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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十八章 それぞれの再出発

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77 最後に




その年の春休み期間、LUSH+は2大ドーム含む、6都市ツアーを決行。

初の1ドームと、1スタジアムでは5万人規模のキャパで開催。



ネットやエナドリ経由の海外ファンも多く、数回海外公演も行っていた。



あれから功は、LUSH+の場ではもうバイオリンを弾かない。





***




桜も散り始め、ピンクから若草に変わる季節。



世田谷の公民館で、リハビリ半分のワンデイの催しに参加してから、みんなとお茶を飲む金本お父さん。


意志はしっかりしている人向けに、月2で年配者のワンデイイベントが行われているのだ。今日は習字だ。片付けがしやすいように、水性の落ちやすい絵の具を使っている。絵を描いてもいい。それが済んでから、50分ほど外部の人も来る演奏会やカラオケ大会。音楽関係の学校や、部活動、市民楽団などが来る。


なぜ自分がと、人には進めても老人ホームや病院だけでなく、ワンデイにも拒否感を示す人が多いが、もともと習い事で公民館に通っていたのと、知り合いが誘ってくれたおかげでお父さんも問題なく入ってくれた。公民館には運動器具もあるので、トレーニングや外出の機会にもなるだろう。



「なんで、ここでも年上のじいさんがスタッフなんだ?お茶くらい私が淹れる!杉野君も飲んでくれ。」

今日も年上の男性が元気にスタッフ補助をし、お父さんが膨れてみんなが笑っている。

「そんなこと言っても、どんなに元気でもこの歳だと、急にくたばることもあるからなあ。ははは!」

実は同じ自治区内で、数人はもともとの知り合いだ。




「金本さーん。娘さんが来ましたよ。」

今日は尚香の迎えだ。


「おー!尚香ちゃん。今お茶をしてるから、飲んで行ってからにしてくれ。尚香ちゃんは何か飲むか?」

「なら……ほうじ茶の気分かな…。自分で入れます。」

「私が淹れるぞ。お茶菓子もあるから。」

お買い得パックのいろんなお菓子がカゴに入れてある。がつっと持って行ってしまう人がいるので、ここでは2つまでの決まりだが、時々見るおじさんが尚香にはたくさんくれた。



「あ、お父さん、これ桜?」

『春の空』の文字の下に、ピンクの世界が描いてある。

「芝桜だぞ。」

「……今年は……休みが合えば芝桜見に行こうか!」

「金本さんはいいなあ!そう言ってくれる娘がいて。」

「でも毎年忙しいからなあ……。」

「今年こそ!」



みんなと談話してから、大きな窓の方に行って二人で寛ぐ金本親子。


狭い敷地を上手に使った、小さな小さな箱庭。


「尚香……。仕事はどうだ?」

「そうだね。向こうの方に、一緒に仕事しないかって言われてる。楽しいよ。」

「向こうでか?」

「うん。英語できないから、会社で英会話通わせてもらってる最中でって、話してて。」

「行きたいのか?向こうで学べばいいだろ。」

「あっちだと、英語のくせが違うから……。」

今のところそんなに英語はできなくていいが、個々人のコミュニケーションではやはり会話がものを言う。


「…………」

いろいろ考えてしまうお父さんに尚香は笑う。

「気に入ってもらえたってだけ。少し滞在はしても、拠点はこっちかな。また違うとこに行く可能性もあるし。私はスターターメンバーだし。」

仕事の形を整え、最終的には現地や支部に任せていく。

「………」


「………お父さん?私はこっちにいるよ。じゃま?」

「そんな訳ないだろ。……でも、したいことがあれば好きにしていいからな。疲れたらいつでも帰ってこればいいし。」

「うん。」


「………でも尚香……」

少し考えているお父さん。

「ん?」


「………もう、章とは会わないのか?」

「!」


お父さんからその話を切り出すのは初めてだ。


「…………」


「………無理だねぇ………。」

しばらくして、出てきた言葉はこれだ。


「……けっこう私、やらかしたみたい……。すごく章君を傷つけたし……。」

「会うくらいいいだろ。誰でもケンカくらいするし。前からしょっちゅうケンカしてたじゃないか。」

「章君の会社でもいろいろと……。それに………そういう問題だけじゃなくて………」


「前に、車で家に来た青年か?」

「!」

「母さんが、少し見たらしいがなかなかかっこいい人だったらしいじゃないか。」

「!!」

久保木の事だろう。会う会わないでなく、親に男女の話をされているのかと気が付き恥ずかしい。

「…………それもあるし、他にもあるし……」


「他にもいるのか?うちの尚香はけっこうモテるんだな。」

「……違うけど……そうじゃなくて!私、もてるタイプじゃないし……」

男性はだいたい、美香やソナが好きであったのだ。持ち上げられてさらに恥ずかしい。


「……なんにしても、今は何もないし………」

煮え切らないことしか言えない。



「章じゃダメなのか?」

「へ??」


「……お父さん、どうしたの?」

尚香、訳が分からない。


「私も、あと一押しくらいしてみようかと思ってね。」

「!」


「…そりゃお父さんは章君好きかもしれないけど、章君はもう私のこと嫌だと思うよ。そうでなくとも、周りが嫌気がさしてると思う。」

「そんなの分かんないだろ。」

「そうでも、そういうわけにはいかないことがあって………。もう私の事、くどいと思っている人もいそうだし、私がタオル女だとわかったら、また章君の評価が下がりそう……」

