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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十一章 孤独が私を

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18 災難続きの日々




「ちょっとお姉さん、向こうで話しましょう!」


と、(オギ)さんは尚香の背中を押しそうになったので、尚香は思わず避ける。尚香が男性に触られるのが苦手なことを知っているので章が慌てるも、荻はすぐ察して両手を上げて触らないジェスチャーをして、スムーズに促した。

「あー!ごめんなさい!あっち、あっち行きましょ!あの端っこ。少し離れた。」

何かの勧誘でもしていたのかという手際の良さで、ベンチの方に向かう。

「え?俺は?」

「章は少し後で来い。」

「えー!ヤなんだけど。」

と言うも、荻は章を追い払い、尚香を座らせ一人分ほど距離を置いて横に座った。



「…………」

呆気にとられる。章の周りに普通の人はいないのか。この手際の良さは何だ。

「………あの………、堅気の人ですよね?」

「え?お姉さんもなかなかで。普通初対面で名前も知らない人にそれ聞きます?」

「普通の人は、断っている人をこんなスマートに誘導できませんが。」

状況の切り替えも上手い。ホストには見えないし、水仕事の勧誘か。

「普通に建設業ですよ。昔、皿洗いはしてましたけどね。大手とかではないですが。まあ、章も水商売だし。そう思えば普通です。」

「…………」


「章とは痴話げんかですか?」

「違います。章君、何でも言っちゃうから私の友人と何があったのか知りたくて。」

簡単に尚香から説明を聞いた荻は考える。


「………んー。いいんじゃないですかね。そのままにしても。」

「……そうでしょうか。」

「それこそお互い大人なわけで、お相手の方もいいって言ったんでしょ?」

「………はい……」

大人な美香がそう言ったのだ。


考え込んで分からなくなって、そういえばこの荻さんは何者かと言うところに戻る。

「………あの、失礼を承知で言いますが、芸能界って今もやっぱりそういうところなんですか?荻さんも……」

「……いや、私は別に。母親が水商売……と言っても一介のホステスですけど、そのくらいで別にヤクザも芸能界も関係ありません。」

「…………」

失礼と思いつつも、まじまじと服を見てしまう。時計以外なんのアクセサリーも付けていないのに滲み出ているアウトローな何か。


「尚香さんこそ章と付き合ってるんですか?」

「………いえ……。」

なぜいつもこうなるのだと思ってしまう。付き合っているのか、別れたのか、その質問しか最近されない。

「コウカさん、もしかして道さん知ってます?」

「……お母さんですよね。その経由で知り合ったんです。」

「え?ホントですか?道さん元気ですか?」

萩、うれしそうだ。

「…………」

距離を置いてしまう尚香。そして、以前聞いた道のセリフが反復してしまう。



『いろいろあって私を庇ってくれたんだよね……。その時………』



ヤクザな人がヤクザなことをしたのだろうか。

「もしかして章君、過去に暴力沙汰に巻き込まれていますか?」

もう章とは関係ないと思いつつ、安心したくて聞いてしまう。章が暴力を振るったのではないと。

「え?」

「道さんが、自分を庇ってケガをしたって……」


荻が驚く。

「……そんなこと道さんが話したんだ………」

「あの、知ってるんですか?もしかして口の中、怪我をしたとか?」

「…………」

まさかビンゴ?キックボクシングでも、交遊関係でもないと聞いたので適当に思っただけだが。

「章君が、先に相手に怪我させたんですか?」

「………」

荻は考え込んで口を開く。



「ああ……。道さんって、敬虔なプロテスタント信徒だったって、知ってますか?」

「クリスチャンってことですよね。知ってます。」

「そんで、昔の話なんだけど、拉致されそうになったんだよね………」


「拉致?」





――――




あの頃。

アイドルに失敗して韓国から泣く泣く戻って来たばかりの頃。



渋谷の喧騒が聴こえるような、聴こえないような裏通り。

そこで暴行を振るわれていた『功』を見付けたのが、荻とその仲間だった。


4人相手に少し小さく見える男の子。


相手は、一度アイドルになった人間が騒ぎを起こしたら、自分たちが悪かろうと傷が付くのはお前だと余裕だった。そこにたまたま居合わせた荻が助けたのだ。荻の仲間も何人かは見た目はチンピラ。偉そうだった男たちもヤバいと思ったのか去って行った。



