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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
エピローグ

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変わったこと

 持ってきたお線香に火をつけて、墓石の前に立てる。「天ヶ瀬家之墓」と刻まれたお墓に、翔と並んで手を合わせる。私の腕には十年前に彼からもらったゴールドのブレスレットが、彼の首にはペンダントがさがっていた。

 翔のお母さんの四十九日の法要も無事に終わって、ようやく気持ち的に落ち着いてきたという翔と、お墓参りに来たのはごく自然な流れだった。


「やっぱり線香の匂いを嗅ぐと落ち着くな」


「でしょ。杉線香。お墓参りでよく使われる定番のものだよ。私はやっぱり、昔懐かしいこの杉線香が好きだな」


「俺も。心がすっと軽くなるような心地がする」


「お母さんとはたくさん話せた?」


「ああ。おかげさまで」


「話せたか」というのはもちろん、お墓の前で気持ちの整理ができたかということだ。


「結局、未来は変わんないんだな。俺と朝香が高校生に戻って逃避行しても

さ、母さんはやっぱり死んじゃってた」


「まあ、そうだね。人の生死に関わることは簡単に変わらないかもしれない。でも、変わったこともあるでしょ」


「そうだな。母さんのこと、これからも愛そうと思った。母さんが天国で俺のことをどう思っててもいい。俺が一方的に、母さんを好きなだけで」


 そう思えたのは、朝香のおかげだ。

 翔にそう言われた時、私はぐっと唇を噛み締めた。


「翔のお母さんは、翔のことちゃんと好きだったと思う。だってそうじゃなきゃ、東京に行く時、翔のことを置いて行ったんじゃないかな。翔のことをちゃんと息子として愛してた証拠だよ」


 そう。翔のお母さんが、どんなに精神的に病んでしまっても翔と離れなかったのは、翔のことを愛していたから。だって翔は、別れてもなお、忘れられずに恋焦がれていた相手との間にできた子供だもん。嫌いになるはずがない。ただ愛情の示し方が分からなかったのだ。自分の深く傷ついてしまったことで、上手く翔と向き合えなかっただけ。心は翔にちゃんと向いていたと思う。


「……そう言ってくれると、楽になるよ。いや、そう信じて、これからも生きていくしかないよな」


 風に溶けてしまいそうな透明な声で呟いた翔の頬に、私は手を添えた。


「お母さんの分まで、私はこれからの翔の未来に、翔と一緒にいたい。いい、かな?」


 潤んだ目で翔を見つめる。彼は、ふるりと瞳を揺らし、もちろん、と頷いた。


「俺も、朝香と一緒に生きていくよ。あのさ、朝香に淡路島に帰ってきた理由伝えた時、俺少しだけ嘘ついたんだ。本当は朝香に会いたかった。母さんのこともあったけど、一番の理由はそれだよ」


「そっか。うん、知ってた」


 いたずらを仕掛けた子供のような表情をわざと浮かべて、翔に微笑みかける。

 重なり合う私たちの気持ちが、夏の風に乗ってどこまでも飛んでいく。

 ここまで来るのに十年も時間がかかってしまった。失った二人の時間を取り戻すためにも、翔と一緒にいられる時間を大切にしたい。

 翔の翼に乗って見える未来は、水平線の向こうまでずっと遠く続いているだろうから。


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