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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十一章 孤独が私を

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24 その名は



着信の相手。


「……あら?大地?」

同じ引きこもりで神経質なのに電話に出るとは奇跡か。洋子の三人目の息子、大地である。



「…………」

ただ、向こうからは何も返事がない。


「……大地?」

『…………』

「………ママだよ。ママ、洋子。分かる?」

『…………うん………』

「大地!」

単純なので、構ってもらえてパーっ!と明るくなる。

「ママのこと嫌いじゃない?」

『………うん……』


「………あのね、大地。ママ最近、お友達ができたの!」

『…………』

嘘だろうと思うも、口にせずに大地は聞く。

「お食事もして、名刺も交換して、プニクロにも行って、カチャカチャもしたし!パンも出したし、サックスとクラリネットも出たよ。鍵盤ハーモニカ、緑とピンクも出したの。緑はもずく君にあげた。」

『…………』

どういうことだ。やけにリアルである。プニクロはまだしも、この母がカチャカチャを知っているとは。


『サックスとクラリネットはこの期間ならダイキータイキー社のもの。2年前のトイモール社は8種類ケース付き。精巧さでは300円の方でなく、ギター5種だけどトイモール社の400円のものを買うべきだよ。』

息子は急に饒舌になり、一定の店舗で淡々と、でも明確に話す。


「?何言ってるの?楽器屋さん?」

ママは息子の言うことが全く分からない。

「バイオリンはないの?」

『昨年で終了してる。』

「なになに?じゃあないの?」

『無いよ。』


「……そっか。でも、もう嫌われちゃったけど。カチャカチャ行けない……」

それは友達ではなく、始めから一歩引かれていたのだと大地は思う。もしくは最初だけ洋子の雰囲気に圧倒されて、すぐにあきれたか逃げただけである。



『………で、今回の通話の用件は?』

「あ!あのね……えっとね。最近ピアノ直したんだけどね、」

『……………?』

「直さなくても多少は弾けたんだけどね。全部手入れするとかなりかかるみたい。」

洋子、非常に精密な音楽も分かるのに、楽しければ音にそんなにこだわりはない。ノイズさえ気分に合えば何でもいい。


「あのね。章、音楽してるんでしょ。その音どうやったら聴けるの?」

『…………』

洋子が章の話をするとは思わなくて反応できない。その意図は何なのか。


「……ちょっと聴きたいだけ。今流行ってるらしいから、流行りの曲を知りたくて。」

『……………』

「大地?」

『……リンク送ればいいの?』

LUSH+で検索すればいくらでも出てくるのにと思う。


「リンク?」

『押せば画面が見えるURLの入り口で…』

「何それ?……そう、まあそのリンク送って。押すだけでいいの。」

『送った。』

「え??」

瞬時に、リンリンリンと数件通知が鳴る。


「え?え?え?どれ?」

「最初のが再生数が一番多いの。次のが一番売れたの。次がコレットのCMの30秒バージョン。次のは一番大きいアリーナのライブ。」

「………??」


「………うん、まあいいわ。適当に聴くから。」

「レインじゃないよ。SMSのほうに送ったから。」

「SMS?メールでしょ。」

「ショートメッセージサービス。電話番号を宛先にしてメッセージを送る機能。契約通信会社や公共サービスの塘内は優先的にこちらに……」

「あー、やめて。分かんない!」

大地は一度話し出すと知っている機能を全部話すまで終わらない。


「この画面が消える前に……タンッてすればいいよね。あ、動いた!」

『それ、アプリで何回か聴けばAIが判断してLUSH+の楽曲が出やすくなるから。まず下のチューブユーの英語の文字をタップして。それでアプリを立ち上げてから数回聞いておいて。』

