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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十一章 孤独が私を

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17 私だけが



美香が驚く。


「誰?章君の知ってる人?」

「……相談されるような仲じゃなかったんですか?」

「…………」

美香は少し取り残された感を感じるが、尚香も社内の話なので慎重にしているのか。


「それに尚香さんからしたら、俺は最近会ったばかりの子供に過ぎなかったんだろうし。思い入れ無いでしょ。」

「は?何言ってるの?それも分かってたことでしょ。今更何言ってるの?」

そんな軽い関係のつもりで、女性のいる家に出入りしたのか。ならなぜ章は、付き合うつもりで家族とまで縁を深めたのだ。可能性がないならもっと前で引くべきであった。


「………尚香さんから聞いて下さい。……もういいよ。」

と立とうとする。

「ちょっと、『誰でもいいんだったら、やめてくれない?』って言ったよね?」

「……尚香さんが俺では嫌だって言うんだから、仕方ないじゃないですか。いろんな人に言われていい加減イヤなんだけど。」

「ねえ、何があったの?」

「……何もないっす。これ以上どうしろって言うんですか?!」

と、章は少し怒った。



美香は戸惑う。

尚香が他になびいたのか?今、可能性があるのは久保木だろうか。何となくそんな気がしていた。


でも、金本家と山名瀬家があんな関係になってそんなことがあるのだろうか。少なくとも、章が納得していなさそうな状況で。


「ねえ、章君!」

「いい加減にして下さい。」

遂に章が怒ってしまった。


「だいたい美香さんはなんなんすか?俺と尚香さんの関係がどうであろうと、そこまで美香さんが介入します?お互い大人で、美香さんちに出入りしいてたわけでもないのに。」

「……なんだかんだ言って、お似合いだと思ったから……。結婚までするんだって。」

それを聞いて章が黙ってしまう。


「……二人、楽しそうだったじゃない。」

「尚香さんは別に俺とじゃなくてもいいみたいですよ。」

「怒ってるの?」

「怒ってません。」

「私に?尚香に?」

「怒ってません。なんで俺にそこまで言うんですか?」


「だって、尚香には幸せになってほしいから。章君が幸せにしてくれるって思ってたから……」


「ご期待に応えられなくてすみません。」

と行こうとする章をもう一度引き留めた。

「章君、あの……」


「いい加減にしてください。何が言いたいんすか?それは、美香さんと尚香さんとの関係ですよね?」

章は言ってしまう。

「尚香、尚香って、美香さん。自分の事をどうにかしたらどうですか?人のことばかり言って、自分のことを先にすればいいじゃないですか。そんなに結婚がいいなら、自分がさっさと結婚すればいいのに!」



小さなスタジオがシーンとしてしまう。



章が出て行こうとすると、美香が小さく言った。


「私、加藤が夫の姓なんだけど。」

「?」

章が振り向く。


「今、夫の名字なんだけど。」

「……?」

尚香が、美香は一人暮らしで時々家に泊まりに行くと言っていた。別居?



美香は力なく笑う。


「………私だけ残ったんだ。」


「………」

出ていかれたのか?



