73 私の太陽だから
整理ナンバリングされた中に、忽然とあるフォルダ。
珍しく分類のための日付もなく『photo』とだけある。誰だろう。見てみると、おそらく英国人女性のブロマイドのような数枚の写真。オペラか演劇の女優のような物もあれば、70年代を謳歌したミニスカートとブーツの写真もある。
髪型や化粧に年代を感じるも、美しい人。
ひどく古くも、何だか新しくも見える、不思議な写真。
笑顔の写真が多いが、時々気になる憂いを見せて。
写真もスキャナされたものだろう。分類名もナンバリングもなくphotoに1、2など付いているだけだ。1枚だけウエディングドレスの写真も入っていた。
さらにその中にもフォルダがあり、同じように『photo』とある。この名前では間違えて移動やコピーをしたら上書きしてしまうかもしれない。整理前の多少雑多としているファイルは他にもあるが、写真はきちんと整理されているのにここだけ乱雑で珍しい。
開いてみると、そこにはファイル名自体が『mumdad』という写真があり、開くと先の女性と厳格そうな少し東洋人寄りの男性。名前の通り、母と父であろう。
そしてきっと赤ん坊の双子。どの写真も写真館で撮ってもらうような、整ったものばかりだ。けれど結婚後の写真から、女性の写真の中に表情が乏しくなっていた。
なんだか不思議な気持ちになる。
作業をさらに進めて驚く。
双子の、子供の頃の動画や写真もあったのだ。
「!」
これも写真かフィルムのスキャンであろう。プリンター会社の頭三文字と自動ナンバリングがされている。
不思議なのは、ここからたくさんの楽しそうな子供時代が映されているのだが、おそらく写真にほとんど親がいない。母は一枚もなく、父もカメラを見て笑顔というものがほぼないのだ。代わりに、他の多くの人がかわいい双子と楽しそうに写っている。
湖畔で知り合いか親戚たちと遊ぶ二人。
ここでも性格が見て取れる。大人の女性と陸地で静かに寛ぐ洋子と、船上で舵など触らせてもらい得意気な道子。アルバムなどが残っていなければ、洋子の元にこれらの写真はないであろう。今度聞いてみることにした。
そして、動画だけピックアップすると、いくつかの生活風景と高校や専門時代だけでなく、なんと小学生の彼女たちの演奏会の物も残っていたのだ。何かのパーティーだろうか。
画像も音もビデオカメラでの撮影。今の時代の動画を知っていると画も音も荒く感じるが、ナオが見る限り、演出も演奏も子供の即興だとは思えないほど素晴らしい。演奏は洋子がずば抜け、道子の進行や切り替えの良さも小さな小学生とは思えない。
笑い合う二人。そして、惜しみない拍手を送る観客たち。
楽しく、でも、苦しくなるほどに切ない。
ナオと尚香は写真の向こう側の事情を知らないけれど、この映像に溢れる何か。
これはふたりが初めて父親の元を飛び出そうとした、道子会心の演奏会だったからだ。
姉を、自由にしてあげたくて。
姉が大人に対抗できる力は、演奏だけだったから。
そしてみんな、道子が明るい太陽だと思っていたけれど、道子と音楽の先生だけは知っていた。
姉の音楽こそが、太陽だと。
けれど共に成長していく中で、舞台のスポットを忘れられない母とは違い、姉にとって音楽は楽しければよくて、妹が好きなものが好きで、妹が笑っていることが一番好きな姉なのだと気が付いただけだ。
***
尚香とナオ。
後はどんどん、音楽と国際関係とプライベートなどを分けていく。
丁寧な性格なのか、道子さんのデータは思った以上にきちんとフォルダ分けされており、作業はスムーズに進んだ。
細かい内容まで見ていくと時間がいくらあっても足りないので、あとは名前で大まかに。尚香がPCを主体に見て、迷ったらナオと相談。ナオは既にきれいに分類されている外付けハードを見ている。
「尚香さん、この辺は全部大学講師とかの講話や授業でいいかな?」
尚香が見てみると、それっぽい単語が省略してフォルダ名になっている。多分そうであろう。
