7 新たなデコボコ演奏隊
翌日、韓国に残っていたマネージャーと朝一の飛行機に乗り、章はお土産を事務所に持って行く。
が、なぜかみんなに不審がられる。
「なんで?」
「何々?」
「どういう風の吹き回しって、こういう時に使うの?」
事務所が騒がしい。
「……何って、お土産買って来たから好きに食ってよ。」
と、マネージャーさんと買った海苔やお菓子をてきとうに置いて置く。めっちゃ適当に。
「なんで帰国のその日に、事務所にお土産渡しに来てるわけ?」
「え?ダメ?」
「…………」
ここ最近、大仕事の後に休みをあげると章は一番最初に金本家に向かっていたのだ。
先におじいちゃんにお土産を渡してから、その感想と共に事務所で語るの順だったのに、金本家が抜けている。たとえ尚香に会えなくとも、一番は金本家だったのに。
「尚香ちゃんなんて言ってた?そろそろ功のフォローしてくれた?動画、めっちゃかっこいいし。」
「いや、あれはいかんだろ。」
スタッフが韓国海苔のスナックを食べながらSNSを眺める。
サリカちゃんにデレデレ……というか、従順な下僕か。ファンも章がサリカの大ファンと知ってるので、初対面おめでとうのコメントがわんさか上がっていた。
「ねえねえ、尚香ちゃんなんて言ってた?」
珍しくこの時間にいる真理がうるさい。
「嫉妬してた?」
嫉妬どころかおそらく功が視界にも入らない生活をしていたであろう。
昔の飲み物、スジョンガのボトルをおじいちゃんの家に持って行きたかったが、道に渡しておくか考えている。
「ねえねえ、嫉妬してたのってば!」
「……真理ちゃん、うるさいんだけど………」
「だって……」
「俺、尚香さんちにはもう行かないから。」
さりげなく功が言う。
「……?なんで?ケンカしたの?」
「………いったん離れてみることにした。」
「……この前の時も一旦離れてたのに?また何の意味があるの?」
「押してダメなら引いてみろ作戦?」
「そのままフェードアウトしそう。」
「………………」
沈黙過ぎて、スタッフたちもいたたまれなくなる。
「尚香さんも仕事頑張ってるから、俺も仕事頑張る。」
章が目も合わせず言うと、真理は黙ってしまった。
事情を知る与根だけが心でため息をついた。
***
功の繁忙期クラッシュが終わり今は息抜き。事務所公認である程度好きにさせてもらえる時期だ。
都内アートパークのロビー。
美術や演奏を楽しみに来た者から、通行人まで行き交う広々としたフリースペース。
久々のバイオリン。
前者の演奏が終わると、サーと入場する子供と大人のデコボコ演奏隊。入場にもだいぶ慣れてきた。完全に顔を隠した格好は禁止されているので、目だけの仮面を着けたり大きな布で顔周りを覆い、ギリギリの格好で入場する謎の変身チーム。
彼らが来たと知った時点で、いつもいるおじいさんが一人で立って「ブラボー!!」と叫んでいた。しかも今回は人数が増えている。ピアノが1人にバイオリンが3人になっていたのだ。
一人は魔女バイオリン。いつも着ぐるみの妹アニマルも、今日はドレスを着てかわいい姫の姿になっている。水色だが雪の女王ではない。水の精霊セイレーンだ。
新たなピアノ係も姫である。しかし様子がおかしいのは、姫と言えば囚われの身ということで鎖を付けいているのだが、むしろその鎖で攻撃されそうな勢いのファンキー具合である。
そして始まる、精霊鉄琴がチャイムを鳴らした後の……
突然の三重奏から。
バッと注目が集まり、有名曲のサビの最後部分まで行くと、今度はピアノから曲が始まる。そしてピアノの独奏の後に、太郎からバイオリンが入った。
その曲が終わると……
目をつむって演奏していた幽霊盗賊が、何とあろうことか、一つの区切りでそのまま勝手に好きな曲を演奏し始める。打ち合わで弾くか弾かないか議題に出ただけの曲だ。
「っ?!」
初めて一緒に演奏した、姫ピアニスト弓奈がビビってしまう。
ゆったりした有名曲なので、問題なくみな合わせられるが、誰がどのパートなど何も話していない。ただみんな功に合わせて重ならないようにそれぞれのパートに入る。
それでも勝手に曲を流していくので、ムカついて太郎が次の間で自分がメインに切り替えた。
慌てさせたかったのに、問題なく演奏を続ける盗賊に、これに気が付いた観衆から笑いや拍手が起こっていた。しかも里愛が別のパートを弾くと、幽霊盗賊は勝手にその場で作った合わせを弾いている。そして、そのまま続けろの合図。
それから次、途中から全然別の名曲を合わせに入れてくるのだ。今弾いている曲の上に。
ええ??
太郎が焦る。
けれどぴったり合う、バイオリンの3重奏。
里愛と弓奈が目を丸くしている、リハーサルや打ち合わせなしでこんなことをするのは初めてだ。時々外すのはわざとだろう。観客たちが注目する。
そんな幽霊盗賊は、突然キーンと音を出した。
「?!」
「!!」
なんだ?!と思うとともに、静けさの中で始まる。
怒涛の大陸。
『テイラキ』
壮大な、中国ができる前の歴史を物語る曲。その一部。
「え?」
思わず弓を止めてしまう太郎。とてもじゃないが弾けない。
テイラキ?
