和解
「お父さん、ごめん。今日は店番代わってくれて本当にありがとう」
翔と別れたあと、家に帰り着いたのは午後九時頃だった。それまで、翔と二人で吹上浜に戻った。すっかり熱の引いた砂浜に寝転んで、夜空を眺める。何年振りかの流れ星を見つけた時、お互いに興奮しすぎて高校時代に戻ったみたいだった。
自宅へ帰ると、父は黙って食卓でビールを飲んでいた。母は台所で洗い物をしている。私は、父の正面に座り、深々と頭を下げていた。
「いい、あれぐらい。それより、後悔はなくなったのか」
「後悔……」
父がなぜそんなことを言うのか、すぐにはピンとこなかった。が、父に店番を代わってもらう際に、電話で『後悔し続けるのは嫌だ』ということを伝えたのを思い出す。父はそのことを訊いているのだ。
「うん。もう大丈夫。私が思い込んでいたところもあるから」
「そうか」
父は必要以上に言葉を発しない。仕事のことになると、必要なことは事細かに伝えてくるのだが、プライベートの話となると、お互いにぶっきらぼうにしか話せなくなる。
「朝香、今まで悪かった」
「……え?」
ジョッキをドンとテーブルの上に置いた父が、信じられない言葉を口にした。今まで悪かった? それって、家業のこと?
「父さんも、母さんも、お前に香風堂を継いでほしくて、躍起になっていた。大学だって、本当は行きたかっただろうに、朝香は香風堂のことを考えて諦めてくれたんだよな。今日、朝香から電話で本音を聞くまで、朝香の気持ちに気づいていないふりをしていたんだ。俺たちが、朝香のことをずっと追い詰めていたことも、知らないで……申し訳ない」
いつのまにか、父の隣に母が座っていた。二人とも、幼少期から私を香風堂の跡継ぎとして厳しく育てるのに必死だったんだろう。思春期の頃はよく両親とぶつかっていた。社会人になってからは、諦めて香風堂の跡を継ぐことしか生きる道がないのだと自分に言い聞かせてきた。
でも、今は。
「私は、香風堂をこの手で守っていきたいと、思ってる」
香風堂の店に立ち、お客さんが求める線香やお香を選んでいる時の気持ちを思い出す。目の前のお客様が、気持ちよく使ってくれるお香はなんだろう。大切な人のお墓に添える線香は、質の高いものを提供したい。いつしか自分から積極的に、買ってくれる人のことを考えるようになった。
そうだ、私は。本当はもうとっくの昔に、自分の仕事に誇りを持てていたんだ。そんなふうに思えるようになったのは他でもない、父と母のおかげだ。
「だからこれからも、ご指導よろしくお願いします」
父と母の目をまっすぐに見つめながらもう一度頭を下げる。母の目尻に煌めく水滴が浮かんでいた。父はじっと口を閉じているが、私の言葉を受け入れてくれているのだと分かった。
その夜私は夢を見た。
父と一緒に、多くのお客様の前で新商品の説明をしている夢だ。その時の自分は、緊張で手足に汗を滲ませつつも、誇りを持って自社商品の説明をする父の横顔を、まぶしい気持ちで眺めていた。




