笑顔の裏側
「本当のことを知ったら、朝香は俺に幻滅すると思う」
「幻滅なんて、そんな」
「いや、するよ。俺はずっと、高校生の時から——いや、もっと幼い頃から仮面を被って生きてきた。だからみんな、表面上の俺しか知らない。隼人も、菜々も。俺の話を聞いたら俺への見方が百八十度変わると思う。怖いんだ。朝香にまで見放されるかもって思ったら、本当のことを話すのが怖い。でも朝香の店に電話がかかってきたっていうなら、話すしかないよな」
いつも、いつだって底抜けに明るくて、周囲の人間に優しくて。時々抜けているところもあるけれど、誰からも愛されていた翔。
そんな彼が抱えて生きてきたもの。
私はたぶん、彼の真実を見ようとしていなかった。彼の恋人だった時、みんなの憧れの翔だけを追いかけていた。
その幻想が、今破られようとしている。心臓が早鐘のように鳴っていた。今ならまだ目を背けることもできる。でも、十年前にあんなかたちで別れてしまった翔と、自分の過去に、私はずっと後悔していたんだ。
目を逸せるはずがない。
「どんな話を聞くことになっても……私はやっぱり、翔に本当のことを話してほしい」
私の一言に、彼の瞳がふるりと揺れた。私を見つめ返す双眸が、何かを決心したように強い光を帯びた。
「分かった。じゃあ、話す。俺が淡路島に戻ってきた理由も何もかも」
彼はゆっくりと深呼吸をして、過去の話を始めた。
「俺が、小さい頃から淡路島と東京を行ったり来たりしてるのは、朝香も知ってるよな。最初に東京に引っ越したのは小学校に上がる前。中二の時に淡路島に戻ってきて、次は大学進学の時」
「うん、お母さんの実家が東京にあるからって」
「そうだ。東京に帰ったら母さんの実家で——俺からすればじいちゃんとばあちゃんの家だな。そこで暮らしていた。なんでそんなに頻繁に東京に戻る必要があったかって言うと、母さんが鬱病になったからなんだ」
「鬱……?」
予想もしなかった言葉が翔の口から飛び出してきて、私ははたと彼の目を見つめる。
翔の明るい性格からして、どうも「鬱病」という言葉がリンクしなかったのだ。鬱になったのは翔ではなくてお母さんなのだけれど。そんな私の気持ちを察したのか、翔は「誰にも話してなかったから」と続けた。
「母さんは若い頃に俺を産んで、父さんに捨てられた。悲劇はそこから始まったんだ。母さんは父さんに捨てられたことで自暴自棄になってしまったんだ。裏切られた気分になったんだろうな。残された自分は、一人じゃ何もできない赤子と二人きり……。もともと淡路島に住んでいたのも、父さんが“島暮らしをしたい”と言ったことが原因なんだそうだ。母さんにとっては、縁もゆかりもない土地で、だけど父さんの残り香が残る淡路島を離れる決断もできなかった。それで育児にも身が入らなくなって……俺を育児放棄した。いわゆるネグレクトだな。俺は母さんから満足に食事を与えられなかったり、泣いても話しかけても無視されたり、を繰り返した。それでも、暴力を振るわれたわけじゃないんだ。痛いことは何もされなかった。ただひたすら、母さんは俺に無関心でい続けた」
翔の口から紡がれる、信じがたい事実。
教室で、天使のような笑顔を振り撒く彼の毎日は、こんなにも苦痛に満ちていた。私は、いや、私だけじゃなくてかつてのクラスメイトたちもみな、翔の真実に触れようとしなかった。