「尚香と章の関係だろ。」

タオル女がなんなのかお父さんは分からないが、際沢の頃にネットで上がっていた呼び名よりは随分マシだ。



「だからそういうわけにもいかないし…」

「来てたんだ。」

「?」


「先までここに。」

「え?」

「嫌なら来ないだろ。」


「………まあ、貴世さんたちが呼んだんだ。」

日舞での功のおばさん役である。

「え?なんで?」

「最近掃除に来ないし、自分たちは年を取るばっかで、腰が痛いのに年寄りにゴミ拾いさせるなと。」

別に章はこの地域の人間ではないし、メンバーでもない。地域見守り、地域奉仕、半分運動のための奉仕なので、高齢者こそ参加の対象者であるのに。


章は、「人の奉仕心を無償だと勘違いしてませんか?」と怒っていい側である。実際に怒って、ファミレスでモーニング食わせてやるから朝出てこいと仕切られたのである。この辺はファミレス大手しか早い時間にカフェが開いていない。遠慮なくあれこれ食わせてもらったらしいが。

その際、貴世さんがワンデイの日に何かしてくれと言ったのだ。貴世さんたちも日舞を披露しているし、別の催しでも一度功は駆り出されて一緒に芸をしている。メイクで気付かれなかったが、明らかに何かが違って会場が騒めいたらしい。


「…………」

知らなくて驚く。一体何をしているのだ。



「それで、先、ピアノとバイオリン演奏させて演歌まで歌わされていた。」

「え?」

「いや、正確には章が演歌を選んだら、ブルースやフォークやシティーポップとか言うのを聴いていた層の方が多くて、次、他の歌わされてて。ならおじいちゃんたちが歌ってくださいとまた怒ってたがな。」

「??」

「貴世さん自身は他に用があったので、現場だけ見てすぐに帰ったが。」

貴世さんの強気と営業手腕は、ジノンシー並みであった。兼代と競わせたい。



「……………」

尚香は、何を言っていいのか分からない。何を言えというのだ。



「尚香、いろいろあっても大丈夫だ。」

「………」

「今もう、何もないなら一度章のところに行ってこい。」

それはどういう意味で。


「………会いたくないから私を避けてるんだよ。」


「先も言っただろ。本当に会いたくなかったら、ここにも来ないよ。」

「………でも。章君はずっと年下で、まだ学生みたいな子なんだよ?」


「それでも、どんな子かよく知ってるだろ。」

「……お父さん………」

考え込む娘の横顔をそっと見つめる。



「私ね……章君のお兄さんが好きだったの………」



「……今もか?」

「!」

お父さんは動揺しない。誰かに聞いていたのだろうか。章に?でももしかしたら、何か大きな理由があったとは悟っていたのだろう。

「……今は……きっと今も大事な人だけど……もうよく分からない……」

尚香はこめかみを覆ってしまう。顔が隠れるように。


「章君も、お兄さんのことも……よく分からない。もうどっちも……すごく遠い人みたい……」



「お父さん、知ってたの?」

「いや、よくは知らないが、だいぶ前に章に来ない理由を聞いたら、兄がどうとかぶつぶつ言ってたからな。」

まとまらない何かを吐き出したかったのだろう。



「尚香、章なら大丈夫だ。」


「……何が大丈夫なの?」

お父さんはどこまでも落ち着いている。

「お父さんは何が言いたいの?なんでそんなに言い切るの?」


「章はいい子だよ。だからうちに入れたんだ。」

「……?」


「一番最初は道さんの信頼する子だからで、道さんを迎えに来たついでにベッドの移動を手伝ってくれて。」

お父さんのベッドを介護兼用にするため、いくつか家具を入れ替え、お母さんの部屋に前のベッドを移したのだ。家具業者がしてくれないサービスもあったので、自分たちでやる方が早いと章と道でしてくれた。


「少し話して、しっかりした子だなと思ったんだ。まあ、半分はフィーリングだがな。」

「…………」



「でなければ、大事なうちの娘がいる家の敷居を、跨がせるわけがないだろ。」

お父さんはそう笑った。


「!」


「尚香、章が嫌でなければ、一度会うだけ会って来い。そうでなかったら、次はもう何年後に出会いがあるかも分からないしな。当たって砕けろくらいで。」


「………私………」

尚香の心が震える。



自分はどこで一番安心した?



章、


章君だ。



章のもとでなら安心して泣けた。


彼は決して自分に触れたりしないけれど、

もうこれで、最後だと思えば………



「お父さん!」


「行って来たらいい。まだ近くにいると思うぞ。」

「!……」


「貴世さんにコーヒーの回数券を貰ってたから、貴世さんお気に入りのお店のだな。多分サンロードの方だと思うが。」

建物や道路を複数繋ぎ、フリースペースにもなっている歩道橋の方だ。


「……お父さん、行ってくる!」


「ああ。」

お父さんは手を振り、尚香は駆け出した。







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