「チューブユーは分かるよ。普段これで音楽聴くもの。ヨガやストレッチもするし。」

チューブユーのアプリで聞くのと、リンクからそのまま聞く違いが分からない洋子であるが、とりあえず言われたとおりにしてみる。

「できた!」


『…………』

母さん、章兄に変なことしないでねと言いたいが、人間関係の話になると言葉が出てこなくなる大地であった。





そして、洋子はお風呂に入り適当にスキンケアをし、久々に自分できちんとお茶を入れてショートブレッドを出し、スマホをローテーブルに立ててソファーにダンと座る。


はぁ……。大きい画面で見たい………


TVやタブレットに画面を切り替える方法を知らないので仕方なく小さい画面を見る。本当は洋子、タブレットで検索するくらいのことはできる。たどたどしいが。

でも、洋子は物事の方法を切り替えるという柔軟性が音楽以外のことで働かない。章のバンド名がLUSHと分かったのでそれでタブレットで検索すればいいと、今すべき単純な話に辿り着かないのである。「LU」まで入力するだけで、検索の推測にも出てくるのに。



そして流れてきた曲にハッとする。



あら、これ、知ってる曲じゃない。あの子の曲なの?


CMの曲である。


さすがCM、道理で聞いたことがある音だと思う。自分の知っている感覚だ。

章に自分たちのオリジナル曲を聴かせた覚えはないが、メロディーや感覚が子供に伝わってしまうものなのかと変な気持ちになる。聴いている曲に対し、自分の中に違和感がないのだ。


その対象が章というのに少し腹が立つが仕方ない。親子だ。

何か共通因子があるのだろう。



次、流れているのは真理の曲だ。


「……………」

洋子さんはいろいろ思う。なんでこんな中途半端なコーラスを入れるわけ?もったいないハモり……。ライブならもっと好きなことすればいいのに。


指がリズムを取る。


それにしても何こいつ格好つけてんの?と、MVの中の息子にもムズムズする。



数曲聴いて、アリーナのライブビデオに行こうとするがノーカットであることに気が付き放棄し、自動で流れるMVをそのまま流した。



そして今日の晩ご飯代わりのショートブレッドの箱を開けて気が付く。

「!」

いつもの長四角ではなく動物の型だ。娘良子が喜びそうである。……けれど、良子にも連絡ができない。

あ、まだ開いてない分を尚香ちゃんに!……と思うが、それこそもっと連絡できないとガクッと来てしまった。



………はあ………。

と、ソファーに身を預けながら、洋子さんはヒマヒマしているのであった。





***




章のマンション。


「なんでまた来てんの?」

「え?章君それはさすがにひどくない?」

弟に塩対応をされて困ってるのは、また日本に来た兄正二(せいじ)である。


「章の好きな焼肉連れて行ってあげるよ?カルビおいしいところ。」

「……別に好きじゃない。」

「え?なんで急にお兄ちゃんのこと嫌いになっちゃったの?焼肉行こうよ!」

「夕食食べてないの?」

「食べたけど。」

「ならいいし。」

「章~」


章がそっけなくなったのは明らかにあの食事の日からなのだが、振られたのかどうかも知らない上に、なぜここまで自分が避けられるのか。


やっぱり体調を見てあげるべきだったんじゃないか?と、前、来た時に聞いたのに、それは関係ないとしか言わない。病気?と聞いても、元気らしい。


「……最近、彩香(さやか)も忙しいみたいで、電話しても顔も見せてくれなくて……」

「………ふーん。」

「……………」


ほぼ無反応の弟に正二が落ち込む。

「……じゃあいい。ホテル行くから………」

正二がさみしそうに言った。

「っ!」


「待って!いいよ家で!」

さすがに兄を止めて、正二に冷蔵庫からペッドボトルのコーヒーとおつまみなどを出した。正二も一人ではあまりお酒を飲まない。二人して無糖ブラックを呑むと、自分に合わせてくれる弟にもう大満足な兄。

