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3 功君は頑張る



ある日の日中、イットシーの事務所は盛り上がっていた。



「みんな……。Cスタ行きました?」

「なんだ?」

一番大きいダンススタジオだ。

「新しい人、入るのは明日だろ?」

「違います。そうじゃなくって、功さん来てるんです。」

「功?そりゃ来るだろ。主役だし。」

「違うんです!入り前から!しかも、掃除してました!!」

「……ほう……。まあ、たまにある。何ならたまに事務所掃除をしている……」

「たまにですよね?今日は3日目なんです!!おかしくないですか??」

「…………」


それはおかしいと思う、ダンスメンバー。


あの男は程よくダンスを入れるのは好きでよく勝手に踊っているが、敢えてきちんと組んでダンスをするのは嫌いというか苦手だ。

ダンスだけならいい。けれどダンスチームを組まされた時、バンドが踊る必要があるのかと、それはそれは駄々をこねたそうな。



基本、ライブ内の功の衣装替えはあっても1回。LUSHだけの時はそれもしなかったが、汗もかくしある程度ダンサーに合わせたいので、TシャツをTシャツに変えるくらいである。しかも、突発的に。功のタイムテーブルに組み込んだり、それ以上の事をすると本人の精神が異次元に飛んでしまう。頭の中で楽曲の順番以外のタイムテーブルを把握できないのだ。時々その流れもわざと無視するが。

前もって準備させ、何時だ何時だと緊張させてはいけないので、ライブ中のいいタイミングで「功さん着替えて」とうまく誘導させるしかない。



『なんで?踊らなくていいし、あれこれ着替えなくていいからバンドに来たのに??』

と、初期はうるさかった。


『イットシーはダンスチームもあるのに、売れてる方が活躍の場を手助けしなくてどうするんだ?』

『え?LUSHは、めちゃくちゃ楽器弾いて好きなように歌って、ダイブはしないけど、いい感じに歌って2回ぐらいアンコールに応える日もあるバンドだよ?ねえ伊那。』

『え?そうなん?知らんけど。アンコール2回もしたら嫌なお客さんもいるだろ。終電遅れるし。』

耳をほじっているテキトウな男、鍵盤の伊那。

『伊那~!!』

『俺はあらゆる新しい世界にチャレンジする。』

『するの俺だけだだし。』

功以外、MVにも出てくれない。


そういうやり取りをして、それまでの男臭く音をぶつけ客を煽りながら歌うスタイルに、やっと数人のダンサーやコーラスが入るようになったのだ。



そこまではまだ、様々なバンドが小さなライブハウスでもすることで、それが合う楽曲もあるのでいい。


でも、元アイドルだし踊れるっしょ、ということで、最初のコンサートを機に大人数のバックダンサーが入り本格的な舞台にしてしまったのだ。それでも他の同規模の歌手に比べたら舞台装置的にはだいぶ地味だが、不意打ちを食らった功はコンサートの全日程が終わるとともに、しばらくぶっ倒れてしまった。


戸羽が調整し、現在は功のアドリブに付いていけるダンサーをメインに置いている。振りと全体の流れは決まっているが、完成された決まったステージではなく、功が違う動きをしてもそのまま続ければいいし、その時の感覚で演出を足し引きしていく。




