81 窓の木漏れ日
7月。
お見合いをしてから2年後になる。
ふたりは都内の教会で式を挙げた。
親族と本当に身近な人、そしてマンションの持ち主だった叔父さんの教会の人たち少ししかいない小さな式。
その教会は章の父が設計している。
木の温かさが広がる、絵画もそびえ立つ十字架もないシンプルな教会。晴れの日は窓からの光だけで、礼拝堂が明るい。章の家で水曜礼拝をしていたメンバーたちが、賛美歌などを奏でていた。
牧師の前で待つ、父の袴を来た章。
新婦入場で入ってくる、道も着た祖母の代からの白無垢の尚香。髪や着方は現代風にアレンジしている。綿帽子は被らず、白に金を入れた髪飾りをして。
車椅子のお父さんと共に入場する父と娘。
椅子をバージンロード手前まで押すのは、海外から駆けつけて来てくれた尚香の義兄だ。
「父さん、行けそう?」
「練習しただろ。大丈夫だ。」
お母さんが涙を流す。短い距離、歩くかみんなで考えたが、途中で転ぶより安心させてあげたいとお父さんが車椅子を選んだ。片手で前に進めるくらいの力はある。
式前から言葉少なくなったお父さんは、尚香の手を握り前に進む。
お父さんの娘としてこんな日が来るなんて、思いもしなかった尚香。
10代の頃から家を出ようと考えたことも何度もあった。たくさんの騒ぎを起こしてきたから、もう静かに婚姻届だけにしようとも話していたけれど、お父さんとお母さんのために何か花向けできたらと思ったのだ。自分たちのためではなく、たくさんのお礼として、両親のこの後の新しい人生が祝福されるように。
「尚香ちゃーん!」
と泣きそうな顔で手を振っているのは、ナオともういつ子供が生まれてもおかしくない真理。尚香側の親族は少なく、1人で駆けつけたお兄さんと、大和の武田家と美香しかいないので、二人は若葉おばさんと共に金本お母さんと一緒に座っていた。里愛たちは仕事で来れないが、太郎一家もこちらだ。
良子と巻は新郎側で手を振っている。道の母と祖母も来ていた。
ゆっくり歩くこの道。
片手で動かしているので章が心配するも、お兄さんも少し後ろで待機し、きちんと前に進んで行く。
そして章はハッとした。
――山名瀬君―――
あの庭で、そう自分を呼んだお父さんが見える。
「……………」
あのこぼれ日のような。
けれど、やっぱりそれは金本お父さんで。
目の前まで来た尚香とお父さん。しばらく止まってからお父さんは章に言った。
「山名瀬章君。」
「…………」
「尚香をよろしく頼むよ。」
「はい。」
そして少し震える手で尚香の手を章の手に差し出た。
***
式が終わって、騒がしくなった礼拝堂で章を抱いて泣くのは、久々に来てくれた大叔母の富子であった。
「章!」
富子の肩を章はやさしく包む。
「は~。まさか、親子3人の式に参加できるなんてね。」
全くの他人なのに、親族だけと言われた式に、正一、正二、章全部参加してしまった若葉。
「今度は孫三代まで見れたら面白いのに。」
「若葉おばさん、長生きして良子の式にも来てね!」
と、良子は嬉しそうだ。
その後、一通りの会話が終わり、最後に道が章に抱き着いて泣いていた。
「章……、章……」
「道さん……」
同じように章は道を抱きしめる。
正一の袴。
誰も祝福してくれないかもしれない。
そんな緊張の中で小さな章と共に神社で挙げた式が、昨日のことのようだ。
あの時の、道と章を捨てないでいてくれた幾人かの人たちに、心から感謝した。
章と目は合わせないが、良子の隣で洋子は尚香に話しかける。
「ふふ、尚香ちゃんきれい!」
「ありがとうございます。」
「私はその着物着れなかったんだよね。」
背が高すぎてドレスのみになったのだ。
「…はあ、私、道さんの白無垢も見たかったのに。」
「……ははは……」
こんな場で、とんでもないことを言う洋子であった。
その少し後ろで、何も話さない、カバンの肩掛けを両手で握っている男の子がいる。洋子の言う「大地」が誰なのか全く分からなかったが、この子だとやっと分かるのであった。よく見るときれいな顔をしているのだが、話しかけないと何も言わない。
「よっね~!尚香さんからブーケ貰った?」
与根に絡む章。
「は?」
「与根ちゃんが、ブーケトス貰ったらいいよ。早く結婚して三鷹先輩に自慢しないと。彼女いない歴更新しよ。」
「………いいよ別に。」
自分が結婚したら友人にウザ絡みする章に大和はあきれる。あんな人の姻戚になりたくない。
「…俺、章さんに尚香さん任せたくないんですけど……」
「ああ?おめーがいうのか?まだガキンチョのくせに。お前が親なのか?」
新大学生に絡んでいる大人げない男をナオが叱る。
「功、年下に絡むのやめなさい!大人になったんじゃないの?」
「めっちゃ大人だけど?」
「ムカつくな。」
与根が呆れていた。
「章君、よろしく頼むよ。」
武田夫妻は最近知り合ったばかりなのに、子供の時から面倒を見ていたかの如く夫婦号泣だ。なぜ。
「OK-OK-!任せといて下さい!」
「は~。サッサと家帰ろ。」
と、章は気楽に言う。
「何言ってるの?来てくれた方にお食事くらい出すでしょ。遠方から来て下さった方のいるのに。」
