渦潮観光船
翔と約束した七月十三日月曜日、この日は最高気温が三十五度と、猛暑日だった。
「あっちー! 天気予報見てなかった! ミスった」
香風堂の前で待ち合わせして早々、予想外の暑さにわーわーと騒ぎ立てる翔。都会と違って、淡路島には日差しを遮るような高い建物がないので、直射日光がかなり厳しい。私は慣れているので日傘にアームカバー、サングラスと日差し対策は万全だが、身一つでやってきた翔は帽子一つ被っていなかった。
「これ、被る?」
私は、自分が身につけていた帽子を翔に差し出す。翔は顔が小さいから私の帽子でも入るはずだ。
「え、悪いよ」
「私は日傘があるから大丈夫。帽子ぐらい被らないと、紫外線で肌が荒れちゃうよ」
「それもそうだな……ありがたく使わせてもらう!」
翔が、帽子を被ると顔の半分くらい影になったのでほっと一息つく。
それにしても翔、俳優なのに日焼けとか気にしないのかな。
疑問に思ったけれど、休暇中だから気分も緩くなっているのかもしれないと思い直す。
活動休止——その言葉が頭の中でフラッシュバックする。
翔はどうして、俳優の活動を休止しているのだろうか。私も菜々も隼人も気になっていることだ。本人に直接聞けたらそりゃ楽だけど、そんな勇気はない。
「朝香、どうした?」
「え、いや、なんでもない。今日何するのかなーって」
咄嗟についた嘘に、彼は気づかない様子で「そうだな」と顎に手を当てる。
「俺、船乗ってみたいんだよねえ」
「船? 渦潮観光船のこと?」
「ああ。嫌か?」
彼が私の顔を覗き込む。その瞳は相変わらず宝石みたいに綺麗で、ドキリとしてしまう。
「嫌じゃないけど」
私は、かつて子供の頃に渦潮観光船に乗った時のことを思い出す。渦潮の中に落ちて、不思議な体験をしたこと。自分の身体が過去に戻り、見知らぬ男の子に会ったこと。
あの体験のあと、なんとなく怖くて、渦潮観光船には一度も乗っていない。
まあ、落ちなければいい話だし……大丈夫よね。
そう自分に言い聞かせて「いいよ、渦潮観光船」と翔に返事をしていた。
「やった、ありがとう。暑いし、すぐに行こうか」
「うん」
私は翔と自宅から乗ってきた車に乗り込んだ。運転席に座ろうと思ったのだが、
「俺が運転するよ」
と男らしく、翔が運転席に座ってくれる。
「ありがとう」
翔の運転かあ。
高校生の頃はもちろんまだ免許なんて持っていなかったので、二人でドライブをするのは初めての経験だ。助手席に座り込んだ私は、履いてきたスカートの模様をじっと見つめる。翔とデートをするからと、勢い込んでクローゼットの奥にしまい込んでいた白いスカートを引っ張り出してきた。お花の刺繍が随所に散りばめられていて、清楚な女の子が着るタイプの服だ。
「それでは、出発進行!」
子供みたいに掛け声をかけて、翔は運転を始めた。チラチラと横目で彼の横顔を眺める。真剣なまなざしに、笑ってしまいそうになった。
緊張してるのかな。
淡路島で運転するのは初めてだろうか。都会に比べると交通量が少なくて楽だと思うけど。慣れない道を行くのはやっぱり大変だろう。




