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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十九章 LAST SONG

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78 それぞれの




午前のスケジュールが終わった演奏隊。



昔ながらの喫茶店で貴世さんにもらったチケットを使いドリンクを飲み、いいと言われたので貴世さんツケでお昼を食べて演奏隊は解散する。


そう、今日の演奏はなんと里愛とバイオリン太郎、そして眼鏡にマスクの功であった。



「すごいよ。あそこのおじいちゃんおばあちゃんたち、私のこと知ってたんだよ?」

3人も里愛の演奏を聴きに行ったことがある人がいたのだ。


太郎も驚く。

「すごいよね…。ウチの親族、テレビに出るような半分タレントの有名演奏家以外ほぼ知らなかったのに……」

太郎の家は、音楽とほぼ無縁。戦争前の時代にオルガンが弾ける音楽の先生がいたらしいが、太郎自らバイオリンがしたいと親にせがまなければ、誰もこんな所に神童が生まれたと気が付かなかったであろう。バイオリンをたしなむ雰囲気もないくりくり坊主だったのに。原ママも園児の訴えは、おもちゃでも買えば満足すると思っていたのだ。


喜ぶと思ってプレゼントした、自動で音楽が流れるキャラクターのバイオリンを拒否された時は、親心にショックであった。園に来たミニ楽団と同じ物がほしかったのだ。

バイオリンを習う教室もないような地域だったのに。音楽がこんなにお金が掛かるとも知らなかった原ママであった。




そして、おじいちゃんたちの集まりには、過去に音楽をしていた人もそれなりにいた。この辺は古い家が多く、いかにも昭和平成の下町感があって考えもしなかったが、よく考えれば世田谷に一軒家を持っている人たちも多い。隠れ裕福層なのか。



「俺、このまま地下鉄で帰る。」

「え?」

突然すごいことを言う人がいて、里愛と太郎はびっくりする。功は朝仕事があって、行きはマネージャーにここまで送ってもらっていたのだ。

「太郎たちはタクシーで帰れよ。」

今日は原ママはいないので、お父さんが来るまで里愛が太郎と同行することになっていた。芸大音楽科に行くのでそのまま一緒に連れて行こうと。


「え?功、電車乗れるんか?地上でも危ういのに、地下鉄とか…。タクシー使えばいいやん。」

「……俺は生まれ変わると決めたんだ。」

「え?」


「地下鉄くらい乗れなくてどうすんだ。」

「僕も一緒に行くか?」

「一人で行く。」

「………」

不安そうに見る里愛と太郎。

なぜこの男はしなくてもいいことをするのだ。生きていけそうなので、学校にも行かなくてよかったし、車もタクシーもあるから地下鉄にも乗らないくていいし、どうせきれいに片付けられないので掃除もしなくていいのに。




正直、功もなぜ自分が地下鉄が怖いのか分からない。あの路線図と乗り換えが混乱するのか。それとも地下が怖いのか。ビルの地下通路も、夜道も怖くないのに。

でも、そろそろ克服したい。そして聴くのだ。自分の耳で、東京地下鉄の駅メロを。


「そういうのって、最初に付き添いもいて、徐々に慣れるもんやないの?」

「あれこれしてると大学に間に合わないだろ。早く行け。」

「目立だたん?」

「最近背の高い人も外国人もそれなりにいるから大丈夫。ここでお別れだ。じゃあな。」

この辺は名所もお店もたいしてないので、立派な高架歩道のわりに人が少なく、用事のある人が通り道にするか、地元民くらいしか歩いていない。


そうして功は背を向けて歩き出す。



「なんやろう。心配なんやけど。」

「………そもそも乗り方知ってるのかな………」


二人は心配そうに功を見送った。




***




今日はもう夕方の白バンまでは予定はない。



章が地下鉄側に向かう、高架歩道を歩いていた時だった。


「!」


自分の目を疑う。

「尚香さん?」


目の前に、先の公民館方面から曲がって来た尚香がいる。


「章君!」


尚香も章に気が付きこちらに駆けてきた。

「え?」

もう数か月ぶり。洋子の件でスタジアム翌日事務所で話し合いをしたあの時以来だ。


「………章君!」

「………!」


少し息を切らして、尚香は息苦しそうにマスクを取った。



二人の間にしばしの沈黙が漂う。


「………章君、元気だった?」

「元気だよ。」

「………あの……、貴世さんやお父さんたちのお願い聞いてくれてありがとう。」

「……うん、別いいけど。」


髪の毛が茶色いので、一瞬尚香なのかと驚く。今日は前髪はセンター分けで以前よりふんわりしていた。でも、章はそれには何も言わない。



尚香も何を言おうか迷い、すぐに言葉が出てこない。

「…………」


「………どうしたの?」

章に冷静に言われて、尚香は慌てた。

「あ、あの……。えっと…………」

「…………もういい?俺、行くけど。」


「……あ…」

久々に会った章は、尚香の分類では多分ストリート系としか分からない若者の恰好をしていた。久しぶりでなんだか慣れない感じがして思わずたじろいてしまう。あれ?章君ってこんな風だっけ?と、ちょっと逃げたくなるが、今だけだと頑張ることにした。



