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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十一章 孤独が私を

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25 一本道ではなくここも迷路?



正二(せいじ)?」

尚香は恐る恐る久保木に聞く。


「多賀正二。知ってるだろ。」

「!!」


知らないわけがない。そのために章と距離を取ったのに。

「………なんで久保木さんと……?」

尚香の様子に気が付いた久保木は電話を切って一旦端に移動する。


「そろそろ言っていいかなって。一緒になればそのうち会うだろうし。」

「……??」

理解が追い付かない。

「知り合いなんですか?」


「黙っててくれって言われたけど、またいつ会えるか分からないから。」

「……?」

「尚香さんを私に紹介してくれたのは正二だよ。」

「………?………美香でなく?」

尚香の反応からして、美香が正二を通したと言わないほうがいい気がして久保木はクッションを挟む。

「私も最初から加藤さんに直接話をもらったわけじゃないから。数人挟んでるんじゃないか?」


尚香は動揺する。

「………あの……私、今日は帰ります。」

「尚香さん?」

顔が青白い。


「正二君が会いたいって言ったんですか?」

「?いや、違うが。日本にいるっていうし、こんな機会もないと思って。」


完全に様子がおかしい。

「……もしかして……。正二に何かされたのか?」

「まさか!私のほうがずっと失礼なことをしていました!」

「………」

「だから……今更会いたくありません……」

「……悪かった。会いたくないならそれでいいんだけど、でも………」



正直言えば、当時正二はずっと言っていた。自分が何を言ってそうなったのか分からないがとても嫌われている、理由が知りたいと。


そして、自分を避けても彩香(さやか)は避けないでほしいと。


正二と彩香、二人の関係が進んでから、正二と尚香の溝が埋められないほどだと彩香も気が付いたのだ。



正二は、「男女問題も絡んでいたのに、二人きりでの移動もあったから配慮がなかったせいかも」とは言っていた。けれど出来る時はもう一人同行を頼んでいたし、言葉が少なくても当時はそこまで嫌われているとは思っていなかったのだ。



もう、こうなったら、尚香の心の問題だ。


トラウマな記憶と重なってしまう人。でも恩人。




「あの、尚香さん。正二は彼の在学中から親友なんです。」

「?……どうして?私は久保木さんを知りませんでいた。」

久保木と正二は10歳近く離れている。

「正二は尚香さんの2歳年下だろ?多分尚香さんが卒業してからかな。経済会の総会で会ってるんだ。」

「!」

尚香が就職して忙しかった頃。もし総会に参加しても経済会の会員は大学創立時代まで遡り数百人にもなる。会っていても会えなくても不自然ではない。


むしろ同じ大学で、同じ経済会で際沢の処理に絡んでなぜ関連を考えなかったのだろうか。

「…………。」

あまりの自分の甘さに尚香は呆然としてしまう。




久保木は知っているのだろうか。


正二の弟は章だ。



いや、知らないだろう。知っていたら今までに話題に上がっていたはずだ。酒の肴にこんなに盛り上がる話もない。




なんということだ。

正二が出てきて章を突き放し、久保木に絡んでまた正二が出てきてしまった。

これではまた、章に戻ってしまう。


イットシーを会社ごと動かしてネットの処理をしてもらったのに関係も切らず、その後また章から逃げて、真理にあんな顔をさせて。


しかも卑怯なことをした罰は、章に、イットシーの面々に、突き放されることだけではなかった。事件の後に築いた友人関係さえ、全部同じ庭の中だったのだ。



同じ庭の、ぐるぐる巡る植木の迷路。




「……………」

頭がくらくらする尚香。まさか一本道と思って突き進んだ通路が全部つながっていたとは。



この洞穴の出口は一体どこにあるのか。


「尚香さん?」

「……あ、はいっ。」

「無理にとは言いませんが、誤解は解きませんか?正二は……その、そんな悪く思っていません。」

悪く思っていないから困るのだ。なぜ正二はそんな性格をしているのだ。尚香ならそんな先輩、給料分の仕事が終わったら即断絶である。嫌みの捨て台詞でも残して去っていくだろう。


「……むしろ、ものすごく心配してて、優秀な人なのにこのまま……」

だからなぜ心配するのだ!先輩で同僚でも尚香はしょせん他人だ。正二ならいくらでも大学に友人がいるだろうに。

そしてなぜ久保木もここまで正二を立てるのだ。もうすんだことにして放っておいてほしい。


「苦手なんです!」

「!………」

「彼みたいな人は……」


嫌いなんですと言ってしまった方がいい。でも久保木にそれを言うのはお門違いだ。それではあまりにも久保木にも正二に申し訳がない。でも、何かはっきり言わないとまた振り出しだ。



「正二君、苦手なんです!もういいって何度も言ってたのに、勝手に再就職まで面倒見て……。そういうところが苦手なんです!」

「…………」

「もしかして今日私がいるって正二君に言ったんですか?!」

「……いや、まだ………」


久保木は思う。

今の尚香の人間関係はジノンシーで構築してきたものだ。就職なんて今の時代、しょせん人生の一時期の通過点にすぎない。でも部長や柚木や川田も否定するのだろうか。みんな大変な時の尚香を支えた人たちだ。尚香はジノンシーで一気にキャリアを取り戻した。以前以上の。


そして、なぜ尚香はここまで正二を否定するのか。



「尚香さん、落ち着いて。そういう話ではなくて、これを言ったら傷つくかもしれないけど、あの頃加藤さんも正二も本当に心配してたんだ。仕事に戻れなくて、何かあったらと。」