ナオはそのフォルダを開いて、大学や国際機関関係かだけ確認する。年月日と共に、『prof.sono』とあるファイルがいくつかあった。講義だろうか。『prof.』は教授だと尚香が教えてくれたのでそっちにまとめておく。
外付けハードの方は、大きなフォルダそのものを移動させるだけですみそうだ。
気が付いたら結構な時間になっていた。
「尚香ちゃん、ありがとうございます。」
ナオは、深々と頭下げる。
「……いえいえ。会社のデータより整理してあったので早く済んだだけです。個人でこれはすごいですよ。」
メールや個人的そうなフォルダは見ていないが、内容的にも誰に見せてもほぼ問題のないPCというのも珍しい。
「まさか一日で終わるとは思いませんでした。」
「ははは……」
ただ、分けにくい物もあり最終的には洋子と若葉への確認は必須だ。このまま全てのデータをバックアップして残すか、音楽関係と明確な資料以外はもうPCが壊れるに任すか。写真はどうするのかも。
後は本人たちに任せる。
尚香が会議室を出ると、数時間経ったはずなのに真理がやって来た。伊那や和歌たちも一緒に来て、尚香を見て驚いてから挨拶をした。
「……尚香さん……」
と、涙目になってしまう和香。
「なら私、帰りますね。」
少しだけ近況を話して帰ろうとすると、真理が止めた。
「尚香ちゃん、待って!」
「……」
「まり、報告があるの。」
そうして、人が少ないのを確認してお茶を淹れ、もう一度部屋に戻ってもらう。その場にいた人はみんなも勝手に入って来ていた。しかも、コクッと礼だけしてあのラナ・スンまで。移籍したのにイットシーがよっぽど居心地がいいのか。
尚香も仕事だけして帰るつもりだったのに。そして少し期待してしまう。章君は元気だろうか。出張していると分かっていても、ドアを開けて入って来そうで。同時に、会ってはいけないと心が警告する。
誰かが来て、何かしら噂が立つのは怖い。あの女がまたLUSHを、イットシーを荒らしていると。
「…………」
真理は尚香の手を握って、なかなか言葉が出ない。
「尚香ちゃん……、まり……まりね………。」
真理の言葉を静かに待つ尚香。
「まり、妊娠したの……」
「!」
「もう、6か月くらいかな。まり……やっと妊娠できた……」
「ほんと?!」
少しブカッとしている上着を着ているとほとんど分からない。
「おめでとう!」
ガバッと抱き着くも、あ、刺激を与えてはいけないかと、パッと離れる。
「いいよ。まだちょっとしか出てないし。小さくて心配だけど、それくらい大丈夫。」
と言って、ボロボロ泣き出す。
大きな家を買ったのに、ずっと一人だった真理。
「心配だから、安定期に入ったけど今はツアーも銀バンもお休みしてて。小さいライブハウスとか、レストランで演奏するだけ。」
やっと妊娠できたのに、銀バンなどだめに決まっている。白バンですら怖い。
「尚香ちゃん、ごめんね………」
「……何が?」
「いろいろひどいこと言って………」
「それなら私も……ごめんね……。」
伊那は静かに聞いていたが、和香もいろいろ言いたかったことがあったらしく、あれこれ報告してくれる。ラナも黙っていたが、尚香は出張先で買ったお菓子を持って来たので、ラナさんも食べてくださいとやさしく言うと、気まずそうにうなずいた。
しばらく話して、尚香はもう行くことにした。あまり長くいない方がいい。夕方からレッスンに来る人もたくさんいるらしい。
「あ、尚香ちゃん!」
「ん?」
「まりにおめでとうと安産祈願と、ファイトの励ましに、なんかお祝いのお守りちょうだい!」
「お守り?」
「図々しいな。」
伊那が言うも、大丈夫だよと笑う。でもカバンの中には、あげられるものはお菓子などの消耗品しかない。
うーんと尚香は考えて、茶色い髪をまとめていた飾りゴムをはずした。ビーズが繋がったヘアゴムだ。
「これ。」
「!」
「100均のだけど言わなきゃ100均には見えないでしょ。」
「ありがとう!!」
真理はさっそく自分の髪に着ける。そして嬉しそうに笑った。




