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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十章 飛び出すクイーン

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11 ちぐはぐなあなたの中にも



あの、詐欺釣書を書いた人!!


「あの後、章が尚香さんって言てったから!漢字がちょっと変わってるって。」

「~っ!」

信じられない尚香。

「何?知り合いなの?」

洋子がキョトンとしている。


「あー、こんなかわいらしい子だったんだ!」

「………」

大人にかわいらしいとは。背が低めなだけである。だが155センチなのでかわいらしいとも言い難く微妙だ。騒いでいる広大に、尚香は喝を入れてしまう。

「あれは詐欺です!」

「……え……」

「あれは詐欺です。」


「20歳を26歳ってひどすぎます!」

「あー、ごめんごめん!20じゃ若すぎるしなーって、あいつの兄ちゃんの歳にしといた!」

と笑っているので尚香は頭にくる。正二(せいじ)の年齢を書いたのか!


「でも、章の釣書そのままじゃ絶対に女性に相手に失礼だし。」

そうは思うが、相手には関係のない話だ。年収100万円で自由人と名乗り、年齢は22歳でもありえないと思ったのに、20歳と知っていたらお見合いに行きさえしなかったであろう。



「それに、いつも俺が清書してるからさ。」

「いつも詐欺をしてるんですか?」

「え、それ以上詐欺って言わないで………。章が、親の付き合いでお見合いするだけだから好きに書いていいっていうし……」

「失礼過ぎました。」

「ごめんなさい……。でも、私が普段、章のデザインの清書をしてるんです。」

「……デザイン……?………あ……」

章の落書きのような下手なラフから、この人がきちんとした指示書や図面を書き出していたのだろうか。


「このお店の、一番最近の改装、章の仕事なんですよ。」

「っ!!」

「なぜ、恐ろしいものを見るような顔をするんですか。」


もう、章の話に深みはいらない。


二人の会話を聴いていた洋子があちこち見渡す。

「……そうなの?前と似てる気がするけど。色と……ちょっとあれこれ変えたくらいじゃないの?」

20年以上の前のことも覚えているようだ。

「メインの絵やステンドグラスはそのままだからね。ピアノも。」


そんな洋子を見て、広大はいたずらっ子な顔を向ける。

「………洋子ちゃん、ピアノ弾く?」

「……うんん……。」

洋子は黙ってしまう。

「ごめん。ちょっと急だったね。」




演奏する洋子の隣には、いつも道子がいて、ステージのリードも道子だった。


洋子と違ってふんわりした髪の、そう、柔らかなお姫様。

口を開けば洋子より強いのに、彼女の歌声は青々として柔らかい。


道子の軽快なトーク。一気に場を変えるのは洋子の演奏だけれど、そんな洋子が客席に出られるのも礼が出来るのも、道子が導いてくれたから。


優しいエスコートで向かえて。


今はもう、半分しかない。

手も、半分しかないのだ。完璧に動くのは右手だけ。



この辺りは祖父母の代から裕福な家も多く、海外の国家公務員も住んでいるような高級住宅街もある。

こんな洒落た店に来るような、耳が肥えた客を満足させられる演奏は、もうできない。




あの日の演奏を思い出しながら、店内を見渡し、広大は楽しそうに話す。


「若いと、足す仕事にしてしまうことが多いだろ?ド派手にしてしまったり。でも、章は調和も考えられるから、元あったも物とその雰囲気を活かして、少し(おもむき)を変えるんだ。」


