36 もう、どうしたらいいのか
その日の夜の居酒屋。
「は?なんで久保木さん?」
「あ?章??」
その間で驚くもう一人。
「え?なんで二人が知り合い?章と?え?」
停止してしまう三者。
サラリーマンな男二人に、超カジュアルな男。
***
時は少し前に遡る。
「なんで俺、最近みんなに嫌われてるんでしょうか?」
「だから悪かったって言ってるだろ。」
そう言うのは、この前尚香と一悶着あり、正二に食事を持ちかけながら、やっぱ今度なとすっぽかした久保木である。
そして、その飲み相手はまさに正二であった。
「………はぁ………」
「俺の方がため息が出る。……同じ会社だぞ。」
「でも俺は尚香さんに長く嫌われて、その上なぜ弟にまで………」
とため息をつく正二に久保木はむかつく。
「呼べ。」
「はい?」
「その弟を呼べ!」
「は?」
「俺が聞いてやる。兄貴の何がそんなに気に入らないのか。振られた当て付けを兄にするなと。」
この先輩は何を言い出すのか。
酔っているのかと思いつつ、弟とのわだかまりに区切りを付けたい正二。今まで友人に弟を紹介したことはないが、久保木ならいいのではと思えてくる。弟の世界観も10代の時とは変わってきた。もう少し、広い世界を構築してもいいのではないだろうか。
「なんだ?その顔は。」
「分かりました。掛けてみます。」
ツアーが始まると聞いたが、忙しいなら無視か来ない、来たかったら来るだろうと電話をする。
――
そして、冒頭の通りだ。
「は?なんで久保木さん?」
「あ?章??」
「…………」
三人、信じられない顔をして、やっと分かる。
「……ん……ぁ……」
「お前ら兄弟なのか??!!!」
ものすごく驚いた久保木であった。
つまみを追加して乾杯もし直す。
「まさか、章と久保木さんが知り合いって………」
正二も驚きまくっている。
「どういう関係で……」
「あー!てか兄ちゃん、来るなら俺が資料持って来なくてよかったのに……。」
「悪い悪い、忘れてた。忙しいのにすまん。先に日本の出張先行く予定だったけど伸びたから。」
「……!……兄ちゃん今日はどこに泊まるの?」
「会ったなら一緒に帰ればいいだろ。資料も持ってきたなら。」
「!」
章は気が付く。本当に良かった。何か一歩違えば、マンションで尚香と会うかもしれなかった。
「…………」
この兄弟の会話を聞きながら、久保木は分かってしまった。
「ああぁ…………」
「なんすか?」
久保木が、下を向いてため息をついている。
「分かった………」
分かったのだ。
章を見て何か親しみがある感じ。ニュアンス的に好きな部類に入る、既視感。
正に、正二の弟だからである。
一見似ていないのにそっくりなのだ。どこかが。
全く違うタイプなのに、二人で話していると兄弟だと分かる仕草、表情、言葉遣い。
「お前ら…………はぁ………」
嫌そうに二人を見る。
「なんすか!」
なんという兄弟だ。まさか正二の弟がバンドマンとは。そして、章の兄がこんなエンタメに感心無さそうなビジネスマンとは。全く想像ができなかった久保木である。
「信じられん…………」
「しかも、俺ら三人、尚香さんに嫌われて。」
「っ!」
「は?」
ビビる章に、「は?」となる正二。
「尚香さんに?」
正二がまた驚愕な顔をしている。
「なんで章まで?え?章?」
なぜ章まで尚香に嫌われているのだ。正二は章と尚香の関係を知らない。
兄が久保木の方を向いた瞬間に、章は久保木に向かって、「しー!」と人差し指を口に当てた。
「??」
今度は久保木がビビる。言ってはいけなかったのか。
「章、尚香さんとも知り合いなのか?」
「違うけど。」
「??ならなんで?」
と正二がまた久保木の方を見るも、久保木は答えずにいる。
「……章……知り合いなんだな。」
「………見たことはある。どこかで。」
「母さんか?」
「え?」
「母さんのチェストに尚香さんの名刺が入っていた。」
「!」
「道さんの紹介だって。」
「!!」
章、もうどうしたらいいのか分からない。今度は章がテーブルに向いて顔を覆ってしまう。
「嫌われたって、母さん関係か?」
「………?」
「母さんが何かやらかしたのか?」
「洋子さん?…………」
章、何のことかと顔を上げるも、頷く。
「…………そう。」
「……はぁ……」
いい感じに勘違いしてくれたのでそういうことにしてみた。
「まあ、尚香さんも相当勝手な人だし。」
章はここで強気になるも、
「章、ちょっと難しい人だけど、根はいい人だから。」
と尚香を庇われた。あんなに嫌われてなんで尚香を庇うのだ。
しかも「章は何も知らない感」を出されるので、言いたいことがいろいろ噴出するも……押さえる。何がいい人だ。結構だらしない上にてきとうな性格で、口が回る分攻撃力も高い。
そして、逃げた。全てを放棄して。
「あれ?三人とも??」
そこでさらに気が付く。今度は章が、ハッと久保木を見た。
「……俺も振られた。しかもかなり派手にやらかした………」
「え?ほんとっすか?」
二人はうまく行くのだと思っていたのに。
知らなかった章はまたもや無言になってしまう。
それにしても尚香は、自分も久保木も振って何がしたいのだ。いつ結婚するのだ。兼代が、うちの本部長は都心マンションを余裕で一括買いできるくらい過去稼いでいるだろうと言っていたが、久保木を振るとかどこまで贅沢なのだ。
それにしても正二が困る。
「でも久保木さん。それを俺のせいにしないで下さいよ。なんで、俺なんですか?」
「お前が嫌われてるからだろ!」
「え~!!」
??
