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本当は嬉しい

『予定通り、昨日翔に会って来たよ。相変わらず……というか、前にも増してヤバイやつになってた』


 翌日の月曜日は仕事が休みだった。夕方頃に菜々から送られてきたメッセージを見て思わず吹き出した。


『やばいやつって何?(笑)』


『ほら、昔からお調子者というか自由人というか、ふらふらしてる感じだったじゃん。今も変わらず、むしろグレードアップしててびっくりした〜』


『へえ。もう二十八なのに? まだ落ち着いてないんだ』


『うん。ていうか、東京で遊びまくってたんだよ、あれ。あ、ごめん、朝香に言う話じゃないね』


『大丈夫。東京での生活のことなんて、私には関係ないんだし』


 返信を打ちながら、なんだか自分が翔に対してドライすぎるのではないかという気がしていた。でも仕方ないよ。だって翔は私にとって元彼なんだし。別れた後の元彼の事情なんて、普通誰も知り得ないし、興味だってないよ。


 そこまで自分に言い聞かせて、馬鹿だな私、とため息を吐く。

 部屋の窓から覗く夕暮れ時の淡い光に、目を細める。空のキャンバスに点々と飛んでいくカラスの群れが、感傷的になっていた気持ちを幾分和らげてくれた。


「朝香ーちょっとスーパー行ってきてくれない? 今日お肉特売デーなの忘れてた」


 一階から二階の部屋に上がってきた母が、扉をノックすることもなく廊下から声をかけてきた。私は「はいはい」とお決まりの返事をして支度をする。いい大人が実家に寄生しているだけでも肩身が狭いので、買い物ぐらいは行かせていただこう、という気持ちだった。


 スーパーへは車で十分で到着する。母の言うお肉特売デーの日はかなり混み合う。でもきっと、東京のスーパーなんかに比べたら全然混んでない方なんだろうな——と、そこまで考えてはっとする。


 なんで東京のことなんて思い浮かんだんだろう。

 普段から都会の生活と比較しているわけでもないのに。意識しないようにしても、心のどこかであいつのことを意識してしまっている。そういう自分が嫌でたまらなかった。


 スーパーでの買い物を済ませ、再び車に乗り込んだ。いつのまにか空は群青色に変わり始めていて、私の好きな時間帯に変わっていた。淡路島で暮らしていると、自然の風景の移り変わりに敏感になる。空は都会のそれよりもきっとずっと広い。空気も美味しくて心地よい。そういう些細な喜びを教えてくれたのは、他でもない菜々だった。


 菜々は大学時代を神戸で過ごした後、当然のように淡路島に帰ってきた。

 私は、心のどこかで、菜々も東京に行ってしまった翔のように、もう淡路島には帰ってこないんじゃないかって疑っていたのだ。都会の便利な暮らしに触れてしまったら、きっと戻ってこられない。そんなふうに感じていた。


 でも菜々は帰ってきた。高校時代に夢を語ってくれた時と同じように目を輝かせて。

「ただいまー!」と、我が家に帰ってきたかのような明るい声が響いた時、私は心底嬉しかったんだ。

 だから、菜々から翔が帰ってきたと聞いた時だって、本当は嬉しかった。

 嬉しくてたまらなかった。

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