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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十一章 孤独が私を

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21 艶めくグロス



少しだけ力が入った、久保木の右手。


一瞬、ビクッと反応するも尚香はそれ以上動かない。

その握りあった手を章はじっと見つめてしまう。


「……………」



尚香の、柔らかく無造作に絡めた髪。


少し開いたデコルテ。


グロスが光るピンク。

リップを塗り直すのがめんどくさいから、落ちない口紅しか使わないと言っていたのに。




そんな尚香の手を握ったまま久保木が聞いた。


「章、……どうしてここに?」

「久保木さんこそ……」

「職場の人の結婚式だったんだ。章は……」

久保木は隣の女性を見る。

「同僚です。」

と章がそれだけ答えた。


真理が何も言わないので、慌てて尚香が間に入った。

「久保木さん、こちらは功君のバンドのメンバーの真理さんです。」

「あ……LUHSの。」

恥ずかしくて尚香は手を離そうとしたが、久保木が放さない。

「真理ちゃん、こちらは私の会社の上司の久保木さんです。」

「………。」


真理が答えないので尚香が聞く。

「…功君は打ち上げか何かで?」


そこでやっと、真理が苛立ったように答えた。

「………ここ、グランパのお店だもん。」

「……グランパ?」

「まりのグランパのお店だもん!」

「!」

尚香と久保木が驚く。


そして静かに呟いた。

「………まり、レインしてたのに。」

7月のこの日、食事をしようと。尚香は用事があると丁寧に断っていたが、真理は納得いっていなかったのだ。その前後も忙しく、しばらく会わないでおこうとまで書かれたからだ。


「真理たちが出会って1年目だったのに。」

え?と思う尚香。友達と出会って1年記念……をするのか。考えたこともなかったので、申し訳ないと思ってしまう。断り方がまずかったのだろう。

「……真理ちゃんごめんね。」

「それも忘れてるってことは、功と出会って1年ってことも忘れてるんじゃん…。誕生……」

まで言って功に口を塞がれた。

「行こ、真理ちゃん。」

「っうう!」


……尚香としても、恋人でもないので1年経ったところでどうしようもない。でも、その日にこんなふうに出会ってしまったのは悪かったとは思う。


「やめて!」

と功を振りほどいて、真理は尚香を睨む。

「中途半端なことして、ひどい。」


そこに後から来た飲み会メンバーたちも来てしまい、後ろから見ていた。



また手を離してしまいそうになった尚香の左手を、久保木がさらに強く握った。

「あの……」

久保木の言葉を真理が塞ぐ。

「なに?歳が合わない、生活が合わない……って違うし。他にいただけじゃん!」

そんな真理を功が引っ張る。

「行こってば。」

「功もバカ!この前まで付き合えるかもって言ってたのに!」

「真理ちゃん!」


「……真理ちゃん……」

尚香は呆然としてしまう。自分たちとおじいちゃん、家のことだけが悩みだと思っていたのに。それ以外は距離を置けば自然に会わなくなる関係だと思い込んでいた。



「真理!」

そこにナオや数人のメンバー入って来た。

ナオも尚香と男性が手を繋いでいるのを見て、一瞬ギョッとしてしまうがサッと真理に指示を出す。

「真理、こんなところで声を出さないで。尚香さん、行って下さい。」

前後に他の客も来始めていた。


躊躇している尚香を、久保木がみんなに礼をして引っ張り外に向かい、ナオも礼で見送った。



けれど、尚香の背に、真理の悲痛な泣き声が聴こえた。




***




「久保木さん、なんか……ごめんなさい。」

お店から離れたところまで歩いて、尚香はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。


「章と付き合う気だったって、みんな知っていたんですか?」

「……みたいです。でも章君とはやっぱりダメだなって………」

そして何も言わなくなってしまう尚香。


「そんな顔、しないで下さい。私も知っていましたから。」

「……………」

知っていて、あまり上手くいかなそうなのも知っていて、間に入ったのだ。


久保木が想定外だったのは、向こうの面子を知らなかったことだ。1年記念のお祝いをしようとするほど、他の人とも仲が良かったとは。






帰りのタクシーから見える夜景。


尚香の心が揺れる。



誰ともちゃんと付き合ったことがないのに、なぜ自分にうまく事が回せると思ったのだろう。


婚活は就活と似ていると言われた。一人一人区切りがつくまで待っていたら、いい人も婚期も逃してしまう。お相手が決まるまで仕方ないと。


それでも、一応区切りはつけたつもりだったけれど、あまりにも雑だったのだろうか。



自分では分からない。こんなふうに誰かに思いを寄せられているなら、そこで決めなくてはいつ決めるのかと思ったのだ。でも………


まだ何も決めていないのに、章とは付き合えないから久保木。実際そんな感じになってしまった。期間を置いたつもりでも、真理たちにはいつもの繁忙期で会えないくらいの感覚だったのかもしれない。



章の無表情な目。

困惑した久保木。




本部長は自分の身に余るような人だったのに。



でも、これはアプリのマッチングではない。

一般的な婚活?