意外だな……と尚香は聞いているも、よく考えれば章はそういう人かもしれない。


「このレストランを大切にしてきた人たちの世界を残して………」

広大はこのレストランのメインにある大きな抽象画を眺めた。


「そこに少しだけ変化を加える。」



章は少し若者らしくないところもある。


ずっと一緒だった人たちが大好きで、人付き合いが苦手なのに、ソロよりも誰かといたい派だ。

自分だけで誰よりも目立てるのに、いつも誰かを待っていて、誰かのために自分を準備している。




たとえ誰も、来てくれなくても。




「尚香さんは……、洋子ちゃんとご飯まで食べに来てるって、お見合い上手くいったんじゃないの?」

あの釣書にあの章でどうやって上手くいったのか知らないが、あの洋子が明るいのだ。


「章君に、酵素ジュースをぶちまけて帰りました。」

「……え?」

広大は、急すぎる展開に笑顔のまま「え?」となってしまう。

「釣書原本を読んで、態度もあまりに失礼なので、帰りました。」

「…………あの原本読んじゃったの?」

それはかわいそうだ。それでも関係が続いているのなら、上手くいっているのではないのか。


「それでも、章君はいい子だと思ったのですが、若過ぎるしやっぱり合わないし、あんなに有名になってしまったので、他の人とお付き合いすることにしました。」

「えっ?!」

今度は洋子がびっくりして固まっている。このくらい言っておくのがいいかもしれない。いずれはそうなるかもしれないのだ。



「あれ?尚香さん、失礼ですけどおいくつですか?」

「………29です。」

「……29……。章は20だし……それは考えるかも……」

9も離れている。それは迷うであろう。25歳と35歳の差とは違い、20歳と30歳の差は大きい。まだ現役大学生の年齢の上に、章はあの性格。当たり障りのない雰囲気のこの女性には難しいかもしれない。一体どういう経緯で洋子ともお付き合いすることになったのか聴きたいくらいだ。

あれから章とは仕事で2回会っただけで、広大はゆっくり近況も聞いてない。



「……尚香ちゃん、お付き合いしている人が他にいるの……?」

ショックだった洋子がやっと話しだした。

「検討中の人がいます。」

久保木を思い出すも、久保木は断ってしまった。

「…………」


「なので、私、山名瀬さんたちとはもうあまりお会いできません。」

「………………なんで?」

何でと言われても、章はレアケースな人物なので難しいんじゃないでしょうか?と広大は洋子に言いたい。バンドマンな上にあの性格。

第一洋子さん自身がレアな人である。しかも章の今の母親は道であり、考えてみれば尚香は道の職場の知り合いと聞いていた。なぜ洋子と仲良くしているのか。けれどこの1年近く、みんなと何か付き合いがあったのは確かであろう。


尚香はゆっくり、いつもの理由を話す。

「これからお付き合いする人に、お見合いで会った彼やその家族と仲良くしているのは失礼だからです。」

全うな意見だ。黙っていれば目立たない、どこにでもいそうな普通の子に見えるのに、見た目だけで威圧感がある洋子にもしっかり話をしている。知らない人が見れば、モデルと付き人だ。

もしかして章をすっ飛ばして、洋子に気に入られてしまったのか。まさか、洋子、普段一人なので人の良さそうな尚香さんを、都合のいい自分のお友達にでもする気か。

「今日は良子ちゃんに引っ張り出されたけれど、曖昧に洋子さんとお別れするよりいい機会でした。ちゃんと挨拶ができたし……」

「!……」


飲み込めない洋子を広大が宥めた。

「……洋子ちゃん、章と尚香さんではちょっと環境が違い過ぎるかもね。」

「そういうことです。なので洋子さんも、あの、知り合ったばかりの方に言うのも申し訳ないですが、広大さんも私のことは親戚の内でこれ以上話さないで下さい。良子ちゃんと巻ちゃんは知っているけれど、二人にも止めました。あとは道さんと章君しか知りません。お願いします。」

「分かりました。」


洋子がオドオド聞いてくる。

「尚香ちゃん………。どうせ章と私の生活は重ならないし、あいつとは会おうと思わなければ会わないし、ずっと仲良しじゃだめ?」

泣きそうだ。


でもダメだと尚香は考える。

兄正二は関係性としては章より洋子に近いのだ。同じ名字を持つ息子である。離婚している洋子より、あのマンションの正式な相続者だ。あれ?下手をしたら正二の持ち物ではないのか?道の?章との共有名義?


「それはそれで、中途半端で章君に失礼なので……。」

「………」

洋子がズドーンと落ち込んでいる。


「………尚香ちゃん。」

「はい。」

「ならお願いがあるんだけど……」

「……はい。」


「………一緒にいてくれなくてもいいから……………」



次の言葉をじっと待つ。



「……私のことを嫌いにならないでくれる?」


「!」



洋子が呟くように洩らしたその言葉に、尚香はハッとする。

考えてみれば、章に出会ってもうすぐ1年。あれからこんな言葉を何度も聞いた気がする。



…………。


正二が現れてからあまりにも焦ってしまったけれど、キライになったわけではない。

洋子さんも、章君も。



「……大好きですよ。洋子さんのことも。」

笑って返すと、また泣きそうだ。


そんな様子を広大が不思議そうに眺める。関係性が全く分からない。


「あ、それでね、」

洋子が気を取り戻して言う。

「今日はね、正二がくれたお金があるの。おいしいもの食べてねって。それで奢るね。」

と、洋子が小さなカバンを出した。

「え?!」

それは嫌だと、尚香は遮る。サービス料が別で追加のドリンクを足しても1万円くらいであろう。

「最後なので私が出します!」

「……!」

また洋子がショックを受けるも、広大が既に清算していた。




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