翔の家
六月、しとしとと降り続く雨の中、放課後に翔と並んで傘を差して歩いた。
今日は翔の家で期末テストの勉強会をするつもりだ。実はこれまで、翔の家に行ったことがなかった。なんでも、お母さんが夜勤なことが多く、夕方まで在宅しているため女の子を家に連れて行きたくなかったそうだ。今日はたまたま、お母さんが不在にしているのだと言われてお邪魔することに。
「本当に良かったの?」
「ああ。朝香の家の方が難しいでしょ」
「まあ、ねえ」
うちはうちで、勉強をするのに男の子を家に連れ込んだりしたら、母親に何を言われるか分かったもんじゃない。「恋愛にうつつを抜かす時間があるならお父さんの仕事、手伝いなさい」とでも言われかねない。翔のことを、母親が邪険に扱うのを見るのは嫌だった。
「お邪魔します」
翔の家は茶色い壁をしたアパートの一室だった。戸建ての家に住む友人がほとんどなので、アパートの前で彼が立ち止まった時は少し驚いた。母親と二人で暮らしているというから、これぐらいでちょうど良いのだろうとは思ったが。なんとなく、翔は大きな一戸建ての家に住んでいるのだと勝手に思い込んでいた。たぶん、彼のキラキラとした太陽光みたいなオーラのせいだ。見た目や性格が住んでいる場所とは関係ないと分かっているのに、通り一辺倒の想像をしていたことを反省する。
「ごめん、すごい狭いし汚いんだけど、座って。お茶ぐらいは出せるから」
「ううん、気にしないで。ありがとう」
汚い、と言われても気にするほどではないだろう——そう思って家の中を見渡して、絶句した。
床に散らばったコンビニ弁当のゴミ、お酒の瓶、丸いローテーブルの上に無造作に散らばった何種類もの薬。
視界の中に映るものすべてが混沌としていて、思わず「え?」と声を漏らした。
「ったく、母さん、朝はこんなことなかったのに。なんでまたこんなに荒れてるんだよ」
翔自身、我が家の部屋の汚さに呆れているところを見ると、学校に行くまではこれほど汚れてはいなかったらしい。つまり、翔が家を出てからお母さんが家を出るまでの数時間の間に、ここまで汚れてしまったということ……?
「ごめん。朝綺麗にしたはずなんだけど……。見苦しい部屋で本当、悪い」
カコン、と何かが足にぶつかった。視線を下に落とすと、すぐ足元に転がっていた空き缶だった。生ビール。こぼれた液体が畳の上に染みていて、独特な匂いを放っていた。
「だ、大丈夫。一緒に掃除するよ」
「いやそれは申し訳ない! 俺一人でやるから、休憩してて」
空き缶を拾おうとした私を遮って、彼がゴミ袋にゴミを入れていく。なんだか居たたまれない気持ちになったが、拒否されたのに手伝うのも気が引けて、言われた通りに空いている隙間にちょこんと座り込んだ。
「本当にごめんな。大体片付いたんだけど、居心地悪いよな」
「大丈夫だよ。気を遣わせてごめんね」
気まずそうな表情で私の隣に座り込む翔。そっと横顔を覗き込むと、かなり疲れた表情をしていた。あれ、翔ってこんなにやつれていたっけ——疑問に思ったけれど、すぐにパッといつもの明るい笑顔を浮かべた。
「お茶とお菓子持ってくるから待ってて」
そう言って台所からお盆にケーキと紅茶を乗せて、私の前に再び現れた。この家に似つかわしくない可愛らしいショートケーキを見るに、わざわざ事前に準備してくれていたんだろう。その心遣いが、純粋に嬉しかった。