「私だけが生き残ったから………」


「!」



「私が誘ったの……。彼、疲れて寝てたいって言うから、でも……なかなか休みがないから、連休は親子で出掛けようって。私が運転するからって………」



章が信じられない顔で、美香の顔を初めて見た。



「私だけ生き残っちゃった…………」



「…………」

「そのあと、ずっと支えてくれたのが尚香で……だから……。だから、尚香には…………」

まで言って、美香はうわーと泣き出してしまった。




身動きができない章と、

子供のように泣き出した美香。


ジノンシーで知る女性で、誰よりもしっかりして、凛々しく見えた女性だったのに。



「美香さん!!」

音が漏れていたのか、待っていた和歌がドアを開けた。近くにいたナオもやってくる。

「功!何をしたの?!」

功は反応できない。

「功!」


「ごめ……違う。私が……功く……は悪くない……っ。私が勝手に……言ったことだから……っ」

とぎれとぎれに美香が伝えるも、章は何も言えなかった。





***




しばらくして、慌ててイットシーの事務所に入って来たのは尚香だった。


「尚香さん!」

ナオがホッとする。

「美香は?」

「あっちの部屋で和歌が見ています。」


もう来ないと思っていた事務所。人気のいない廊下の先の小さなフロア。個室から少し離れた椅子に章が座っていたが、尚香はそれも見ずにその部屋に向かった。

「美香!」

「……尚香……」

大分落ち着いていたのに尚香を見たとたん、また美香は泣き出した。


「尚香さん、お話しした通りです。今日は美香さんと一緒にいられますか?」

追い付いたナオが優しく言った。泣いたまま帰るつもりで飛び出した美香を、ナオが引き止めたのだ。

「はい。……美香、大丈夫?」

美香が静かにうなずく。


部屋から出て来た女性たちを見て功が立ち上がるが、尚香はそちらを見なかった。その様子にナオたちが気が付くも、美香の方から声を掛ける。

「章君、………ごめんね。」

「………」


何も言わない章に、ここで初めて尚香が突っかかった。

「章君、何言ったの?!」

「尚香、違う。大丈夫だから。」

美香が止めるも、普段自分に言うような調子で、好き勝手言ったのではと、いたたまれない気持ちになる。


「章君!」

「………」

「尚香、やめて。」

美香の様子に尚香は引いて、そのままバックヤードから事務所を後にした。




***





大学を出てすぐに結婚。



子供はまだ赤ちゃんだったから、記憶が残るわけでもない。


けれど写真は残せるし、

子供にも、自分たちにも、年代ごとに楽しかった家族のそんな感覚や感性を残してあげたかったから。



やっとできた大型連休の2日目、一日だけ旅行に行こうと言ったのだ。


運転はするから後ろに子供といてもいいし、横で寝ていてもいいからと。




横車線の車が何か少しおかしくて、その時はそれなりの交通量があってどこに回避しようか戸惑っていた時に、気が付いたら大きな衝撃が来て、それからはあっという間だった。


ハンドルを握っていたのが自分じゃなかったら、上手く回避できたかもしれない。






***




その次の日、尚香は久々に章に会った。


章が私用でいる場所に尚香が電車で移動する。降りた駅からはそれなりに歩く場所。

大事なことだから話しておかなければならないと思ったからだ。



マスクも眼鏡もしている章は、この前の事務所で見かけた時のように黙り込んでいる。

「……美香に聴いた限りは、美香が自分が悪いって。でも、なんでそんな話になったの?」

「…………」

話をしにくい章は、何も言わない。


それに敏感な章には、美香の重荷は抱えきれなかった。



その代わりしばらくしてから、全て飛ばして美香に言われた根本的な話をする。


「尚香さん、あのさ。」

「…………」

「やっぱさ、お付き合いしようよ。」

「……?」

こんな時に何を言い出すのかと思う尚香。


「いろいろあったけどさ、この前食事をしてくれたのはさ、そいう未来も考えてだろ?兄ちゃんのことはもう別にできない?」

「……章君、何言ってるの?今日はそんな話をしに来たんじゃないよ。人には言って駄目なことがあるでしょ?」

「…………?何が?」

「美香、事故で………」

「あー。それは美香さんから話したことだから。それに美香さんが……てかさ、それはよくてさ。」

事故のことに触れたくない章は話を逸らす。

「よくてって、章君!」

「………っ。」

尚香は章を牽制した。久々に思いっきり名前を呼ばれて章は複雑な気持ちになる。


「章君、何でも思うことを口にしたらだめだよ。」

「…………」

「分かってるの?」

「……………」




と、そこに誰かから声が掛かる。



「章?」

間に入って来たのは、章と同じくらい背が高そうに見える、髪を後ろに流しスーツを着た男性であった。

(おぎ)さん!」

「………!?」

慌てる尚香。スタッフだろうか。仕事はないと聞いていたのに。

しかも、スーツの着方が普通のサラリーマンではないことに気が付いてしまう。自称デザイナー章の時とも違い、何というか……ふつう黒シャツにスーツ合わせる?と聞いてしまいたい。


「親戚?……あ、親戚ですか?」

また親戚なのか。どれほどいるのかと思うも、男性の方から教えてくれる。

「いえ、章の友人ですけど。」

「え?章君、仕事以外で友達いたの?」

友達という感じではないが、素で驚いてしまう。


「今、尚香さん、『何でも口にしたらだめ』って言ったのに、俺にめっちゃ塩だよね。ひどすぎる。」

「!」

尚香、しまったと思ってしまう。その通りだ。まあ章も、今更尚香に言われたところで何とも思わないが。

「……そうだね。ごめんね。」

そう引き下がった尚香を、オギと呼ばれた男性は不思議そうに見ていた。



「なんだ?章。そちらの方も一緒に行くか?食事。」

「尚香さんはいいです。」

名前を言ってしまう章に、尚香は不満の顔を向ける。他人にむやみに名前を教えないでほしいと言っているのに。でも意を決して章に会ったのに、これでお開きか。美香も詳しいことを言わないので、なぜ美香が身の上の話をしたのか、その上であんなに泣いたのか知りたかったのだ。


「なんか悪いな。俺が早く来たから。」

「いいえ、構いません。章君、私行くね。」

しょうがないと帰ろうとする尚香に、章は思わず言ってしまう。

「え、構ってよ。」

「?」

「は?」

荻も目を丸くする。


「構ってよ。」

先日はさすがにそんなことは言えなかったが、章、構ってほしかった。今日だって電話が掛かって来て会えると知った時、ちょっとうれしかったのだ。

「尚香さんは何も期待してなかった?」

「人のいる前で何言ってるの?しかもそんなことを聞きに来たんじゃないし!」

「……??」

尚香があしらうも、荻はちょっと興味深そうだ。


「……え?コウカさん……ですか?ちょっとお話しません?」

「すみません、お断りします。」

「あーいいの!こいつ抜きでいいから!」

と章を指す。





●既にインプラント

『スリーライティング・中』31 痛み

https://ncode.syosetu.com/n1546jw/31

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