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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第五章 虚の瞳

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どんなあなたでも


——ねえ。

——城島さん、ねえってば。


 高校一年生の入学式の日、困っている私に初対面でも臆することなく話しかけてきた彼のことを思い出す。私と翔のすべてが始まった日。あの時の翔が、高校生になるまでの間にこんなに大変な思いをしていたなんて、知る由もなかった。


「朝香と出会ってからも、母さんの精神状態はあまり良くなくて。貧乏だから、何かとお金がかかる部活も入れなかったし。それでも、俺の方が大人になったのもあって、昔よりはだいぶマシだった。それに、家を出さえすれば朝香に会える。学校にいる間は、明るい自分でいたかった。ずっと……仮面を被っていたんだ。“誰からも愛されて明るい性格に育った自分”っていう仮面を。朝香と一緒にいる時は、本当の自分になれてる気がした。それでも時々ふと、今の自分は偽りなんじゃないかって思うと、虚しくなる時もあったよ。朝香を好きな気持ちは本物だったけれど、俺は自分自身を、どうしても好きになれなかった」


 自重気味に笑いながら翔は過去を振り返る。高校生時代、私が見ていた翔は果たして本当の翔だったのか——それは、彼自身も分からない。そんなふうに聞こえて胸が疼いた。


 私は、どんな翔でもきっと好きになっていたよ——。

 そう言いたいのに、言葉が喉元につっかえて、上手く出てこない。しばらく葛藤している間に、翔は話を続けた。


「高三になって、朝香とすれ違うことが増えたよな。あの時期、朝香が進路のことで悩んでのはもちろん知っていた。でも俺の方も、母親の鬱病がまた進行してることが分かって……。どうやら父さんが、別の女性と再婚して、三人の子供と幸せに暮らしているという話を聞いてしまったらしかった。どこで父さんの情報を仕入れたのか知らないけどさ、そこから母さんのメンタルが一気におかしくなった。母さんが通っていた心療内科の医者が、このままじゃまずいからって、東京に戻ることを勧めたらしい。東京にはもう実家はないけれど、生まれ育った故郷で療養した方がいい。まして淡路島なんて、未練を残した相手を思い出す地だ。医者はそこまで分かっていた、母さんに東京に帰ることを促した。母さんは素直に頷いたそうだ。……この時も、俺に拒否権はなかった。というか俺自身、母さんのことが心配だったのもある。東京の大学に進学しよう——その時に決めたんだ」


 今、昔のことを語る翔は、一体誰なんだろう。

 至極冷静な、淡々とした口調で壮絶な過去について、言葉を紡いでいく。屈託のない笑顔で私に話しかけていた翔は、一体どこへ行ってしまったのか。


「東京の大学に進学してから、モデルにスカウトされて俳優を始めたことはまあ、世間に公表されてる通りだよ。元々モデルや俳優になる道なんて考えたこともなかったんだけどさ、声をかけられて、はっとさせられたというか。生まれてからこの方、周囲の人間に、本当の自分が、惨めな自分がバレないように仮面を被ってきた俺なら、もしかしたら演技に向いているのかもしれないって思ってな。それだけじゃない。俺は自分を変えたかった。表現をする道に進めば、自分を変えられるかもしれないなんて浅はかな考えだけどさ。誰にも縋れなかった俺が、初めて将来という一筋の光に、縋りたいと思った。若気の至りだって笑われると思うけど、あの時の俺にはスカウトの話を受けることが最善策なんだって、感じてしまったんだ」


 私と別れてから、東京で生きることを決めた翔の人生は、私が知り得ないものだった。

 私にとって翔という存在は、高校三年間の思い出の中に閉じ込めたものだったから。翔のその後の人生は、テレビで映る彼を除いて、初めて知った。

 けれど、本当はずっと知りたいと思っていた。

 必要以上にネットで彼を詮索するようなことは避けていたはずなのに、私はずっと、翔のその後の人生が気になって仕方がなかった。


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