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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第四章 闇の星

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バラバラの時間

 どこに行こうとしているのか、最初は分からなかった。でも、だんだんと近づいてくる潮の香りに、海の方へと歩いているのだと分かった。

 私たちの間に会話はない。玄関から出てきた翔は、何かしらの用事があったに違いないのに、ただ私の手を引いてゆっくり歩いていた。


 二人で夜の道を歩くこと二十分。たどり着いたのは吹上浜だ。翔とデートで何度も訪れたことがある。波間に揺れる月の影が、ひどく幻想的な夜だった。


「朝香、何があった」


 誰もいない海の、防波堤に座り込んだ私たち。翔は心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「お父さんが……明日、仕事を手伝えって言うの」


 明日は翔とデートの約束をしていた。高校三年生、夏休みの唯一の思い出にと、二人で遠出をする予定だった。これから熾烈な受験戦争に挑む彼の英気を養うためにも、最近あまりゆっくりとつくれていなかった二人の時間を捻出するためにも、必要だった。とても楽しみにしていた。だから、父からあんなふうに強い言葉で仕事に出ることを強制されて、こちらの言い分を一つも聞いてくれなかったことが、ショックだったのだ。


 翔は私の放った一言をゆっくりと咀嚼しながら、「そうか」と神妙に頷いてみせた。


「それは……仕方ないよな。残念だけど、家業が大変なら手伝うべきだと、俺は思う」


 はっとして彼の目を見つめ返す。翔の背後に見える夜空に、浮かんでいるいくつもの星の瞬きが、今日は綺麗だとは思えなかった。


「……どうして? 翔までそんなこと言うの? 明日のデート、楽しみにしてたじゃない。受験前の息抜きにって、二人でたくさん計画も立てたよね。私、すごく楽しみにしてた。でも翔は違った?」


 懇願するような口調になっていることに気づき、自分でもおかしい、と思った。私は、翔からどんな言葉を聞きたいのだろう。翔は、小さく首を横に振った。


「もちろん楽しみにしてたよ。だけど、それとこれとは話が別っていうか。お父さんの会社、大事な時期なんだろう? 朝香が手伝うことで解決するなら、その一日ぐらい、俺は我慢できる。デートは、そうだな……また時間を見つけて行けばいいんだし」


 決して投げやりになっているのではなかったんだと思う。

 翔は翔なりに、私を宥め、説得しようとしていた。けれど私には、翔のことを、父の味方をする敵のように感じてしまっていた。心に余裕がない。本当は翔に、父を説得したほしかったのかもしれない。明日だけは勘弁してくださいって、直談判ぐらいしてほしいと思っていた。それぐらい、私とのデートを楽しみにしていてほしかった。でも違うんだ。翔は普段、底抜けに明るい性格をしているけれど、馬鹿じゃない。頭の中は理路整然としていて、世間的に「正しい」と思われる方を貫いてきた。どうして気づかなかったんだろう。翔はいつだって、冷静だった。


 それでも高校一年生の彼なら、二年生の彼なら、きっとそこまでしてくれた。私のために怒ってくれた。三年生になって、少しずつ狂っていった二人分の砂時計がいま、本当にバラバラと別の時間を刻んでいるような錯覚に陥った。


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