「……章君……あの……。章君はいい人できたの?」

「…………」


「いい人?」

「……あー、ほら、彼女とか。」



別にいつもの優しい章だが、遠い人のようで少し怖く見えた。でも、お父さんの言葉を胸に思い出す。




――大事なうちの娘がいる家の敷居を、


跨がせるわけがないだろ――




いなかったら、伝えるだけ伝えよう。


「あっ、あのね……」

「……いないよ。」


「!」

いないという言葉に戸惑い、そしてホッとする。


「あのね、章君。」



章はポケットに手を入れたまま、なかなか次を言い出せない尚香の言葉をじっと待つ。



「………今更だけど………」



こっちを見ているのに、何も見ていないような章の目が、もう自分などどうでもいいようで痛い。けれど勇気を出す。言葉が浮いて、空回りしているようにも思えるけれど。



「私じゃダメかな?」



「………………」

功は何も言わないし、表情も変えない。



「尚香さん、どうしたの?」


「私が一緒にいたらダメかな。」



「?」

「あっ、章君が良かったらの話だけど。章君の横に。」


「どうしたの?あれから婚活上手くいってないの?」

「……そうだね……。仕事の方が忙しかったし……」

婚活は何もしていない。


「大丈夫だよ。尚香さんなら、なんだかんだいい人が見付かるよ。」

「!」

「あ、でも、あの婚約男みたいな変なのには引っ掛からないでね。」

「………」


尚香は、現実を突きつけられる。章の言葉に迷いが何もない。



「……そうだね………」

「俺ももう大丈夫だから。」

「……あっ……」


思わず顔を上げるも、眼鏡の奥に見える章の顔はいつもの顔だ。



「俺さ、今度人に会ってみることにして。」

「人?」

「紹介されて。24歳だって。」

「24歳?」

「なんか、みんなに今誰かと付き合うなら、お前は社会人にしとけとか言われて。同世代はだめってみんな言うから。」


「…………」

ああ、女性の事かと理解する。


章と同世代なら社会人になって少しか、まだ大学生だ。それより少しでも社会経験のある人の方がいいと思われたのだろう。


やっと普通に話し出した章の言葉は、もう尚香を見ていなかった。




苦しい。

まずはただの紹介だろうか、自分の時のようにお見合いだろうか。


章君はどんな格好で会うのだろう。

自分の時のようにいかにもなスーツで?今みたいな恰好?もう少しカジュアル?


あの時はひどいお見合いだったと思ったけれど、今はそれも、他の誰かの元に行ってしまうものだと思うと悲しい。



他の誰かと、またいろんな会話をするのだろうか。

今の章だけ見ていると、幼い章はもう通り過ぎて行ってしまったようで。


でもきっと、また誰かに、あの楽しさや優しかった言葉を向けて、そんな日々を過ごすのかもしれない。



だけど、それは、自分が全て手放したものだ。




「尚香さん、心配しないで大丈夫だよ。俺ももう少し、頑張って大人になるから。」

「………そっか……」

胸が詰まるけれど、そう言うしかない。



楽しかったあの日々が、自分の物になった気分でいた。また戻ってくるんじゃないかと。


あれだけひどいことをして、人間ってなんて都合のいい思考をしているのだろう。

……いや、自分はなんて都合がいいんだろう。



バカみたいに思える。

まだ21歳の子に、今更何を考えていたのか。


尚香は手放したものをほしがり、章は既に前に進んでいただけだ。



でも、後悔はない。


今、胸が痛いが、そうなるかもしれなかったことだ。進もう。しばらく一人でもこれで悔いはない。応援してあげないとと思う。




「じゃあね、尚香さん。俺行くよ。」

「あ、うん。そうだね。体に気を付けてね。」


章は何事もない感じで、手を振って去っていく。




その後ろ姿を見送って、尚香は一呼吸した。




大丈夫。


することはしたじゃないか。


カバン。お父さんのところにカバンを置いたままだ。いや違う、本当は一緒に昼食をしようとお父さんを迎えに来たのだ。戻ろう。

もう一度息を吸って、目を抑えた。


お父さんには笑って報告しようと思う。



尚香はトボトボと公民館の方に歩き出した。






***






苦手を克服するがごとく、改めて地下鉄の方に向かう章。


道順に沿って階段を下りてとめんどくさいので、歩道をショートカットして柵をパッと越えまた歩き出す。そして少し人の増えた地下鉄入り口でじーと考える。



地下に入って行くカップルやおじさんを見ながら、なぜあの人たちは迷いもなく地下に入れるのだ?と、謎になる。目的地が分かるのか?


小学生すら子供だけで入って行く。



うーんと少し考えて、とりあえず切符とやらを買うのかなんなのか脳内シュミレーションをして決意する。


そして、もしかして切符じゃなくて、またカードが出てくるのか?というパターンに至った。かざすのか?差し込むのか?スライドするのか?どっち向きに?裏表は?それともスマホ?カードは買うのか?まさかお金じゃなくてカードでカードを買うのか?


「…………」


やっぱりやめよう。


今度、大和を付き合わせようと考えていた時だった。



「あれ?」


何かに気が付く。

先、何かあったよな?



あれ??



自分、何か見落としてないか?


「……………」



足りない頭でいろいろ考える。


んー…………




「!!」



そして、気が付いてしまった。








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