血は流していなかったが、数発顔を叩かれて髪を切られていたその男の子は、人を殺しそうな目で荻たちにも睨み返していた。


荻はそんな子供のデコを手のひらでトンと(つつ)く。

「ガキ、なんて顔してんだ。」

「…っ!」

「俺に反抗すんな。あんな馬鹿そうな奴らでも、下手したらうまく何か飲まされるからな。最悪だぞ。」

「………」

「この辺が家か?それとも……なんかしてるのか?家帰った方がいいぞ。家出か?」

「……」

「親、外国人か?」

少し茶色の髪で、茶色い目をしている。


口少ない子供をなだめて最後にメモを渡した。

「俺は、(おぎ)。ここに電話番号があるから何かあったら電話しろ。」

「………」

「別に取って食ったりしないぞ。勧誘もしないし。」



「章!」

そこに駆けて来たのが、GPSで章を見付けた道だった。


大の男3人に囲まれて、髪がザクザクになった息子を見て蒼白になる。

「章!!」

勇気を振り絞って間に入り、章を抱きしめる。

「蹴るなら私を蹴りなさい!!」

と叫んで、何も攻撃が来ないので恐る恐る顔を上げると、無表情の息子と呆れかえっていた男3人がいた。


「……?」

「母さん、この人たちが助けてくれた。」

と、息子が棒読みで教えてくれる。

「え!!?」

と、今度は道が驚くので、荻さんは思わず笑ってしまった。




その時の印象がよかったのか、章は一人になってからその電話番号を歌にして、口の中で何度か繰り返す。数字と思うと覚えられないが、歌なら記憶にできるからだ。



荻さんはその街のことをよく知っていて、昔はちょっと荒れていらたしいが、今は普通に暮らしているらしい。




***




そしてそれから大分経ったある日。

夜と夕方の合間。



決定的なことが起こる。



人ごみ離れた道を歩いていた道は、横に停車した大き目の車から降りて来た女性に突然声を掛けられた。

「道子ちゃんだよね。」

「?」

「覚えてる?昔日本にいた時以来?」

「……?」

困っているともう一人誰かが出てくる。

「道子ちゃん、久しぶり。君の叔父さんだよ。」

「叔父さん?」

「お父さんのお葬式まで行けなくてごめんね。香典はお願いしたんだけど。」

それは少し離れた関係の親戚だった。在日の従姉の姻戚、日本人の叔父さんと叔母だった。父の葬儀をしたのは韓国。来れなくてもおかしくはない。

冠婚葬祭などで会ったことはある気がする人。けれど、何かの違和感。



始めは柔らかな話をしていたのに、急に一緒に来ないかと誘われる。


その結婚は、変な日本人に騙されているのだと。


「彼ら、私たちに挨拶もしなかったじゃない。」

「……?私も叔父様たちの事をあまり知りませんが?」

「あなたの夫が避けたのでしょ?一時こっちで過ごして冷静に考えたらいいから。」

「叔母様?何をですか?私は結婚したんですよ?一人で勝手にそんなことはできません。それに避けたのはお互い様です。」

親類一同、揃いも揃って日本側も韓国側も気が強かったから。


すると、もう一人車から男性が出て来て同じような話を始められ、道は危機を感じ始めた。

洗脳されているとか言い出すのだ。意味が分からない。自分が自分の判断で正一に迫って迫って結婚したのに。




それに気が付いた、待ち合わせをしていた章。

茶色寄りでも目のいい章には、道が嫌がっていると分かった。


「母さん?」

数十メートル前で何かが起こっていると判断し、章は駆け出す。そしていつもならこんな時そのまま飛び出してしまうが何人乗りだろうか。本能で敵わないかもと悟った。遠くて暗いが、運転席や助手席にも男が見える。



焦るも、無意識にあの番号を歌う。



0X0-68XXーXXX…………


電話を掛け、彼の名を。

「荻さん!」

『?…誰だ?』

「章です。」

「ショウ……」

「山名瀬章!母さんが……」

「ああ、この前のガキ!どうしたんだ?』


「助けて下さい!」

『あ?』

「濃いグレーの車です。道さんが誰かに引っ張られてる…」

『は?どこだ?』

「渋谷です。」

『渋谷のどこだ?』

「分からない………」

『道路標識や電柱に書いてあることを教えろ!近くの信号名がいい。車のナンバーも分かったら覚えておけ!』



会話の後から章は全力で駆け出した。


一方道の側は、ひどく抵抗された叔母が慌てふためき、叔父も困っていた。

「きちんと話せばわかる!!」

乱暴に道を車に押し込もうとしたところで、助手席からガタイのいい中年の男が下りて来た。

「早く!乗せろ!」

人影も見え、男が焦っていた。

「母さん!」

「逃げて!!」

気付いた道が言うも、章は一気に男たちに向かって行く。


ここで、相手側が見間違えたのは、章の力だった。あの頃は痩せてからまだ体重も戻らず、細い男子を見て軽く押さえられると思っていたのだ。


けれど、章は強かった。

「なんだ?!」

ここでひどい乱闘になり、章に引っ張られて地面に叩きつけられた叔父を見たもう一人が、焦って章に蹴りを入れられたのだ。

「章!」


でも、章には全くこたえていない。普通ならそれで怯えて反撃してこないのに。実際蹴られてもいない叔母が、そして叔父が一番怯えていた。

章は痛覚など無いようにすぐに向かって来る。運転席で待っていたもう一人も仕方なく車を降り、章を押さえようとした。警察に通報しようとした道は、起き上がった叔父に後ろから羽交い絞めにされる。



その乱闘の中にさらに2台、黒い車がそばに停車し、道が絶望した時だった。


「いい加減にせんか!」

と、降りて来た男たちが押さえ込んだのは、章ではなくグレーの車側の男たちだった。



「章!」

叔父から解放された道は、二人の男を相手にしていた章に駆け寄る。

「章、章!!」

そこで道は激しいショックを受けた。章の顔がひどく血まみれだったのだ。





これでメインキャラは全員登場しました。


かなり遅い出になってしまいましたが、本来、上下二部にするはずでしたのでもう少し前に出る感覚でしたが、ポッと出みたいになってしまってすみません。もしかして全部描き切ってから、構成を一部変えるかもしれないです。


荻は、ストーリーの根幹にいる人物ではありませんが、物語の進む先に関わってくる感じです。



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