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潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい  作者: 葉方萌生
第三章 波の音

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返して

 淡路島の中でのデートは限られた場所でしかできなかったけれど、何度も翔が誘ってくれて、気がつけば翔と出会って一ヶ月が経とうとしていた。


 八月十五日、お盆真っ只中の今日。

 毎年この時期はお線香が最も売れる時期で、私は香風堂で多忙を極めていた。

 やってくるお客さんはみんなお墓参りで使用するお線香を求めている。この日はアルバイトの学生も呼んで、二人でお店を切り盛りしていた。

 午後六時、閉店時間を迎えて、アルバイトがシフトアウトしたタイミングに、それは唐突に訪れた。

 トゥルルルルル

 店内の固定電話が、お客さんのいない空間に鳴り響く。普段、この時間に電話が鳴る時は内線のことが多い。外線はほぼお昼までしか鳴らない。だけど、着信音は外線だった。

 お盆も終わるのに今頃問い合わせ? と不思議に思いつつ、通常通り電話に出た。


「お電話ありがとうございます。香風堂、城島が承ります」


 閉店間際なので、閉店時間の問い合わせか、商品に関する問い合わせかのどちらかだろうとは思った。電話の相手が話し出すのを待つ。だが、私が電話に出ても、相手は何も言葉を発さなかった。


「もしもし?」


 声が遠いだけだろうか。受話器をより口元に近づけて、もう一度尋ねた。


『……翔を返して』


 ボソリと、地の底這うようなおどろおどろしい女の声が響いた。


「え?」


 訳が分からずに、思わず声が漏れる。

 “翔を返して”?

 翔、という名前が出てきたことにゾッとする。この人は、翔の知り合い? でもどうして香風堂に電話をかけてきたの? というか、なんで私が翔の知り合いだと知っているの?

 頭の中で混沌とした疑問が渦を巻く。

 ドクドクと大量の血液が全身を駆け巡るのが分かった。


「……失礼ですが、どちらさまでしょうか?」


 電話の向こうの声に聞き覚えはなかった。いたずら電話だと思いたいけれど、単なるいたずらで翔の名前が出てくるのは不自然だ。電話の相手は確信を持って香風堂に——いや、私に電話をかけてきている。


『……』


 電話の主は名乗らない。息を潜めてこちらの出方を伺っているようで心底気味が悪かった。


「翔っておっしゃってましたけれど、彼の知り合いですか?」


 恐怖心は拭えなかったが、勇気を出して聞いてみた。

 すると、ひと呼吸おいて、電話の向こうの女性が息を吸うのが分かった。


『翔を返して。翔はもう、あなたの知らない人なんだから』


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