と思うも、章もやっと理解した。久保木も「正二」の親友ということで逃げられたのだろう。
そして今度は正二が爆弾発言をした。
「会えないかな、尚香さんに……」
「!」
章は即答。
「それはやめた方がいい。」
「え?なんで?章君?」
「久保木さん振られたんだよ?かわいそうじゃん。」
久保木はお前もだがなと思うが、大人なので章に当て付けはしない。
でも章は子供なので急に怒る。
「それにしても、………うざ過ぎる!」
と、小声で拳を下ろした。空しすぎる。
「こんなところで、意味の分からない男の友情をかみしめたくない……」
なぜ嫌われて振られた同士で飲んでいるのか。
「俺だって、男と飲むくらいなら女性と飲みたい。」
「久保木さんが誘ったんじゃないですか。酔い過ぎですっ。」
「……でも正二、もう尚香さんには会わなくていいんじゃないか。どうしようもないだろ。」
「でも彩香が…………」
「………」
章も、これには何とも言えなくなった。一番の友人だったのに。そして思い出す。美香のことも。
「…………」
三人黙ってしまった。
正二が簡単に、妻と尚香がこじれてしまった訳を説明してくれた。尚香と章がそこまでの関係だとは思っていないので、あくまで簡単に。
そしてせっかくなので聞いてみる。なぜ兄はそんなにも尚香を手伝ったのだ。
「でも兄ちゃん。そこまで避けられてるなら放っておけばよかったのに。」
少なくとも、際沢の件が解決した時点で。
「問題を起こした会社、俺が紹介した会社だったし……。」
その心の負債もあったのだ。際沢の事件を起こした時の会社は、正二の伝手だった。でも、事件が起こったことは尚香のせいでも正二のせいでもない。
「………それでもさ、そこまで構うのはよくないよ……。兄ちゃん誰にでもそうじゃん。」
と、章が言ったところで、正二が顔を上げる。
「誰にでもじゃないぞ。」
「…?」
章はまた、「え?」となる。久保木も。
「インターン前からの知り合いだったんだけど、いい子だなーと思ってたんだ。」
「へ?」
は?、が飛びまくる。
「いい子だろ。かわいいなと。」
「は??」
「どういう意味で?」
「だから、いいな!と思ったんだよ!!」
正二、遂に怒った。
「尚香さんだよ??」
章の知る限り、大学時代の尚香は地味で眼鏡をし、飾り気もなく髪を後ろに一つに縛って、少なくとも正二や久保木タイプの人間とは好み以前に出会うこともない、世界線まで違いそうな雰囲気であった。かわいくないということではなく、過ぎ行く背景だ。今となってはそれも面白いと章も思えるが……
えええ????
「だって、尚香さん、学生時代地味そうじゃない?きっかけは?」
「話してて楽しかったんだ。」
正二が笑う。
章も知らない、どこか遠くを見て。
「……お前、それ、彩香さんに言うなよ……」
久保木が恐ろし気に言う。まさかこいつから、こんな発言が出るとは。
「いや、彩香も知ってるから。美香さんも。」
「はい???」
今日はどこまでも、感嘆符しか湧かない。
「あ、章。美香さんって、彩香のもう一人友達な。」
知ってる。なんなら個別で説教受けてる、と章、心で思う。
「え?あれ?彩香さん、それを知っててお前を狙って付き合ったのか?」
「違う違う。彩香たちにいろいろ聞いてんだけど、尚香さんが俺をすっごい嫌ってて!」
「……!」
「嫌悪されたとかでなくて、多分鬱陶しかったのかな?二人にも、もう無理だなって言われて!」
「!」
いろいろ繋いでくれていたのだ。
「半年であきらめた!」
「!!」
これは衝撃である。章も衝撃だが、尚香が知ったらもっと衝撃であろう。どうすればいいのか。学生の半年は長い。
グイグイ距離を縮めたわけではないが、友達にはなれてたし、これ以上押したらさすがに悪いと思ったのだ。
「まあ、いいかな~くらいで、好きになるとかまではいかないし。俺だけ顔も見てくれないし。もう、あそこまで避けられると!」
懐かしいと笑っている。
「そもそも、男女関係とかに興味なかったみたいだから。彩香と付き合う話が出たのはだいぶ後だしな……」
大学も卒業して転職数年後だ。
「…………」
章はもう混乱すらカオスの中だが、一つ、今言えることがある。
山本さん愛用用語で言うと、
「それは、『好き避け』でーーーーす!!!!」と。
叫びたいが、黙っておく。ここがイットシーなら、与根や伊那しかいなかったら、間違いなく叫んでいたことであろう。
「でもさ、」
と、人の気持ちを知らない正二がまだ何かを言う。もうやめてほしい。
「でも…………」