道もあきれている。
「分かった、分かった。でも、全部終わったら、今日はお父さんちでお祝いの夕食食べて、そんで早くマンション帰る。着物も早く脱ご。」
と、言ったところで、ナオが止めた。
「え?家には帰りませんよ。袴も脱がないでください。」
「なんで?」
「尚香ちゃんは、お着物に汗が付くとたいへんなので、髪型はそのままでお洋服だけ替えて下さい。」
「?」
「イットシーから、章アンド尚香夫妻にお祝いがあります!」
と、ニコニコしている。
「………は?」
最高に嫌な予感がする章であった。
***
そして、7月の蒸し暑い中なぜか広大の車に乗せられる二人。車は前の大きなものでなく、奥さんの5人乗りだ。助手席にはナオが乗っている。
「??」
ハテナ過ぎる。
行き先を知らされず、着いた先は都内の有名ホテルであった。
「は??何?」
「プレゼントだ。」
「まじで何?」
「まあ降りろ。」
「何々?もしかして一泊とか?いいんだけど。
いい部屋泊まるより、夜は普通に家、帰りたいんだけど。イットシーにプレゼントされたホテルとか嫌なんだけど。それともあいつらのカンパ?」
「ねえ?なんでなんにも言わないの?日本人、サプライズとか嫌いなんだけど。」
「うるさい男だな。」
「…………」
尚香もぽーと見てしまうが、冷房の効いた部屋に案内されて、汗を拭き、袴にも似合うドレスでいくつか衣装を合わせ、もう一度身を整える。
「フォトウエディング撮るの?もういいんだけど。そんなに撮ってどうするの?誰が見るの?」
正式な写真は撮っていないが、先、教会で広大やみんなに撮ってもらっている。
「広ちゃんの写真でいいよ。尚香さん、別にホテルで撮らなくてもいいよね?」
「……うん。」
「いくら俺でも、プロが撮ったのとは違うぞ。」
創作の世界にいる人が周りに多く、教会にもプロ並みの腕の人がいたが、きちんとした写真はまた全然違う。
「功のためじゃないでしょ。尚香さんのためにいい写真残そうとか思わないの?」
ナオが説得する。
「だって、尚香さんがいいって言うし。」
尚香は派手に何かしたくなかったので、ウエディングフォトもいらないと言っていたのだ。式の前後にみんなで記念撮影ができればと。
「そういうもんじゃないだろ。もし子供か生まれたら、お母さんの一番きれいな写真を見せられるんだぞ。」
「先のでいいし。急だと尚香さんも嫌だよね。ずっと残る物ならなおさら……」
「大丈夫、尚香さんきれいだよ。」
得意気なナオ。シューナミュージックでお願いしているメイクさんに来てもらったので、髪も少し変え、非常にきれいにメイクされていた。
「え?これ私?」
「かなりナチュラルに仕上げてますよ。」
派手なメイクが似合わない顔立ちなので、目の周りは肌に馴染む色。とてもきれいに仕上げている。ちょっとうれしい尚香。
横を見ると章もおとなしくさせられ、慣れた感じで軽いメイクをしてもらっていた。けれど落ち着きがなく、メイクされながら「そのオレンジとこのオレンジは何が違うの?」「なんでブラシ変えたの?」などあれこれメイクさんに話しかけて、「よれるから口、閉じていてくださいね~」と言われていた。
横に移ればすぐスタジオなので数枚写真を撮ってもらうも、棒立ちな章。カメラマンの言葉に乗せられる尚香の方がまだ自然だ。
「写されるプロなのに、なんでそんなにダサいんだ?」
広大に文句を言われながら、カメラマンにもいろいろ話し掛け変なポーズをしているので、尚香は恥ずかしい。小学生か。
功は仕事の撮影でも、個人だとこんな感じだ。被写体が複数いると何も話さないが、その代わりポーズも硬い。
「章君早く終わらせようよ。カメラさんも困っているよ。」
「………」
申し訳ない顔をしている尚香を見て、ニコッと笑った。
「そうする!」
そして終わろうとするも、またナオに言われる。
「はーい、今度は向こうで撮影でーす!」
「はい?」
「今度は移動しまーす。」
「…………」
章は、今日一番の嫌な顔をする。
「え。もういいんだけど。尚香さん、疲れてるよね?」
「そのまま移動するだけです。」
「お色直しもしないのに何のために?」
「お色直しする?」
「絶対したくない。帰りたい。」
そこはきっぱり断る。
けれど、功は服を替えていないから羽織を替えようかと言われ、「今度は前髪を上げてみましょうか?」となる。「センター?サイド分け?それとも全部上げる?」など、本人たちそっちのけで盛り上がっており、もう終わりたい。女性の買い物に付き合う、待ちくたびれた男気分である。
その間に尚香も髪とドレスの一部をお直しされていた。今度はふわっとしたベールも被る。
ナオ、今日は無敵だ。
「はい、じゃあそのまま進みましょう!」
二人はナオたちに押され、ホテルスタッフが尚香のドレスを整え、裏方に立たされた。
この感覚、やはり嫌な予感がする。
「ではこのままご入場下さい。」
と、スタッフが笑顔で誘導。
そしてそのまま前に進み、予想はしつつも信じられない光景を目にするのであった。
「新郎新婦、御入場でございまーす!」




