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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第四章 闇の星

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離れていても

 期末テストが終わり、梅雨が明けた。蝉たちがウワンワウンと鳴き、もうすぐ夏休みが迫っている。高三の夏は学校で行われる夏季補習で授業が詰まっているので、夏休みはお盆回の一週間しかない。高校最後の夏にワクワクする——なんて心境にはあまりなれなかった。


 それでも、夏季補習は午前中までだったので、就職組は受験組に比べるとお気楽な様子だ。教室のそこかしこで、夏休みの予定を立てる人の華やぐ声が聞こえてきた。


 私はというと、仲良しの菜々が勉強で忙しいので、遊びの予定は立てられなかった。翔も進学予定。隼人は漁師になるつもりなので勉強こそほとんどしていないが、隼人と二人だけで遊ぶ気にもなれない。


 翔が私のクラスにやってきたのは、一学期終業式の日だった。

 その日は午前中で終業式まで終わり、すぐに放課となった。翔とは最近、週に一度ほどしか一緒に帰宅できていない。進学組は放課後に課外授業が入ることも多く、さらに翔は学校で残って勉強をすることがあった。だから、翔と一緒に帰る時間は私にとって貴重な時間だ。


「お疲れさま。今日は一緒に帰れそう」


「そっか。良かった」


 もらったばかりの成績表を鞄にしまい、菜々に「また明日ね」と手を振る。明日から夏季補習が始まるから、夏休みが始まるとはいえ、結局みんなとまた顔を合わせることになる。


「お、お二人さん、今日もお熱いね〜またね明日!」


 おどけた様子で揶揄ってくる菜々に、「恥ずかしいからやめて」と言うのも何度目だろう。クラスメイトは学年公認のカップルの登場に、少しも動じることはない。陰で熟年夫婦なんて言われていることも知っている。照れくさいけれど、嬉しいと思うのは翔には秘密だ。


「今日時間あるからこれからファミレス行かない?」


「うん、いいよ。ちょうどお腹空いてたところだし」


 私たちは学校から一番近いところにあるファミレスを訪れた。平日のお昼なのでほどほどに空いている。翔はヒレカツ定食を、私はミートソースパスタを頼んだ。

 食欲旺盛な高校生二人なので、ご飯はペロリと平らげてしまった。ドリンクバーも一緒に注文していたので、おかわりを注ぎにいく。翔はそのまま勉強をするのだと思っていたのだが、参考書を開く素ぶりは見せなかった。


「あのさ、朝香に言っておきたいことがあって」


「ん、なに?」


 メロンソーダの入ったコップから突き出たストローを口に咥えたところで翔がそう切り出した。何か、真剣な話をしようとしていることが分かり、すっとストローを口から離す。


 翔は、たっぷりと間を空けたあと、私の目を真剣に見つめた。やがて何かを決意したように息を吸ってこう言い放った。


「親の都合で、東京に戻らなくちゃいけなくなった。だから東京の大学に進学する」


「——え?」


 突然落とされた爆弾発言に、どう対処したらいいか分からず、呆けたほうに彼の顔を見つめる。


「東京って、なんでまた」


 翔が中学生の時に東京からやって来たことは聞いていた。確か、お母さんの方の実家が東京にあるからだって。でもお母さんのご両親はもう亡くなっているはずだ。それなのにまた東京? もしかして、翔は最初から東京の大学に進学するつもりだったのだろうか。だったらそんなに思い詰めた表情をしないでほしい——。


 私の中に芽生えた疑問をすべて読み取ったみたいに、彼は「急に決まったことなんだ」と呟く。


「もともと東京の大学に進学しようと思ってた訳じゃない。本当に、家でいろいろあって。離れ離れになっちまうから、朝香にすぐに伝えなきゃって思った。びっくりさせてごめん」


 申し訳なさそうに揺れる彼の瞳を見ていると、私は何も言い返すことなどできない。ううん、私が翔の進路に口を挟む権利などないのだ。所詮私は、淡路島に生まれ、この地で生きていくことが決められた人間だから。飛び立とうとしている翔を引き止めることなんて、できない。


「……そっか。びっくりしたけど、事情は分かったよ。寂しくなるね」


 淡路島と神戸ぐらいの距離ならば、会おうと思えばすぐに会える距離だ。でも、東京は違う。神戸からさらに新幹線なり飛行機なりを乗り継いで行かなくちゃいけない。お金も時間もかかる。頻繁に彼に会いに行けなくなるのは自明のことだった。


「ああ、寂しい。朝香に会えないのはすげえ、悲しい。でも俺は東京に行っても、朝香と関係を続けたいと思ってる。朝香は、どう思う?」


 突然の告白だったので、どう思うも何も、心の整理はついていない。けれど、今この瞬間に翔と離れるなんていう選択肢は頭になかった。


「もちろん、私だって翔と恋人でいたいよ。遠距離になるけど、好きな気持ちがなくなるわけじゃないでしょ?」


「うん、俺もそう思う。気持ちがあれば、離れていてもきっと繋がっていられるよ」


 何かの青春小説にでも出て来そうな、くさい台詞だった。けれど、今からまさに離れようとしている二人の間に、恥ずかしさなんて欠片もなかった。


 それから私たちはグビグビとジュースを飲み干した。近い将来に訪れる別れを考えないようにするために。「ぷはーっ」と、ビールでも飲んだ後みたいに息を吐く翔を見て、私は盛大に吹き出した。こんなふうに笑ったのは久しぶりだ。楽しい。翔と一緒にいると、私はようやく“私”でいられる。だけど頭の片隅に、離れていく翔の背中の映像が流れて、胸がズンと疼いた。



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