再生の旅
「まもなく、一番のりばに八時二十二分発、のぞみ十七号が到着します。危ないですから、ホームの中ほどまで下がってお待ちください」
駅のホームでアナウンスが流れ、新幹線が到着した。私たちが乗る予定の十二号車の前で立ち止まって、扉を開くのを待った。やがて新幹線が完全に停車すると、中から乗客が降りるのを待って、十二号車に足を踏み入れた。
「なんか、旅行みたいでワクワクするね」
「旅行っつーより、駆け落ちみたいだけど?」
「か、駆け落ち!?」
何気ない翔の爆弾発言により、十歳も年上のはずの私の方が座席の上でぴょんと飛び上がってしまった。そんな私の反応が面白かったのか、クククと笑いを堪えている翔。こ、こいつ……大人の女性を揶揄うなんていい度胸してるじゃないの。
「相変わらず、朝香は面白いな。なんか、最近ずっと切羽詰まってるみたいだったから、ほっとした」
新幹線が発車して、窓の外の風景が流れていく。翔が心底安堵した表情を浮かべていて、私は胸が詰まった。
そうだ。高三の翔と私はすれ違ってばかりいた。進路のことで互いを見失いそうになり、挙句別れてしまった現実がある。昨日の今日で、私の方こそ翔の精神状態が心配だった。でも、こうして翔が前みたいに笑ってくれて、私を揶揄う元気があると分かってほっとしている自分がいるのだ。
「最近……勉強ばかりだったもんね。私も、家のことでイライラして翔に八つ当たりみたいなことして、ごめん。今回の逃避行で、ちょっと頭冷やそうと思ってる」
「逃避行……ふふ、なんだそれ。そう言われると格好良いな」
「わ、私のネーミングセンスにケチつけないでください。とにかくこの旅は、私たちの“再生の旅”なんだから」
「再生の旅か。いいこと言うじゃん」
翔の大きな手のひらが、私の頭をぽんぽんと撫でる。久しぶりのその感触に、胸に込み上げるものがあった。思い切り鼻を啜ると、ずずーっと大きな音がして咄嗟に両手で鼻を覆った。
「なんだ朝香。泣いてるのか」
「違うよ。埃アレルギーなのっ」
「埃アレルギー? そんなの初めて聞いたけど」
「もう、なんでもいいじゃない」
ぷい、と意地悪な翔から顔を逸らして、窓の外の景色を見やる。日の光を浴びて明るく映し出された大きなビルや民家が次々と現れては、遠く後ろへと押し流されていく。私が生きてきた淡路島から出たら、こんなにも多くの街や家や、自然の大地がどこまでも続いている。頭の中では理解していたことだけれど、こうして新幹線に乗って実際に広い日本の風景を眼にすると、自分の悩みが取るに足らないものに感じられるから不思議だ。
「旅の情緒だな」
不意に翔が言った。その言葉の意味を、深く聞かなくてもなんとなく理解することができた。
「昨日さ、母さんに『明日からちょっと出かけてくる』って言ったんだ。そしたら『行ってらっしゃい』って一言そう言ってくれた。どこに行くかとか、誰と行くのかとか、何も聞かねえんだよな。なんか、母さんは俺に興味がないんだろうって、肌で感じたんだ」
ゴンゴン、ゴンゴン。
車体がトンネルの中に突入した。
新幹線が揺れる音は、在来線の電車とは違う、独特でくぐもった音がする。低い音の振動の中で、翔の声がくっきりと浮かび上がった。
「でも、だからこそ、逆に燃えたというか。……悔しかったんだよな。十八年間生きてきて、俺と母さんの間にできた親子の絆って、どれくらいの太さなんだろうって。それを確かめるためにも、朝香との旅に出たいと思った」
翔は、狭い二人掛けの座席の中で、静かに闘志を燃やしていた。その眼が真剣な光を帯びている。
「見つけよう。翔とお母さんが向き合うための方法。私が一緒に考える。東京に行くっていう選択肢だけじゃない、一番大事な気持ちの部分の解決策」
綺麗事だと思われるかもしれない。けれど、私が拭たかった十八歳の翔の後悔は、確かに今翔の胸に眠っている。ここで、翔の心を開かなければ意味ないのだ。
新幹線はトンネルの中をひたすら走り続ける。気づいたら、高速バスの時と同じように二人して眠りこけていた。次に目が覚めた時、アナウンスの声が「まもなく終点博多、博多に到着します」と告げた。二人一緒に瞼を持ち上げると、駅前に立ち並ぶ大きなビルが私たちの到着を迎えてくれているようだった。




