理解できてなかった
「そっか……そんなことが」
翔の家庭がシングルマザーであることは知っていた。でもその裏で、翔や母親が抱えているものまで、私は知ろうとしなかった。
だって高校時代の翔はいつも明るくて、常に笑顔を絶やさない人だったから。
太陽みたいに眩しく笑っていた。完璧な容姿に恵まれて、他の友達の前でだってきらきらと輝いていて。翔の周りだけが、溌剌としたエネルギーに満ち溢れている。彼と一緒にいるだけで、自分までスターになれるような気がした。
きっと私以外のみんなも、翔に対して同じ印象を抱いていたに違いない。
私は、高校時代に大好きだった彼のことを、全然理解できていなかったんだ。
「ごめん、変な空気にさせちまったな。ぶっちゃけそこまで大変とかじゃなかったよ。俺、淡路島好きだし。東京って言っても田舎の方だったから、生活はそんな変わんなかった。ただ距離が遠いだけ。大人になってからは、『淡路島に住んでた』って言うだけで何かと話題になるし、便利!」
「便利って……そんなものかなあ」
「うん、そんなもん。だから朝香が気にすることは何もない」
不意に、頭の上に何かが触れた。温かく、大きな手のひらの感触。翔の手だった。ドキリとして反射的に身を縮こませる。それでも彼は、めげずに私の頭を撫でた。
「ちょっと、何して」
「朝香、こうされるの好きだっただろ」
「そ、それはそうだけど……! でも昔の話だって」
「いいじゃん。俺がしたい気分なの」
自分がしたくても相手が嫌ならセクハラになるんだよ——そう悪態をつこうと思ったのだけれど、言葉が喉元に詰まった。
私は今、翔から頭を撫でられていることを嫌だと思っていない……。
それどころか、嬉しいとさえ感じている。
私、どうして——。
「もうちょっとしたら福良港だぞ。帰りは早く感じたな〜」
「う、うん。そうだね」
いつの間にか私の頭の上から離れていた彼の大きな手は、私の右手首を掴んでいた。
「こうしてたら、落ちないだろ?」
にんまりと、彼の顔に浮かんだ笑顔がズキズキという痛みを胸に運んでくる。
手のひら同士ではないけれど、確かに今、私は彼と繋がっている。
十年前、彼を大好きだった頃、毎日のように二人は繋がっていた。
私は今、どうして彼の手を握ることができないんだろう——。




