31 子供には理解できないから
最近、章が功として頑張っていることは、手が空いている時間に頑張っている四コマ漫画と、動画のためのショートトーク番組だ。
四コマ漫画は下手くそすぎて起承転結もないが、一応本人は「結」で終わっているつもりである。伊那がフォーマットを作ってくれたので、スタッフがチェックして時々フォトグラフィーの最後に入れている。
「章、せめて絵かセリフ、どっちか分かりやすく書いてほしんだけど。」
「え?この1コマ1コマに込められている熱量が分かんないの?」
「ものすごい含みでもあるのか?」
「いや、頑張って描いているとそんな余裕はない。」
ひねりなどない。
「三浦さんも描いてみたら分かるよ!下手くそって言うけど、描いたらめっちゃムズイから!」
「俺はもうちょい上手いぞ。」
「エビとか絶対描けないから!」
「描かなきゃいいだろ。」
別にしなくてもいい仕事である。分野外の物書きに取り組んでいる功は、音楽以上に真剣な顔をしていた。
トーク番組はいまだ寡黙を貫いているが、熱いファンとライブハウスに行っている古参ファンたちは、功は人見知りが激しいことと、しゃべらせてはいけないキャラだということを知っている。
何せ祖母も母もイギリス人なのにイギリスに行ったことがなく、それだけならまだしも英国を何も知らなかったことがバレたばかりだ。
UKロックは気怠いのになぜロックなのかと半分ネタ的に盛り上がり、そこから『そもそもロックとは何なのか』の個人的見解に移行。
功は英語が話せるので、イギリスは『ブリディッシュ』や『UK』、『ユナイテッド・キングダム』と言うことはどうにか知っていたが、イングランドやスコットランドなどは、内陸含めヨーロッパのどこかにある国か首都名だと思っていたのだ。ユナイテッド・キングダムと言っているのに連合王国ということも知らず。
「日本に生きてたら、他の国の構成なんて知らないし、日本のこともたいして知らない」と、一言。日本で生きていても、ツアーで回っているところが何県なのかも分からない時がある。
ちなみに実母はイギリスに生まれイギリスに暮らしながら、4つ国があることと、自分の住んでいたところがイングランドの首都でロンドンということくらいしか知らない。後は親戚のいる地方の名だけだ。
なおUKロックへの功の見解は、「分かりません」であった。「ロックって混乱するし、言い過ぎて今『ロック』が頭の中でゲシュタルト崩壊を起こしています」と、それだけ言いまたアンチの恰好のエサになったのである。
「おかしい。たいしてしゃべっていないのにバカだと思われている……。地図の読めない男って、これ褒めてる?嫌み?この世にナビがあるのに?」
悩む功に、みんなが優しく諭してくれる。
「失言で炎上するよりいいだろ。」
「全部失言じゃ…」
「安心しろ。俺も分からん。」
「日本人だしな!」
「共感コメも多いぞ!」
「いや、バカだろ。」
「功、世界の川と山脈と平野の名前言えるし。バカじゃない。」
ピンポイントだけ詳しい。
「それって、あらゆる車種やポテモン記憶しているうちの従弟や甥っ子と同じやし。」
最終的に次回に持ち越し、イギリスや音楽の変遷に詳しい人が解説する動画になったのであった。MCのトークがうまく、功の不足を補いほぼノーカット。
「英語を話せるだけで頭がよく見えるので、次回は英語で会話しましょう」まで、ノーカットである。
けれどこれらの動画でさらにファンは増えていくのであった。功のヴィジュアルを見に来る女性ファン以外、アンチなのかファンなのか、ただヒマなのかは分からないが。
***
「こーー!!」
と、功とアートパークで久々に会い、嬉しそうに抱き着くバイオリン太郎。
「太郎、貴様名前を呼ぶな。」
「ねえねえ、それなんやの?!」
今日の功は、スタイリストさんの知り合いの紹介でさせられたサイバーな恰好をしていた。
「幽霊盗賊を卒業して、一気に現代も越え、俺はサイバーパンクハッカー、未来幽霊盗賊になる。」
「どれもダサいけど、未来に行くほどネーミングセンスがないね。」
「馬鹿者、カッコよさより分かりやすさが先だ。それに、幽霊盗賊は布が邪魔すぎる。」
「服はかっこいい!」
「おー!幽霊盗賊!何それ!」
「あ、リアさん、こんちわっす。」
「勝手にファンタジーをSF風味にしないでほしいんだけど!!」
里愛の車でやって来たユミナやバイオリニストのニキも加わった。
「久しぶりです!楽しみにしてました!」
20分のデコボコ演奏隊のために、ピアニスト1名、プロバイオリニスト3名と、プロ並みバイオリン1名、ほぼプロ鉄琴奏者のセイレーンが集まってしまった。初めてのニキの仮装はフードを被った黒魔女だ。
実は今日はもう一人メンバーがいる。衣装を準備する暇がなかったニキが衣装を任せていた友人である。衣装関係の仕事をしているため、前回の動画を見てみんなのバランスまで揃えてくれたのだ。コスプレっぽさが減って洋画のようにちょっと洗練される。なのに、全てをぶち壊すこのサイバー男。
「はー、幽霊盗賊が衣装揃っとったらきれいやったのに。」
「…………」
自分のしでかしたことを無言で過ぎ越す功であった。
月に1回も演奏に来ないのに、常連さんたちがこの仮装集団に注目していた。もう準備は整っているので、今の演奏者の終わりに大きな拍手をし、バイオリン太郎はバトンタッチで交代。今度は彼らも見物側に加わった。
