押し込めていた想い
「うしお丸」から降りた私たちは、そのまま道の駅で少し休憩をして、解散することになった。
私は、翔を家まで送ると言ったのだけれど、翔は「朝香の家まででいいよ」と遠慮した。彼に言われた通り、自分の家にたどり着くと、「じゃあ、また」とあっさりと手を振る。もっと情熱的な何かがあるんじゃないかって——そんなものを求めている自分にはっとする。
違う違う。翔との関係はもうとっくに終わってるんだから。
ここ数日の間に何度も自分に言い聞かせたことだ。翔はただ、気分転換に私に会いにきているだけ。俳優の活動休止という文字は終始頭の中にちらついているけれど、それとこれとは話が別だ。だから翔が私にこれ以上心を寄せてくるなんて、ありえない。
そう思うのに、じゃあどうして私の胸は切なさに震えているのだろう。翔と、さよならをしたくないと叫んでいるのだろう。
「翔っ!」
去っていこうとする翔の背中を呼び止める。
なに? とやわらかい声を響かせて振り返った翔の瞳には、黄昏時の淡い橙色が反射していた。
「翔、また、会える?」
どうしてそんな言葉をかけてしまったのか、自分でも分からない。
翔とは、必要以上に関わらないと決めたのに。
十年間押し込めていた彼への思慕が、私の意思に反して動き出そうとしていた。
「ああ、もちろん」
出会った時と変わらない、優しい笑みを湛えた彼がゆっくりと頷いた。私は彼に向かって大きく手を振る。十年間、見失いかけていたその背中は陽の光を浴びてくっきりと視界に映り込む。やがて小さくなって見えなくなるまで、私はその場から一歩も離れなかった。