それともお付き合いからくる相思相愛?



あれ?

私はこんな状態で、誰かと結婚までできるなんて思ったの?




***




レストランの個室では、イットシー関連の飲み会が始まっていた。


「真理~。泣くなー。」

「仕方ない、尚香さんは大人と恋愛がしたいんだよ。」

「いやまさか、あんな相手がいるとは。」

「なあ、功、知り合いなの?」


何も言わない功と、すすり泣く真理。

「尚香ちゃんは嘘つきだった……。うちの功にいい顔して、他の人と付き合ってた………」

「真理~」

「ううぅ……」


「功、あんたなんか言ったらどうなの?!」

真理を慰めるだけの功に、ラナ・スンがイライラする。

「何、あの女。とぼけた顔してさ。どんな女か見てみたいと思ってたのにがっかりした。かわいくもないのに男の間でフワフワしてるだけだし。よかったよ功。」

「ラナ!」

ナオが怒る。

「だってホントの話でしょ?相手もどうなの?あんな女の手、握んなくても誰も取らないっつーの。」


「ラナ、いい加減にしなさい。道さんが大切にしている仕事先の娘さんだからね。」

「………」

道の話を出されてやっとラナは黙る。


功も一言だけ言っておく。

「別に。尚香さん、俺とは付き合えないって言ってたし。俺も無理だなって思ったし。久保木さんのことは俺も知ってたし。」

「!?」

尚香は奥手だと思っていた真理はショックを受ける。功と付き合えるらしい話は幻だったのか。


ショック過ぎてずっと顔を上げずに項垂れていた。




***




そして尚香は、後に後悔する致命的ミスをしてしまう。



和歌にイットシーの飲み会に誘われたのだ。ナオや真理もいると。多分お互い、この前のことをきちんとしておきたいと思ったのだろう。


今回も尚香は、律儀に挨拶をすべきだと思ってしまった。前にこの業界の人間に関わりたくないなら、スルーすればいいと言われたけれど、やはり相手は心を持つ個々人でもある。なおざりにしてもいけなかったのだ。


章にだけさよならを言って、誰にもきちんと挨拶をしていない。正直もう、章のことも、正二のことも頭にないほどにあれこれ考えこんでいた。


真理ちゃんをあんなにも泣かせてしまった。

あの後ナオに連絡をしたら、ずっと沈んでいたと言っていたのだ。あんな賑やかな業界で、こんなにも自分との関係を密に思ってくれているとは思わなかったのだ。こちらで解決するから気にしないでと言われたけれど、ナオにも責められている気がした。大型ツアー前になんてことをしてくれたのだと。



『いつも問題を起こすんですね』

『自分のせいだって、思わないんですか?』

『あんたのせいでうちの家族が!』


乗り越えたつもりでも、いろんな過去が何度も頭を飛び交う。


ツアーに響いたらどうしよう。章には嫌われたかもしれない。それは分かっている。みんなに嫌われても仕方ない。でも、真理をあんな風に泣かせるつもりはなかった。





そんな思いを抱えて、和歌に呼ばれた居酒屋に向かう。


「あ、はい。そちらのお客様でしたらこちらです。」

店員に案内されて尚香は怯んでしまう。和歌に誘われた飲み会がこじんまりしたものだと思っていたら、尚香も知らない顔ぶれもいるほどのお座敷だったのだ。

これから大きな仕事に入るので、その前の激励会でもあった。



「え、あ………。ありがとうございます。」

去っていく店員にお礼だけ言い、靴の数を見てこれはよくないと戸惑ってそのまま帰ろうとしたところに、知っている顔が尚香を後ろから呼ぶ。


「あれ?尚香さん。お疲れ様です。中に入って下さい。」

時々飲んでいた女性スタッフだ。

「永井さん、待って下さい。私、帰ります。」

「え?何でですか?」

「いつもの女子会だと思ってたんです。」

男性がいてもバンドメンバーや三浦くらいかと。

「大丈夫ですよー。ちょっと功や真理、応援してあげて下さい。」


「和歌さーん!尚香さんですよー!」

そう言って引き戸を開けてしまう。

「!!」

「?!」

中心メンバーが振り向くので、一瞬シーンとなってしまった。


「……」

功が目を見開いている。

なぜ尚香が?


「あ、尚香さんどうぞ!」

と、何も知らない和歌が真理や章、与根のいる方に引いていく。

「真理ちゃん、私が呼んだの。ちゃんと来てくれたでしょ?」

と、うれしそうな和歌と気まずそうなメンバー。和歌に押されて仕方なく尚香は真理の方に座る。


「………」

「…………」

何しに来たの?という顔を周りから向けられ、尚香は苦笑いしかできない。

「……あれ?」

和歌も少し戸惑っている。


「……なんのつもりなの?この人。」

ラナが微妙な声の大きさでボソッと言って、サワーをすすった。




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