位置についてからジャーン、ジャーン、ジャーーンと、里愛のピアノで礼をすると大きな拍手が起こる。
「………っ」
太郎は少し周囲を見回すが、目的の人が現れないのでしょんぼりするも、サッとバイオリンを構えた。
そして、朝ちゃんのスティックがドラムの役割をして合図を出すと、しょっぱなから始まる。
ヨハネス・ブラームスの『6つの小品』118-3『バラード』ト短調。
4つのバイオリンが一斉に。
同じ音を。
小さなどよめきが起こり、もう拍手だ。一気に山場を越えると、朝ちゃんの指揮でさらっと優しい曲に代わり、それぞれの音を紡ぐ。
たった15分。
この中に渾身の一撃を込める………と思いきや……
実は昨日、レインでみんな自分がやりたいことの主張がありすぎて話がまとまらず、ジャンケンで勝った人優先に弾きたい曲を選び、里愛が構成したのだ。夜の即興で。
忙しいので正直深く練り直す暇はなし。いつものごとく継ぎはぎ演奏だ。
でも、みんな笑っている。観客たちが笑っている。
世界に出るために身を整えているメンバーたちの調べ。
ファンタジーな仮装なのにみんな立ち姿が美しい。幽霊盗賊も奇抜な姿なのに、それ以上に背の端麗さが目立つ。
でも一番手前で、それを全部打ち消しそうな園児朝ちゃん。無敵である。
そしてまた、小学校のようにお行儀よく挨拶をしてあっという間の20分が過ぎた。最近は撤収も一瞬で、20分めいいっぱい使える。
「ブラボー!」
いつものおじいさんも盛大にコールをしてくれ、みんな手を振って去った。
「あー!やっぱ、超楽しいんだけど!!」
ピアニスト弓奈が大騒ぎしている。
「ねえねえ、やっぱりみんなでやろうよ!ホール借りてさ!公民館の小さいところでいいし。」
「そんな暇ないっしょ。」
功はこれからクラッシュに入る。もっと入れたいのにバイトもだめだと言われたばかりだ。
「えー!楽しいよー!」
「ニキさんはどうでした?」
里愛が日本慣れしていなさそうなニキに聴くと、
「予定のスキマを狙って、集合する意味が分かった気がする……」
と、まんざらでもない。
しかし太郎、ブスッとしている。
「なんだ?太郎。」
「………尚香ちゃん、なんでまた来んの?!」
「…………」
「レインも『忙しいからしばらく行けない』だけやし!」
知っていそうな功が何も言わないので、少し沈黙が広がるも、原ママがたしなめる。
「太郎、みんなも忙しい時は来れないでしょ?仕方ないし。」
「でも尚香ちゃんはずっと東京やし、1回くらい来れるやん。」
「…………」
みんなのさらなる沈黙の後に、もう言った方がいいと思い言ってしまう功。
「………尚香さんが他で婚活するからもう会わないことにした。」
「え?」
「婚活?」
「婚活?功と付き合ってたんと違うの?」
「まじ、最近の子供はませたことを言うな……」
「すみません……」
原ママがまた謝る。
まずみんな、この二人が付き合っていたとかもよく知らない。太郎と朝の中ではすでに成立カップルではあったが。
「ん?……どういうこと?」
理解しているような口を聞きながら、理解できていない太郎。
「男友達としては近すぎるから、そばにいないほうがいいということになった。」
「え?おればいいやん。」
「ダメだろ。」
「え?仲良しなのに、結婚したい時は男友達とは縁を切らんといかんの?」
「……うん、まあ近過ぎた。」
「??ゆにちゃんと付き合うために、その友達のみきちゃんとはサヨナラしんといかんってこと?同じクラスなのに?」
「………なんだそのリアルな例えは。」
「ほんとにすみません……」
原ママ、恥ずかしい。
それは、ゆにちゃんとみきちゃんが同じ人を好きならそういうことだろうと、素早く分析する里愛と弓奈。正確な状況を言えば、あんなに距離が近いのに付き合わないなら、離れた方がいいという単純な話であろう。尚香の年齢を思えば分からない話でもない。グタグタしている年齢ではないのだ。
「??」
太郎は飲み込めない。
「そもそも二人は結婚するんやないの??」
「違うよ。」
「え?!」
太郎、ものすごいショックな顔をしている。
「僕、二人の結婚式で一曲披露するつもりやったのに?」
『愛の挨拶』がいいかな、それとも最近のポップス?功には行進曲の方がいいだろうか悩んだ夜もあったのだ。どんな曲でも尚香ちゃんは喜んでくれそうなので、どうせなら甘過ぎて恥ずかしくなるような選曲にしようかずっと考えていた。照れさせてハネムーンに送りたい。
そこに、功の衝撃な一言。
「それぞれの結婚式ですればいいんちゃう?」
「?!」
「そもそも呼ばれていません。」
原ママ、冷静になる。
「まあ、最近は人呼んで大きな結婚式する時代じゃないしな。尚香さん、結婚式とかしたがらないと思うし。」
「!!」
いろんな騒ぎの渦中にいた金本さんは、結婚式はともかく披露宴なんて気分にはならないであろう。入籍しておしまいである。
しかしこの時功は気が付いていなかった。
ませて見えて世の中をたいして知らない小学生の心を二重にも三重にも傷付けていたことを。
その夜、太郎は自分の親が離婚するとかでもないのに、部屋にこもって泣いてしまったのだ。
※おればいい・おる……いればいい、いるの方言。




