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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第五章 虚の瞳

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繰り返す

「朝香が好きなのは、本当の俺じゃない。明るい俺という仮面を被った、偽物の俺だ。俺は朝香の一番じゃない。だから朝香と過ごしたあの時間も、嘘だったんだって、思う」


 うみねこの鳴く声が、離れた場所で海水浴をしてはしゃいでいる人たちの声と重なる。ベタつく夏の海風が、私と翔の前髪を湿らせていく。


「嘘だったなんて……そんなこと」


 言わないでよ。

 私の掠れた声は、波の音にかき消された。


「朝香には俺の気持ち、分からないよ」


 ガツンという衝撃が、頭の中を駆け抜ける。

 私だって、何度も同じ台詞を彼にぶつけてきた。

 翔には私の気持ちなんて分からない。この地にがんじがらめに縛り付けられて、どうにもならない私の気持ちなんか。容姿も性格も完璧で、自由なあなたには分からないと。


 今、同じことを翔が口にして、私はいよいよ心の均衡を保っていられなくなった。


 じりじりと照りつける太陽の日差しから逃げるように、翔の前から後ずさる。一歩離れる度に、彼との心の距離が一キロメートルほど離れていく気がした。


 翔に背中を向けて、車を停めてある方に、一目散に戻った。砂に足を取られて転びそうになった瞬間、十年前の初デートの時に、西海岸の砂浜で翔から手を差し出された時のことを思い出す。初めて翔と手を繋いだ刹那のことを思うと、目尻にじわじわと涙が溜まっていった。


 振り返らずに車まで戻った私は、日差しで焼けつく身体をさすってから、エンジンを入れる。一心不乱に運転して向かったのは、福良港だった。


 一ヶ月前に翔と乗ったのと同じ「うしお丸」の乗船チケットが、残り二枚となっていた。出発時刻は午後三時半。私はすぐさまチケットを買い、「うしお丸」に乗り込んだ。


 ほとんど衝動的にとった行動だった。船に乗り込んでから出発時刻になってもしばらく船は動かなかった。設備の点検で出発が遅れているとアナウンスが入る。私はその間、デッキに立ち尽くし、海を眺めていた。この暑さなので、他のお客さんは皆、室内の席に座っている。私は一人、肌が焦げつくのも気にせずに水平線へと視線を這わせていた。


「大変長らくお待たせいたしました。渦潮観光船『うしお丸』が出航します」


 再びアナウンスが流れ、ブウンという音と共に船が動き出す。周囲に視線をずらすことなく、ただ船が進んでいく前方だけをじっと見つめていた。鳴門海峡に近づくにつれ、快晴だった空が曇り始めた。日差しが和らいでいくにつれ、意識がすーっと自分の中に戻ってくるような心地がした。


「本日は高い確率で大渦が見られる日です。皆様ぜひ外に出て大渦をご覧ください!」


 アナウンスに合わせて大勢の人がデッキに登ってくる。鳴門海峡がすぐそばまで迫っていた。視線を前方の海面へと移す。現れた大渦が視界いっぱいに広がった。


 私はその、美しくも恐ろしい神秘を前に息をのむ。船が大渦の真隣の通り過ぎる瞬間、手すりから身を乗り出し、渦の中へ——落ちた。




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