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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十二章 人魚のしっぽ

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27 現実はこんなもん



イットシーの事務所。

夜食を取っている数人のスタッフ。久々に会う人を見つけた功はここぞとばかりに甘えに行く。


「山本さーん。」

「なんだ?なんて顔してんだ?久々だな。」


「………山本さんひどすぎます。いくら最近俺と仕事が合わないからって……。僕の誕生日忘れてたの初めてじゃないですか?」

「あ。忘れていたわけじゃない。忙しかったからな。正直お前より忙しい。」

オタクな照明山本さん、自社のSNSでもお祝いしているので忘れていたわけではないが、今年は社内の誕生日パーティーにも出なかった。パーティーといっても適当に料理を広げていただけだが。


「………毎年山本さんからのプレゼント楽しみにしてたのに……」

「何いじけてんだ。」

そう言って山本さんは席に行って持ってきた宅配の段ボールをどんと出す。


「開けろ。」

「え?何?」

「開けろ!」

前に出された軽いダンボールをいそいそと開けると、それはボカロキャラの肩から掛けるボディバッグであった。黒地に線画ではあるが、大きく美少女キャラが描いてある生地を一つの面に使っている限定品である。


「え?ボディバッグ?」

「なんだ。不満か。」

「これ、僕にプレゼント?」

「見て分からんのか。」

「えー。ウエストポーチがよかったのに……」

「お前、俺の誕生日には毎年チョコミントスムージーしかくれんのに、何言ってやがる。」

しかも、誰かに言われて思い出したように。しかもしかも、山本は別にチョコミントが好きでもない。


「ボディーバッグ着けてライブ出たら邪魔だしダサいけど、ウエストポーチならどうにかなるでしょ?」

「そんなものかっこいいと思っているのか?」

どれも名前が古いが、あえてウエストポーチが着けたい功。

「それにそれをどうにかするのが、お前の仕事だろ。」

「じゃあ、このボディバッグで今日のライブする。わーい、ありがとう!」

ライブハウスのライブなので、ブランドが付いていても大丈夫ではある。


「てか、なんでライブにカバンいるんすか?」

横にいるスタッフ、いらないだろと言ってしまう。

「え?山本さんからプレゼントもらったって自慢したい。今日久々の銀バンで山本さんの照明だし。これ丹羽ちゃんに言って、写真撮ってもらお!」

丹羽ちゃんはスマホでフォトグラファー並みの写真を撮る、スタッフ随一の()え感バリバリにしてくれるカメラマンである。

「今日は俺の服真似すんなよ。お前は偽物すぎる。」

「はーい!」

そんなことお構いなしにうれしそうな功をうざいと思ってまう山本さん。功だと決まりすぎて、典型オタク山本ファッションもファッショナブル感がにじみ出て、胡散臭く受け入れがたいのである。



「あ、そういえば功さん、見ました?」

「何が?」

「この前、山本さんと仲良さそうな女性が来たんですよ~。しかも地方から出てきた子で照明関係。幼馴染でしたっけ?」

「違う。高校の部活が一緒だっただけだ。」

「……え?」



それは聞き捨てならない。




***




あの日の終末明け。



『もう大丈夫です。これからは普通で行きます。いろいろすみませんでした。』


というメッセージを久保木に送って、尚香は普通に出勤した。



これが社内恋愛のマイナス面か。どういう顔をして出てこればいいのか……という久保木の心配をよそに、尚香は文字のごとく普通であった。今は敢えて会わなければ前のディスクほど顔は合わせないが、久保木が少し遠くに見かけた尚香の方を見ると、普通に礼をされた。それだけだ。




一方尚香。尚香の席に毎日一度は遊びに来る兼代に、あきれつつも感心する。


「……私、兼代君のおかげで何だか普通に考えられるようになった。ありがとう。」

「は?何言ってんすか?」

いつも、帰れモードを出されるのに、今日は意味も分からず褒められて意味が分からなくなる兼代。


「兼代君、私の2つ下だよね。」

「そうですけど。」

「……すごい。」

「何がですか?」



尚香、悟ったのだ。


このどうしようもない兼代、今年で28歳。

なんと多賀正二(せいじ)と同じ年なのである。


そう、しょせん正二も今年で28歳なのだ。兼代と同級生。信じられないが同級生なのだ。



「え~、尚香さん。なんなんすか?なんかくれるんですか?自分、何かの役に立ちました?」

「何もあげないけれど役に立った。ありがとう。」

「えー!教えてください!お礼くださいー。」


「あとさ、兼代君。」

「なんすか、なんすか?」

「兼代君世代って、こういうアクセサリーするの?」

と、ネットでごっついシルバーアクセサリーを見せる。


「……なんなんですか?庁舎にプレゼントするんすか?」

「違います。」

「あ、もしかしてあの子?えーと大和君!」

「……え?名前覚えてるんだ。すごいね……。」

尚香の高校生の又従弟だ。兼代は結構すごい記憶力を搭載している。

「違います。兼代君世代がってこと。」

兼代、引いてしまう。

「するわけないじゃないですか。」

「やっぱりそうなんだ……」

と、金本さんはなぜか安心している。


「マジな何すか?今度は28歳イェー系男子を相手にするんですか?」

「…………」

そんなわけがないので、寒い目で見る。


「ただ、知りたかったんです。」

「まあ、そういうのが好きな層もいるけど、この歳になったら大体もう少し落ち着きますよね。そのぐらいゴッツイのはポイントにすることはあっても、そんなにバリバリ着けないですよ。人、選ぶし。」

