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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第五章 虚の瞳

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一番知ってるのは

 私は一瞬、菜々の言っていることが分からずにフリーズしてしまう。翔がネグレクトを受けていた——その話は昨日、私が本人の口から聞いたことだ。どうして菜々が知ってるんだろう。私が目を瞬かせていたからか、菜々は「もしかして」と続ける。


「朝香、最後まで記事読んでないの? 翔の過去が、全部晒されてる」


「え——」


 菜々に言われて言葉を失う。翔の過去が? どうしてそんなこと——。

 考えるまでもなかった。Aisaだ。翔の話によると、彼女は探偵を雇って翔の生い立ちや私のことを調べ上げたはずだと言っていた。彼女が翔の人生について、リークしたのだ。すべては翔の愛が手に入らなかった腹いせのために。


「そんな……あんまりだよ」


 菜々の言う「記事の続き」を読む気にはならなかった。読まなくても、そこに何が書かれているかは知っている。菜々の悲痛な表情を見るに、相当むごいことまで詳細に記されていたんだろう。見たくない。翔の過去を、誰かの口から語られた言葉など、目にしたくない。


「ねえ、翔、大丈夫かな……?」


 心配そうな菜々のまなざしには、純粋に友達のことを気遣う優しさが垣間見えた。良かった。菜々は翔の過去を知っても、変わらずに翔と友達でいてくれるつもりだ。それだけで、いくらか気持ちが落ち着いた。


「大丈夫かどうかは、分からない。今朝翔に連絡を入れようとしたんだけど、繋がらなくて」


「朝香も? 私も同じだった。朝香なら何か知ってるんじゃないかって思ってここに来たんだけど、ダメかー。記事が出たばかりだし、今はそっとしておいたほうがいいかもね」


 そっとしておいたほうがいい。

 菜々の言うことはもっともかもしれない。翔は今、誰からの慰めの言葉も聞きたくないと思っているだろう。火事が収まるのを待って、ほとぼりが冷めた頃に、また連絡をくれるかもしれない。あまりこちらから強引に接するべきではない。私なら多分、今は放っておいてほしいと思うだろうから。


「翔のこと心配だけど、菜々の言う通りこっちからできることはないかもしれない。翔のことだから、今は落ち込んでても時間が経てば、ひょこっとまた顔を出しに来るかもしれないし」


「そうであることを祈るしかないね。朝香、もし翔から連絡があったら私にも教えて。隼人も相当心配してたからさ」


「うん、もちろん。わざわざ来てくれてありがとう」


 胸のざわめきはまだ全然収まらない。けれど、菜々と話したことで少し気分が和らいだのは事実だ。


「翔のこと、一番よく知ってるのは朝香だから。頼んだよ」


「うん」


 菜々が私を見つめて、力強く頷く。そうだ。三人の中では私が一番翔のことを知っているはず。別れてから十年の翔は知らないけれど、少なくとも、青春時代に翔と最も長い時間を過ごしたのは私なんだ。


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