リアが驚く。
後に続くも必死だ。チャイコフスキーの難曲に似ているが、ヨーロッパではあまり演奏されず大学でもまず選曲されない曲である。通行人たちが足を止め聞き入っていた。
が、しかし。
鉄琴妖精が、絶妙なところで「ティーン!」と叩いて止めてしまった。しかも、全くその場に即わない音で。
「!」
シーンとするホール。道行く通行人も一瞬振り向く。
そんな雰囲気に何の動揺もすることなく、鉄琴セイレーンは民謡の『アニー・ローリー』を打ち始めた。かわいくも切ない、優しい曲。どちらにせよもう時間だ。大人たちが共に曲に入り、略して1分もしない曲が流れるように終わった。
隊長魔女バイオリンが全員を客席に向けて礼をさせる。
わーと拍手が起こるも、魔女は幽霊盗賊の頭をぶっ叩いた。
「バカなの?!」
すると、いつものおじいさんが楽しそうに叫ぶ。
「隊長。許してやってくれー!」
それに続いて、日本には珍しく他からもコールが飛んだ。
「アンコール!!」
「ドンマーイ!」
「また来てねー!!」
しかしこの会場は搬入撤収全て含めて20分。
「撤収ーー!」
という里愛の合図でみんな一斉に動く。
次の組がスタンバイしているので、デコボコ演奏隊はサーとロビーを後にした。
***
「ねえねえ、なにこれ?!」
弓奈がメンバーに詰め寄った。
着替えた演奏隊はいつも現場解散だが、このまま終われないという話になり、先のロビーから場所を移して反省会である。
この演奏隊。なんとLUSHの功に、神童のバイオリン太郎。そして知る人ぞ知る、バイオリニストの里愛とピアニストの弓奈。業界人なら名前くらい知っている面々。音楽のプロでないのは朝ちゃんだけである。
しかし、何せデコボコな面子。子供が3人もいるのだ。自由奔放な今時の園児を抱えて、思い通りにいくわけがない。
「あ?分かってんの?幽霊盗賊のことだよ?子供3人の1人って!!」
「………」
ツーンと無視する眼鏡にマスクの功。
「聴いてるの??」
里愛も怒る。
「どうせ子供です。」
「なんて幼稚な開き直り!いくら無料の演奏会でも、あそこは一定の基準がないと入れないし、他の演奏家にもお客さんにも失礼です!!」
「……不貞腐れするな功。リアちゃんも功の事分かってんのに怒んないで。」
太郎が宥めた。
「あのねえ、今日は初めてユミナさんにも来てもらって………」
忙しい合間に、「今日なら全員来るけれど、どう?」と来てもらったのだ。初参加である。里愛もピアノには限界を感じていたので、ピアニストに来てもらって本望だったのに、功がしょっぱなから好き勝手し飛ばしてしまった。
そこで弓奈が言ってしまう。
「えー、いいよ!楽しかった!なんなの、この演奏会!」
「………」
「………」
意外にも楽しかったらしい。
「だって、お客さん楽しそうだったじゃない!」
「……お客さんも引いてたけど………」
あんなぶつ切り演奏。けれど客も、あまりにもその切りの良さに、こういう舞台だと思ったのか。
「その後に、『テイラキ』来たら文句も言えないでしょ!私も初めて生で聴いたし!」
「お客さん、その曲知らないんじゃない?」
「知らなくて感動できるのが名曲でしょ?」
実は昨日のネットでのミーティングで、弓奈が『テイラキ』を弾いたことがあると言っていたので功が入れてしまったのだ。けれどあんな曲、楽譜もなく突如弾くこともできず、ほぼ功の独奏であった。
「弾くなら前もって言って!練習してきたのに!」
「そんな時間ないでしょ……」
昨日の夜、日本に帰って来たばかりらしい。
もう一人の新たな仲間、バイオリニストのニキ・ディアーヌ・ローレンは仕事でどうしても来れなかったのだ。あのスペースはスマホなどでの撮影NGだが、身内による記録はOKなので、原ママが撮った動画を送っている。
「てか、あんな次々即興で出してくるの、普通の舞台ならできないし!」
「失敗したら終わりやん。」
「失敗しても……というか、乱してもそのまま続けてたし。」
朝ちゃんなんて、何の情緒もなくプロのたちの演奏を止めていた。何も恐れない子供ならではの技である。
弓奈が嬉しそうに答える。
「ねえ、今度洋子さんも誘おうよ。」
「!」
功の母親だ。功がものすごく嫌な顔をになった。
「あの人、俺の弾き方、持ち方、生き方全部にケチをつけるから嫌なんだけど。超正統派なのに、何か出来るわけないし。」
「?」
そこでみんな不思議な顔をしてしまう。明らかに仲が良さそうには見えなかったが、あの人が正統派?
正統派って、典型のクラシックということだろうか。ポップスならポップス、真面目にシャンソンやジャズをそれをきれに歌いこなす人という事?それとも古き良き日の何か?
「??」
この前の洋子を知っている人には、たった一人で家に籠って、人に見積もりを任せるほど何もできず、見た感じネットも使いこなせなさそうな雰囲気で、もう思考も固まってくる年齢なのに…………
あんな自由な変化球を出せる人は見たことがない。
おそらくあれば、即興だ。
●洋子さんの演奏
『スリーライティング・中』36 開かれた白い扉と
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