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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第六章 真の光

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前向きな気持ち

 電車がやって来て、天神行きのバスに乗り込む。冷房の効いた車内は、身体中の汗をすっと冷やしてくれた。二人掛けの席に腰掛けた私たちは、やっぱり旅行気分のまま窓の外を眺めた。


 西鉄福岡駅に戻ると、またバスに乗って博多の方へと向かう。途中、中洲(なかす)という屋台で有名なエリアがあったのでそこで校舎した。那珂川という大きな川の橋の上で、私たちは立ち止まる。淡路島を流れる川とは違って、周囲が建物に囲まれているのを見て、やっぱり都会だと思い知る。陽が傾きかけていた。

 欄干に身体を持たせかけて、しばらくぼうっと川面を流れていた。まだまだ気温が高いので、長居はしていられない。そろそろ歩き出そうかと思った時に、翔がふと口を開いた。


「今日一日、夢みたいだな」


 夢、というどこか幻想めいた言葉を翔が使うと思っておらず、私は「え?」と彼の方を見やる。


「朝香と早朝から淡路島を出発して今福岡にいることもそうだけど、朝香と久しぶりにただ楽しいだけの時間を送れてることが、夢みたいだ」


「翔……」


 高校三年生、すれ違ってばかりだった私たちの間に、今日みたいな一日は、一度だってなかった。お互いに、自分たちの家庭のことでいっぱいいっぱいになって、相手のことを思いやれなくなっていたんだ。


「ありがとう、朝香。俺、なんか気持ちがすっきりしたんだ。実は昨日の昼、母さんから初めて暴力めいたことをされたっていうかさ……。腕にタバコの吸い殻を押し当てられて、びびっちまって。ああ、もう終わりなのかもしれないって、絶望してたんだよ。それで家を飛び出そうとした。そしたら朝香の方から訪ねてきて、驚いたよ」


「タバコ?」


 ほら、と翔が長袖の袖をめくる。そこには確かに、火傷のような跡があり、思わず目を逸らした。

 そうか……だから昨日の夜から翔は長袖を——。


「朝香には言ってなかったけど俺、母さんから育児放棄みたいなことされてて。でも、外傷を加えられたのは初めてだった。朝香が昨日の夜俺のところにやって来て、朝香の悩みを聞いてるうちに、俺も目の前がどんどん暗くなっていって。だから別れようなんて言っちまって……。本当、情けないよな。今まで、大事なことさえ朝香に話せずに、突然充電が切れたみたいに空っぽになっちまったんだ」


「そんなことが、あったんだね」


 本当は翔のお母さんのことを、知っている。二十八歳の翔の口から聞いたばかりだから。でも、十八歳の彼の口から紡がれる事実に、やっぱり胸が苦しくなった。


「だけど今日、朝香と逃避行してるうちに、ちょっと冷静になれた。ここのところ家で思い詰めてばかりで、こういう朝香との穏やかな時間が足りてなかったんだなって。東京行きのこと、母さんともう少し話し合いたいって思えた」


「……そっか。それは良かった。うん、すごく嬉しい。翔が前向きな気持ちになってくれて」


 私がそう答えると、翔がにっこりと微笑んだ。もともと綺麗だった顔が、笑顔になると愛らしくなる。愛しい、という感情が湧き出て来て止まらなかった。


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