

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