「章君、大好きなんだけど~!!」

「…………」


そして何も返さない章であった。




***




その次の日の夕方。


「金本さん………、会社の外では尚香さんでもいいですか?」

久保木に夕食に誘われた尚香は店に向かいながら二人で歩く。


「………ダメです。みんなに変に思われます。」

「そしたら半分くらいの人が変ですよ。みんな尚香さんって言ってるのに。」

「私も会社で久保木さんと言ってしまいそうだからだめです。」

「……孝成(たかしげ)でいいですけど。」

「っ!……無理です!」

首を横に振る。まだ付き合っているわけでもないのに。



尚香は少し緊張してくる。


気持ちが決まるのを待ってくれるといっても久保木ももう30後半。早く相手を決めたいことだろう。久保木から見れば尚香の29なんてまだまだ若い部類だが、尚香からしたらひどく焦りもする。



最近ずっと悩んできた。


やはり自分は自分が決めた何かを貫いていい人間なんだろうか。また間違ってしまうのではないだろうか。また火種がくすぶって、いろんなことが燃えたらどうしようと。忘れられるのは仕事に集中している時だけだ。


ジノンシーの前線組は社内で人のあれこれを詮索するタイプの人間は少ないが、それでも社内で何かあれば問題にはなる。久保木は目立つ人間だ。営業タイプの多い自分たちの課では似た物気質の者が多くそれほど話には出ないが、内勤の女性たちに人気はあるらしい。

また目立ってしまったらと不安になる。



でも、際沢の件、そして複雑な親族環境を抱えながら、他の誰が自分と付き合ってくれるのだろうか。両方知って受け入れてくれるなんて、章以外では久保木だけだ。



ずっと考えていたのだ。

今、安心できる人を捕まえなくてどうするのだと。尚香はこれまでの炎上騒ぎだけでなく、イットシーと絡む事案まで作ってしまった。

それこそ周りに防御を張られまくっている功よりも、自分の立場は不安定で危険だ。炎上しそうな案件を抱えた女性を知名度上げに利用する、東京にはそんな人間がいくらでもいる。


実際いたのだ。相談に乗ってくれるような顔をして、ネットの知名度上げのために世で話題になった人間に近づく男性が。元婚約者のように、最初はすごくいい人な顔で近づいて来て。こんな世の中の隅っこのニュースでも、毎日毎日あふれるほどニュース配信をしなければ金にならないおかしな時代。ライターや記者もすぐに乗ってくる。


そうはなりたくないし、同時に何かあった時に頼れる人にそばにいてほしい。




でも、決意しなければ先も決められない。自分も、久保木も。

進むためのけじめをつけるべきだろうか。



少し横上を見ると、頼りある久保木の横顔。やはり安心はする。


受け身ではいけないと思い、思い切って久保木の空いた片手に触れてみた。

「っ?!」

「……あ……。すみませんっ……」

驚く久保木に尚香が慌てて手を離すも、またぎゅっと握られる。

「尚香さん………」

名前はやめてくださいと言いたいのに、厚い手に握られ何も言えなくなってしまう。




胸がドキドキもし、そして、怖くもある。


未来がどこに向かうか分からない経験を、あまりにも多くしてしまったから。




そこに、電話の音がした。

「あ、待ってください。知り合いからだ。」


久保木がスマホを取って何か話していた。

「お、まじか?!久しぶりだな。」

「?」

かなり砕けた口調だ。友達だろうか。

「今、東京?ほんとか?」

そう言うと、久保木はなぜか尚香のほうを見て、少し無言で考えている。


「…………?」

何?という顔をしている尚香の髪に、久保木が少しだけ指で触れた。


「……本当は今日は尚香さんと二人で食事をしたかったけれど……」

久保木の目がじっと尚香を見つめる。


「尚香さん。少しだけ、人生を前に進めませんか?」

「………人生を?」

「久しぶりに会うのが今東京にいて、そろそろ会わせたいんだ。向こうはいいってずっと言ってたんだけど。」

「……?」

尚香はコクンとうなずく。友達でなくてもしかして……親?でも、付き合う前にそれはないだろう。いくらなんでも急すぎる。



そして久保木は電話の向こうの人物に嬉しそうに言った。

正二(せいじ)、大丈夫だそうだ。どうする?店の場所送るぞ。」


「!」

その名にショックを受ける尚香。



せいじ?


嫌な予感がして、一気に体の熱が冷えていった。






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