仕事、疲労
三題噺もどき―ななひゃくさん。
ぬるい風が頬を撫でる。
梅雨特有のジメジメとした空気はなくなりつつあるものの、暑さに変わりはない。
むしろ熱ばかりが強調されて、さらに暑くなっているような気がする。
あまり肌を出したくないとはいえ、腕を覆うのも限界がある。
「……」
頭上には、端の方が少しだけ欠けた月がいる。
満月とは言えないものの、少しぼやして見れば満月にも見えなくはない。
殆ど満月と言って過言ないくらいの、ほんの小さな欠け。
しかしそれでも満月とは言い切れない、妙な違和感が残る月。
まぁ、ようは中途半端というだけだ。
「……」
その月が浮かぶ夜空は、今日は所々雲が覆っている。
最近、雨が降らないばかりで、曇りの日が続いているような気がする。
それはそれで、太陽の光を隠してくれるのでありがたいのだけど。
あまりこう、重苦しいと気分がいいとは言えないよな……今も、もう少し星でも見えたらよかったのだけど。
「……」
すこし惜しく思いながらも、止まっていた足を進める。
今日は最近行けていなかった公園にでも行ってみよう。
それで言うと墓場なんてもっと行けていないのだけど……明日辺りにでも行ってみるかな。それなりの時間散歩に出る余裕があれば、だが。
「……はぁ」
その仕事のことを考えるだけでため息が出る。
やること自体はたいして変わっていないのだけど、それとは別で資格というやつを取ってくれないかと言われたのだ。
別にそれに対して文句も何もないのだけど、それの勉強やら試験対策の模試やらと……仕事とは別に仕事に関することをする時間があるのが……。
「……」
いやまぁ、あれもこれも仕事だと割り切ってしまえばいいのだけど。
そのせいで散歩の時間が削れたり最悪なくなったり……休憩の時間は強制的に取らされるけれどそれもあまりゆっくりはしていられない。
少々早めに起きて勉強をするというのができればいいが、生憎決まった時間以外に起きられない。今でも他の吸血鬼に比べたら早起きではあるから、これ以上早めなんて無理に決まっている。アイツにも迷惑をかけるからな。
「……」
今日も帰って、また仕事をして、勉強もして……。
人間でもこういう生活をしている人が居るのだと聞くが……よくできるなぁと感心してしまう。体力の限界がないのだろうか。
「……」
少々重い気持ちになりながら、歩きなれた公園への道を歩いていく。
ここは住宅街なので、道中には多くの一軒家が立ち並んでいる。
さすがにこの時間に電気がついていることはそうそうないが、時折一部屋だけ煌々と灯りが漏れているところがあったりする。
「……」
今日もそんな家が一軒あった。
きっと、勉強をしたりしているのだろう。
表札を見た感じ四人家族のようだ……今時こんな手作りの表札で名前を堂々とかけているのは色々と危機管理が足りないような気もするが。
「……」
その家から、この時期には珍しい花の匂いがした。
すこしひょいと覗いてみると、やはり、そこには立派な薔薇が咲いていた。
夏の時期には暑さにやられたりしているだろうに、よくあんな綺麗に咲かせているものだ。他にもかなり花が咲いていたり、畑もできていたりするから、ここの住人は土いじりが好きなのだろう。
「……」
薔薇の花は好きだ。
棘があったりして育成は少々骨が折れるが、咲けば美しいし、栄養にしようと思えばできる。
普通に食事を摂れば補給は出来るからあまり食べることもなくなったが、昔……かなり昔には食べたりもしていた。それなりに甘くておいしいのだ。
「……」
頂戴するわけにはいかないので、遠くからこうして眺めるだけだが。
今度どこかで探してみようかな……しかし夏だからないだろうな。
この香りだけでも十分小腹は満たされるのだけど。
「……」
甘いものが食べたくなってきた……昼食は食べて腹は満たされているはずなのに。
公園に行こうと思っていたが……。
すこし甘いものでもつまんで仕事と勉強をするとしよう。
「ただいま」
「おかえりなさい、何か飲みますか」
「甘いものが飲みたい」
「……麦茶しかありません」
お題:模試・雨・薔薇