社会復帰できなくなってしまったり、自害してしまったらと。

「仕事もしていました!」

尚香も食って掛かる。休職していた時期はわずかだ。バイトでもずっと働いていた。落ち着いたら派遣社員からでも働くつもりだった。ジノンシーの今があるのは感謝だ。けれど、それ以外の人生でもそれなりに生きてこれたかもしれない。


「正二君はなんでこんなに絡んで来るんですか?他人に!」

他人?久保木としては引っ掛かる言葉だ。

「今日は正二が言ったわけじゃない。そろそろいいかなと思っただけだよ。私が。」



けれど尚香は止まらない。

「私は正二君に言いました。もういいって!だから久保木さんとまで関わってるなんて思わなくて!」

「尚香さん、待って。そこは重要じゃないから。」

「何がですか?!」

「もう就職はしてしまったし、それはそれでもういいじゃないか。過去は変えられない。もう、尚香さんにそういう連絡は取らない。ごめん。私が悪かった……。それでいいだろ?」


「!……………」

そこでヒートアップしてしまった尚香が、ハッと我に返る。


「ごめんなさい……」

「………」


「……あの………私、やっぱり無理です……。」

「…………?」

「久保木さんとは………無理です。」





くるくるくるくる回って戻ってきたところは、また迷路。


前に進んでいるつもりだったのに、ただ回っていただけ。

時計ウサギを追い駆けたのがいけなかったの?





「………なんで?」

尚香はいら立ちが隠せない。


「何でいつも、こんなことに……」


久保木と一緒になったら……正二……で、………章に辿り着いてしまったら……出口に向かいたいのにそれこそ、『結婚はゴールじゃない』である。夫婦二人の話ではない。もっとこんがらがってしまう。


でも、そんなことは言えない。



正直、ここ最近章のことは頭にないほど忙しくて、そんな薄情な自分でもあったのだ。章がいなくても自分の人生は進んでいく。炎上の当人で、そんなことを思っている人間がまたLUSHの功の前に現れたら、それまで功を支えてくれたファンや関係者にも、章にもどんな顔をすればいいのだ。


「正二君の知り合いとは……無理です。」

「!………」

久保木があまりに驚いた顔をしている。なぜ正二。久保木こそ言いたい。なぜそこで正二。自分と尚香の関係に、章でもなく正二。



「……もう思い出したくなくて、あの頃を…………いろいろと………あの……思い出すから………」

「?」


久保木は思わず言ってしまう。


「……意識過剰じゃないか?」


「………え?」

「もしかして……正二のことも疑っていたりするのか?」

「…………」

「正二にも手を出されると思ったのか?」


「!」

その言葉にまたひどくショックを受ける。


「……違います!…………」

「なら、関連付けてしまうとか?」

男性だし、意識はしてしまうのかもしれない。危険だと。

「違います!」



なんて辛辣な一言だろう。

尚香はひどく動揺する。自分は正二に相手にしてもらえるような存在だとでも思っていたのか、ということでもある。


違う、多分。

でも、意識過剰と言えば意識過剰であろう。過剰反応なのは確かだ。好きだったのだから。



「正二は大丈夫だ。奥さんと仲もいいし、そんな性格じゃない。」

「………!そんな話じゃありません!私は頼りたくなかったのに!」

彩香の存在を出されてイライラしてしまう。

「頼りたくない?本気で心配してくれた相手だぞ!」

久保木もいい加減言い返してしまった。当時の正二がどれだけ必死だったか知っていたからだ。


それに久保木、実はあちこちの営業たちの色沙汰をあれこれ把握している。英語もできてそういう業界に顔が広いと、そんな話がいくらでも入ってくるのだ。どこで女遊びをしている、あそこで会った、現地に愛人がいる、やばい集まりや女に手を出している……。久保木自身にもいくらでも誘いが来ていた。


でも、正二は何もない。

泥酔することもなく、女性のいる店や家にも行くこともなかった。





尚香も自分にあきれる。バカみたいだ。自分だけ意識して。

「………でも……」


でも………そう言った先の言葉が見付からない。もう理由なんてどうでもよくて、口から出る全部が言い訳に思えた。


本当にそうだ。自意識過剰だ。あの頃からもう何年か経っているのに、自分はいつになったら変われるのか。



もしここで、久保木が分かってしまったらどうしようと思う。正二が好きだったと。


自分はどんな顔をするのだろう。

久保木はどんな顔をするのだろう。


あきれるのか、笑われるのか、冷められるのか、嫌悪だろうか。もうどれでもいいではないか。


そういうことを恐れて、正二にも何も言えなかったのだ。

「正二君がいい人だから、意識してしまいそうなので距離を取ってくれませんか?」、そのくらいの冗談を言えたら違う関係が築けたかもしれないのに、あの頃の自分には無理だった。


バカみたいで、みっともなくって、もう誰を困らせたのか見当もつかなくて情けなかった。なぜ久保木の前でまで、こんな話を出してしまったのだろう。そして、久保木と付き合ってまた延々とこうして気を使うのだろうか。



尚香は久保木に一礼をする。

「………久保木さんとはお付き合いできません。ごめんなさい。」

「待って!いくら何でも、ずっと会っていなかった知り合いが理由でこれはないだろ?」

「……でも、私には整理ができないことなんです!」

「なんで正二のせいにするんだ?」

「あの頃のことは全部思い出したくなくて…」

「そのいい方はあまりにもひどいだろ!」

また堂々巡りだ。

「そうです!」

「!」

「私、自分が傷つきたくないからずっと逃げていました。それで……」



人生がリセットされるわけではない。それは分かる。でも、子供じみた言葉を言ってしまう。



「全部、リセットしたいんです……」

と。





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