今驚いているのは、その時からの付き合いのリーダーの一人だ。

「……功が?」

初日と最終リハーサル付近以外は、最後の合わせにしか来ない人が毎日一番に来ているとな。



Cスタに行くと、準備運動でもなくなぜか瞑想をしている功がいた。

「仲さん、入っていいんですかね?」

「いいだろ。もう時間だし。」

予定時間20分前だ。


「おはようございまーす!」

と入ると、待っていましたと功が楽しそうに答えてくれる。

「あ、仲さん、皆さん。おはようございます!」

立ち上がってきちんと礼をしてめっちゃ優等生だ。


「…………」

「……仲さん、今朝送られてきたの覚えて来ました!合わせいけます!」

「いや、功が出来ても他はまだだからな。もう、準備終わってるのに指導するか………、ならもう、そこと合わせるか……」


ぞろぞろと人が入って来る。

「わー!功さん、今日もいるー!!」

「うち、もういけますよ。」

「おはようございまーす!功さーん!」

と、慣れている女性がハイタッチをする。


「いて当然なのだが?」

と、思うがこんな功はおかしい。奴はこんな優等生ではない。そう思う仲田である。


なお、大人しく仕事をこなしている功は、いい人ででかっこいい男であった。最近来た子たちがほれぼれしていた。




***




「功、どうしたんだ。午前のダンスチームが最近めっちゃ喜んでいる。」

最近、会社員のように午前から事務所に出勤してくる功に、ベースの与根が聞いてみる。功、唯一の学校時代の親友だ。


「………どうもクソもない。」

「尚香さんちで朝飯食ってから来てたのに?」

1週間に2、3回、朝飯を食って来る上、そのメニューまで与根に報告していたのに、最近は金本家の「き」の字もない。


「………」

小さなスタジオで功は丸まって何か考えている。


「……もう尚香さんちには行けない………」

「なんだ?ケンカしたのか?韓国ツアーの前には仲直りしとけ。変な音出されたら困る。」

アイドル関連のイベントに他のメンバーは関わらないが、歌も提供するし重要項目だ。

「……していない……ケンカなど。」

「………」

一瞬チラッと見られ、変な沈黙が続く。この男は何なのだ。放っておいてほしいのか、気にしてほしいのか。


「なんなんだ?また茶碗でも割ったのか?」

「………誰にも言わない?」

「……言わないけど?」

「尚香さんや、俺の家族にも?」

「いつ言う機会があるんだ。」

今ここは、二人きり。


少しの沈黙の後、功はボソッと言った。



「……………尚香さんの好きな人が、俺の兄ちゃんだった……」



「ふーん。それは難儀だな。」


また沈黙が続く。


と少し考えて、あれ?っと思い功を見る。

LUSHメンバー用に置いてある大き目の布団を頭から被って、既に仕事をしてないこの男。



俺の兄ちゃん―――



「………兄ちゃん?」

は?と思う。その単語はどこから出て来たのだ。


「尚香さんが学生時代好きだった人が兄ちゃんだったから、俺との未来はないと……」

「あ、そういうことか。ふ~ん。」

と、頭の中を整理するも、再度混乱に陥る。



………。


は?


兄?

功の??


尚香さんと?



「はあっ?!」

「…………。」


「は?どういう経緯で?え?功とは別に知り合いだったってこと??」

「そうらしい……。」

「え?そんなことってある?」

「そんなの俺が言いたい………」

「っ………」

これはどうしたものか。


「……そんで、尚香さんは自分が好きだった人の義兄弟にはなりたくないから、俺とはもう会いたくないと……」

「まあ、そうだろうな!」

「…っ!」

敢えて与根に言われてショックを受けている。


「しかも、際沢とかの件を処理してくれたメインの人らしい……。らしいっていうか、兄ちゃんだけど。」

「??際沢?なんで?」

「インターンからそのまま同じ会社に就職して、兄ちゃんが仕事ができるからいろいろ処理してくれたらしくて……」

功の兄は、中高生の頃から家のや親族の厄介ごとをまとめて来たらしかった。

「同い年?」

「兄ちゃんが少し後輩になるらしいけど。」

ということは、社会人になってもしばらく一緒だったということになる。そして、あの際沢事件の面倒を見ていたということは………、その密度はともかく、尚香にとって良くも悪くも一生忘れられない話であろう。


「………それは………」

返す言葉がない。


「功。」

「…………」

「功!」

ガバっと布団を取ると、気の抜けた不貞腐れした顔をしていた。



「………」

「最初から弟って知って、功に会ったわけじゃないだろ?」

「先週たまたま知って、一番ショックを受けていたのは尚香さんだった……」

「…………」

「多分雰囲気的に……、尚香さん、お見合い話進めていいって感じだから食事しようってなって、で、兄ちゃんもついでに会って行こうってなって……。兄ちゃんの名前を知って直前で………逃げた。」

「……………マジ?」

「ショック過ぎて、俺をシャットアウトなんだけど。」

それは何の因果か。



「やっぱり呪われてる?」

「?!」

与根が言ってしまうと、超絶ショックな顔をされる。


いい感じの運命ではない。

やはり呪われていたのか。



「……みんなに言わないでね。道さんにもまだ言ってないから………」

「………言わないけど、仕事はしろよ。こなせなかったら、三浦さんかナオさんには言うからな。」

「するけど………」


「道さんには言った方がいいだろ………」

「そうだね……。道さんは、自分からはあれこれ言わないとは思うけれど……。どこまで言ったらいいのか分からなくて……」

「好きってのは知らないの?」

「美香さんも知らない………」

「ミカって?」

「よく尚香さんと一緒に事務所とか付き合った、同じ大学の同級生。」

「…………」

重要な件でよく顔を出している、頭の切れそうな女性だ。社長や戸羽とも話をしている。


「まあとりあえず、尚香さんが忘れたい際沢とかの件で関わったから、会いたくないって感じでいいんじゃない?」

「………そうだね。」



「俺、尚香さんと結婚したかったんだけど……」

「……知ってる。」

「今一番、気い遣わない人なのに………楽なのに………。私生活まで気を遣って生きたくない…………」

「………それは功の都合だろ?」

「……………」


章は人に慣れるのに、ひどく人を選ぶか、ひどく時間が掛かる。こんなに直ぐに他人に慣れたのは、金本家が久しぶりだった。


折角自分の生活にフィットした居場所は、どこか閉ざされてしまった。




どーんと落ち込む二人。

人生経験も浅い、深い女性付き合いもない20才男同士。やこしすぎる秘密を共有して、さらにドーーーーンと落ち込んでしまった。



どうしろというのだ。





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