「冒険者が成りあがり、激務にへこんだ領主を甘やかす話」
クーデヴァンス領、領主の執務室。
あたし、ソラリスはヴィオレット=クーデヴァンスの秘書をやっている。
ヴィオレットは同性である私の目から見ても可愛らしい。
童顔気味でいまでも少女のような風貌。
金色の髪はさらさらと絹のようで、頭の上には狼の耳がついい。
羽田は白くなめらかで、小柄だから抱きしめるとちょうど腕の中すっぽりと入って抱きしめ心地が良い。
そのかわいい耳がピコピコと激しく動きながら、書類に向かっている。
長い付き合いだからわかる。これはイラだっている証拠だ。
「終わった! 終わらせたぞ! もう今日は仕事をしとうない! ソラリス! 私を甘やかせ!」
「はいはい、あたしのお姫様」
あたしはソファに座り、太ももをぽんぽんと戦うとヴィオレットが躊躇なく飛び乗ってきた。
太ももの上に乱暴に頭が置かれたので痛い。
ヴィオレットはあたしの膝に頭をうずめると、思いっきり息を吸ってきた。
「ちょ、ちょっとヴィオレット……!」
「いいか、我が光ソラリス。私は非常に……ひじょーーにつかれている。だから、しばらく私を甘やかすがよい。いいか、砂糖のいれすぎた紅茶ぐらいに甘やかすんだぞ!」
「もーう、甘えん坊さんね……」
うつ伏せ状態となっているヴィオレットの頭を優しくなでる。
「こうしていると、冒険者になった最初のころを思い出すね。予想していたよりなかなかうまくいかなくて、借りてた馬小屋でヴィオレットが拗ねたりしてたよね」
「何を言う。ソラリスの方こそ、娼館から逃げてきたことをよく気にしていたではないか。夜ごとに私に不安をこぼしていただろう」
「それはヴィオレットが無理やり、あたしを連れ出したからでしょう!」
あたしは娼館の丁稚をやっていて、ヴィオレットは酒場での給仕の私語をしていた。
ヴィオレットは市民のはずなのに文字を読めて――母から教わったらしい――自分を貴種の子供だと言ってはばからず、その証拠となる短剣を見せてくれた。
文字が読めることを生かして、物語を読んでは勝手に改変し酒場で語っておひねりをもらっていた。
それで本を買って読んだり、棒を振り回していつか成り上がってやると言っているのだった。
あたしは「ヴィオレットは夢であってすごいな」と思ってて話を聞いてたの。
でも、あたしが成長して客を取るか、娼館から出ていくかの選択をすることになって……
「ソラリスがほかの人に取られるなんて私は嫌だったのだ! だから、連れ出して何が悪い!」
ヴィオレットがあたしの手を引いて、すぐに酒場もやめてそのまま冒険者ギルドに駆け込んであたしも冒険者となった。
もう、勢いのまま行動するからそれから本当に苦労したんだからね……。
「結果的に成功したのだから良いではないか。私に感謝するがよい!」
「いつもそういって駆け出すんだから……少しは相談してよね」
仰向けになったヴィオレットの頭を優しくなでる。
狼の耳がぴくぴくと動き、ふわふわの尻尾があたしの足に絡んできた。
まぁ、あの時に比べるとだいぶ、あたしも成長したからなぁ……。
背丈も大きくなったし、腰も括れて、胸も大きくなった。
おかげで、肩こりに悩むことがある。
「それにしても、大きく育ちおって……顔が見えぬではないか……このこの」
「わわ、セクハラ禁止!」
下からあたしの胸に手を伸ばして揉んでくるヴィオレット。
手を振り払おうとするが、前衛で戦士をやっていたヴィオレットと後衛の奇跡使い――神官――では力に差があり、ヴィオレットの手を防げない。
「やめ、ん……ほら、もう! セクハラ禁止! エッチなの、ダメ!」
「良いではないか、良いではないか。私は美少年も美女も大好きだ。特に私が好きな人間は大好きだ」
「それ以上やると嫌いになるよ!?」
「むぅ、それは嫌だ。でも、疲れたからソラリスの胸でも揉んで癒されたい……」
「ほら、抱きしめてあげるからそれで我慢しなさい」
「仕方ない……さぁ、抱きしめるがよい!」
ヴィオレットが両腕を掲げ、抱っこの姿勢を示したので、あたしはヴィオレットの背に両腕を回し、ヴィオレットを抱え込んだ。
そのままあたしの胸元に鎮めるようにヴィオレットの体重を預けさせ、ポンポンと背中をたたく。
ヴィオレットもあたしの背中に手を回して、思いっきり抱きしめてきた。
ち、力が強い……息がちょっと苦しい……。
「うー、昔に比べると立派に育ったな。これも私がいいものを食わせてるからに違いない」
「それについては感謝してるけど、別にヴィオレットに揉ませるために胸が大きくなったわけじゃないからね?」
「もっと領主としての私を褒めてもいいだろうに……」
「たしかに領主をしてるのはすごいけどね? でも、領主になるのは大変だったよね?」
「む」
「ヴィオレットの持っていた短剣。確かに王家のものだったけど盗まれたものとされていたからね」
「おかげで、胴体と首が離れかけたぞ」
「で、無実であることを証明するために調査して、あと2つほど似たようなものが出てきたんだよね」
「で、どれが本当か調べるために記憶の精霊を探す旅に出て……冬に北の山を登るのは大変だったの」
「それで先王の三男がヴィオレットの家に渡したものだって証明してもらえたんだよね」
「うむ、私は本物であると信じておったがの。ゆえに一切心配しておらなかったぞ」
「そこは本当にすごいよね。小さいころの夢みたいに冒険者から成り上がって自分の血を証明して領地までもらったんだから本当にヴィオレットはすごいね」
「……領主がこんなに大変だったとはおもっておらぬかったがの……たまに冒険者が恋しいときがあるぞ」
「でも、ヴィオレットが頑張らないとみんなが大変なことになっちゃうからね。がんばろう、ね?」
「うーむ、もっと褒めて、あまやかして?」
「しょうがいないなぁ、うりうり」
「ソラリス~」
ヴィオレットがあたしの胸に顔を置き、上目遣いでこちらを見つめてきた。
うーん、さっきから横暴なことを言ってるのに、可愛らしいからつい許してしまう……。
ヴィオレットの術中にはまってる気がする。
何か子犬を相手にしている感覚で抱き寄せたところで、ノック音が聞こえた。
「むぅ……!」とヴィオレットが声を漏らすが、あたしが「どうぞ」というと、侍女長が入ってきた。
「ヴィオレット様、ソラリス様。お客様がやってきております」
「……あ、客間にとおしてあげてください」
「おのれ……いいタイミングで来おって」
「ほら、がんばろヴィオレット」
と、ヴィオレットを離すが、彼女は頬をふくらましてむくれていた。
「お仕事がんばったら、このあとのこともするから……ね?」
そう、彼女の耳元で囁いたら、ヴィオレットが目を輝かせて、「絶対だぞ!」と言い、部屋を出ていった。
あたしは微笑み、侍女長に礼を言い、ヴィオレットの後をついていった。