写真のモデル男性はかなりやばいゆえに、ゴツゴツ感がはまっている。

ただ兼代。実は数個、そんなシルバーアクセを持っているが、勝手に納得して勝手に安心している尚香さんに配慮して言わないでおく。


営業兼代、内部懐柔のプロでもあるのだ。





尚香。

一旦章や久保木と距離を置いたことで非常に冷静になったのだ。


章は普段目立ったアクセサリーは着けないが、気分でバリバリに着けてくる。何それ、王之印(おうのいん)?というような国印になりそうな指輪もあれば、牢獄に繋がれてたの?世紀末?闘うの?みたいなチェーンの時もある。



そして冷静になれば分かる。


誰がそんな男子と付き合えるのだ。もうすぐ30実家住まい普通会社員なのに。

川田のように実はマッドなセクシー系という裏技もない。柚木のように、巻いた髪の向き角度を気にするほどの可愛さ造りもできない。アウトロー系に守ってもらうような、川田言うところの段差カップル的な初心(うぶ)さも備えていない。大変なことがあれば、警察か弁護士に相談するだけだ。


ジャラジャラ頑張る若者とは世界が違い過ぎる。ギャップ萌えすら皆無だ。


やはり彼はこの前まで10代だった、大人の階段を上る準備をして数段上ったばかりのキャピキャピ男子なのである。頭身問題だけでなく、横に並ぶのも無理。一緒に人生は歩めまい。


一応オフィス系女性で頑張ってはいるが、久保木の前でも何年……いや何か月頑張れるのか自信がない。少しつまづき過ぎたが、付き合う前に立ち止まってよかったと思う。




そうやって尚香はこの週末、いろいろ心の整理をしたのだ。



正二(せいじ)は兼代君と一緒。若い尚香にはとんでもなく素敵な人に思えたが、今見れば違うこともあるであろう。思い出補正だ。

章はお年玉をあげたい甥っ子みたいなものである。


みんなを下げて申し訳ないが、そう思えば正二は兼代枠なのだ。


久保木に意識過剰と言われてやっと分かった。正二が迷惑になるほど正二を意識し、いろいろやらかしてしまった。もうやらかしてしまったので、やらかした人たちに赦してもらえなくても、自分が未熟だったと反省するしかない。



心の中で何度も繰り返す。

正二は兼代ではないか。そして章の弟である。


改めて見てみれば章のような顔をしているかもしれない。申し訳ないが、そんないい加減な気持ちも許してほしい。自分の思いの中だけだ。



今となっては、柚木や川田が教えてくれた様々な恋愛漫画の、もどかしい動きをする主人公の立場がよく分かる。実際人生の岐路に立つと、その場その場の最善の選択など分からない。恋愛漫画に身の入らない尚香は、不器用OLの今時恋愛事情に半分も読まずギブアップしてしまったが、自分こそみっともなく右往左往してしまった。全部自分の都合だ。


彼らは恋をするが、それすらできずに。



最初ときめいても、何かのきっかけですぐに現実に戻って人生勘定をしてしまう。


やらかしても「好きだ」と言ってくれるような、漫画のような男性もいない。章なんて毎度見ているだけであるし、その気持ちも分かる。拗らせめんどくさいオバ女子扱いされたのであろう。少しは好きだと言ってくれた久保木にも、無理ですとはっきり言った。無理である。兼代と同じ枠に押し込めた正二だが、できる限り関わりたくない。


久保木と正二の関係が、良き先輩後輩関係か仕事的なドライなものか分からないが、正二の学生時代からのつきあいであの口調なら、それなりものを築いてきたのであろう。それを敢えて離させることにも罪悪感がある。


自分と美香を裂くようなものではないか。自分が彩香にしたことを、また正二にも負わせるのか。




……それに、いろんなことが怖い。


付き合うことも、結婚も、一人の人生ではなくなるのだ。

しかも、二人とも、1年前までは何も知らなかった人。



裏切られたら、自分が裏切ったら………突然自分の心が空虚になったら………

自分は頑張れるだろうか。



何もかもコントロールできなくなる、あの感覚。

世界も、自分も。



世界が色をなくしたような感覚を、尚香は知っている。




全部が空しくて、世界の騒音すら聞こえなくて――


必死に窓を見て、会社の周囲の雑音が聞こえることに、ホッとしたのだ。




人は思うような恋愛も、人に納得してもらえるような生き方もできない。人に文句は言っても、自分も上手く生きれはしない。人はみな不器用で、理想通りの人生など生きれないのだ。自分も、相手も。男女事情も、家族関係も、仕事も何もかも。


むしろ現実的でいいではないか。

これぞ人生という感じがする。



つまらない女、うざい、むかつく、調子に乗ってる、鬱陶しい、身の程知らず、最低、最悪………。どれも何度も言われてきた。

知らなかったのだが、社内でやはり久保木に特別に思われていたことに気付いている人たちはいた。章や久保木に関わって、今もまた言われているかもしれない。





思えば人生に来た唯一のモテ期。


それをつぶす形になってしまったが、それはそれにして、自分に合った人生を歩むのだ。

たとえ不格好で嫌われても。




婚活アプリは消してしまったが、まずは仕事に力を入れようと思う。最近は35過ぎに結婚した女性も身の周りに案外多い。焦らなくていいわけでもないが、今、無理をすべきでないであろう。



今尚香は、大学受験並みの猛勉強をしている。





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