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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第六章 真の光

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好きなように生きる

「朝香、お前さ、中三の夏に渦潮に落ちた時の記憶が曖昧だって言ってたじゃん。でもあの時も、自ら飛び込んだ(・・・・・・・)んじゃないか?」


「自ら……私が」


 チカチカ、と頭の中で強い光が明滅する。記憶の海の中を泳ぎ、なんとか中三の夏を探り当てる。


 そうだ……あの時。

 私は、進路のことで家族と揉めて、自暴自棄になって船に乗り込んだんだ。淡路島から出て行きたいという一心で。「うしお丸」が渦潮観光船であることも知っていて、淡路島から出られるはずがないということだって分かっていた。それでも私は、広い海を見てみたかった。そして、渦潮にぶち当たる。ぐるぐると真下で渦を巻くそれを見て、ふと張り詰めていた糸が切れてしまった。


 終わりにしよう——そんなふうに考えていたのかもしれない。気がつけば手すりから身を乗り出して、自分から渦の中へ——。


「思い出したわ。翔の言うとおり、あの時も自分から渦潮に身を投げた。でもその先で保育園時代の翔に出会って、なんとか死なずに済んだ。翔が昔、周囲に助けを求められなくて後悔した瞬間に立ち会ったんだ」


 そしてその後、高校一年生になった私は、現実の翔との出会いを果たす。

 運命が私を翔に引き合わせた。潮の引力に、私たちは引かれ合っていたのだ。


「やっぱりそうだったんだな。あの時、朝香が俺に手を差し伸べてくれていなかったら、俺たちはきっと出会えなかったんだろう。だから感謝してる。あの時ラムネをくれて、ありがとうな」


 吹上浜で、虚空を見つめていた翔はもういなかった。温かな手のひらが私の頭に乗っかる。


「それからさっき……吹上浜で、傷つけてごめん。Aisaとのことがあってもう訳がわからなくなってた。一番信じたい朝香からの好意さえ、疑ってかかって。たとえ朝香が仮面を被った俺のことを好きになったんだとしても、それでも嬉しかったし、幸せだったのは事実だ。なのに、全部嘘だったなんて言って、本当にごめん」


 翔の後悔の声が、私の胸にすっと溶けていく。

 たまらなくなって、私は彼をそっと抱きしめた。驚いたのか、彼の身体がぴくんと跳ねる。


「違うよ、翔。翔はもう気づいてるんじゃないの。あなたは私にくれたよね。本当の愛情を。だから私はあなたのことを好きになった。仮面を被っていたっていいじゃない。誰だって複数の仮面を使い分けてる。仲が良い友達と接する時、本当は苦手な人と接する時、家族、恋人、先生。いろんな場面で自分を使い分ける。それの何がいけないの? 嘘っぱちだって言うの?」


 私は、家族の前でいつもがんじがらめにされて不幸な娘を装っていた。でも、十年前の翔に言われて気づいた。お父さんやお母さんが、私を大切にしてくれているからこそ、期待もするし過度な心配もする。厳しく当たるのだって、私に成長してほしいから。そう考えると、自分を縛り付けていた枷が一気に弾け飛ぶのが分かった。


「きっと全部嘘じゃない。私、明るくて優しい翔が大好きだけど、こんなふうに弱いところを見せてくれる翔だって好きだよ。お母さんとの関係で悩んでる翔だって、俳優の仕事を一生懸命頑張ってる翔だって、全部、翔は翔だよ。仮面を被り続けたっていい。脱いだっていい。好きなように生きなよ」


 かつて、自分が一番自分に言い聞かせたかった言葉を、翔に向かってぶつけていく。

 抱きしめていた翔の身体から、彼の心音が伝わってくる。重なり合った私たちの鼓動が、今ここで二人息をしているという事実を思い知らせてくれた。

 私の背中に回された翔の手にぎゅっと力が込められる。反射的に、私も彼を抱きしめる力を強めた。


 そして、一瞬。

 二人の身体は少しだけ離れて、真正面を見つめた。

 閉じた瞳の向こうで、翔の息遣いがすぐそばまで聞こえて。

 十年越しの甘い口付けは、船の上だった。


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